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(後編)

 退場したあとすぐ、水野(みずの)に連れだされて、昇降口のところできつく叱られた。

 悠斗(ゆうと)は、すいません、と一言だけいって、黙りこんだ。

 一緒に呼びだされた(あおい)は、大丈夫です、と小さく言って、うつむいていた。

「水野先生、」

 1組担任の山下(やました)が、呼びにきた。

棚橋(たなはし)のご家族と話をしましょう。病院へ行かせないと」

 葵は口を半開きにして、うぇ、と呻いた。

「そうですね。頭を打ったように見えたし」

「大丈夫だって、センセ……」

「いや、俺にはそう見えた。あとは、ご家族に判断してもらう」

 水野は断固としてそういった。

 数人いた審判のうち、落下の瞬間、一番近くにいたのは水野である。

 葵は、まじかよ、とつぶやいて顔をしかめた。悠斗はなんとも言えずに、立ちつくしていた。

中山(なかやま)は?」

 山下がいうと、水野は小さく首をふった。

「棚橋が下になって落ちましたんで、たぶん大丈夫だと思いますが。どっちにせよ、ご家族には説明しないといけないでしょうね」

「……じゃ、いっしょに行きましょう」

 早口でそういうと、山下はきびしい目をして二人に手招きをし、早足で歩き出した。



 葵の体格がいいのは、父親ゆずりのようだった。

「……この、ばかっ!」

 父親は、手をださんばかりのいきおいで葵を怒鳴りつけた。葵は一瞬びくっとして、すぐに不平そうに唇をまげた。

「なーんで、あたしが、」

「母さんから、さっき聞いたからだ。悠斗くんにケガさせたそうだな」

 ぴしりと言って、頭を下げている悠斗の父に向きなおる。

「中山さん、そういうわけですから、謝罪はけっこうです。だいたい、競技中の事故ですから」

「いや、それとこれとは」

 悠斗の父は頭をあげたが、頬はゆるめなかった。悠斗はうつむいて黙っていた。

「たとえ、悠斗くんがやりすぎたとしても……その原因を、うちの娘がつくったってことでしょう。謝るのは、こっちのほうですわ」

「そんなの、もう半月も前のことじゃん……」

 葵はまだ不服そうに、そう呟いた。

 だまっていた葵の母が、口をひらく。

「あなた、その前にも悠斗くんと喧嘩してたでしょう。前々からお互いやりあっていたのに、今日のことだけ見て悠斗くんを責めるわけにはいかないって、お父さんは言ってるんです」

 しずかな言い方だが、ぴしりとはねつけるような威厳があった。

「……かーちゃん、どこまで知ってんの」

「お母さんはなんでも知ってます。……ねえ?」

 腕組みをしたまま、悠斗の母に目配せをする。悠斗の母は苦笑いをして、夫と目を見合わせた。

「とにかく、……お母さん」

 山下が口をはさんだ。緊張しながらも、少し安堵したような口ぶりで、

「頭を打っている可能性があるので、念のため病院に行かれたほうがいいかと思います。大丈夫とは思いますが──」

「すこおし、こぶができてるだけだと思いますけどねえ。先生がそうおっしゃるなら」

 そういって、葵の母は、自分より背が高い娘の頭をなでた。

「……これ以上、ばかになったら困っちゃうもんねえ」

「なんてことゆーんだよ、かーちゃん…」

 葵はそう呟きながらも、動かず、撫でられるままに任せていた。

「病院代は、こちらで出させてもらいますから──」

「いや、やめてください。中山さん」

 葵の父は、ちょっと笑いながら手をあげて遮った。

「そんなことを言ったら、悠斗くんがケガをした時の慰謝料だの何だのって話になる。お互い、なしにしましょうよ。子供も気を使ってしまいますから」

 それから、腰をおとして、悠斗の顔を正面からみすえて、

「……悠斗くん。これに懲りずに、今までどおり娘と仲良くしてくれるかい」

 今までどおり、というところを、強く。にっこりと笑いながら、そういった。

 悠斗は、うなずくしかなかった。



「ゆーと!」

 少し、気まずい昼食の時間をおえて、悠斗が中庭へとむかっていると、後ろから葵の声がした。

「……病院に行ったんじゃなかったのかよ」

「あとにしてもらった。決勝戦は見たいもん」

 おいついて、そう言ってから、葵はしばらく黙っていた。

 悠斗もあえて口をきかないまま、30秒ばかり。

 葵は目をそらして、うつむきながら、小さな声でいった。

「……色々、わるかった。ごめんなさい」

 悠斗は、じっと葵の顔を見つめて、唇をかみしめた。

 それから、深呼吸をして、

「……こっちも、やりすぎた。ごめん」

 そう、いった。

 ふたりは、安堵して息をついた。どちらからともなく、笑いがこみあげてきた。

「アンタが、あそこまでやるとは思わなかったなあー」

 背筋をやわらかくのばして、葵はいった。悠斗はちょっと眉をしかめて、

「ごめんって言ってるじゃんか」

「褒めてんだよ、ばか。……そういえば、知ってた?」

「なにが?」

「クラスが成績順で決まってるとか。あれ、ウソらしいよ」

 葵は得意げにそういった。悠斗は、知ってたよ、と小さくつぶやいた。

 なあんだ、と葵はいって、笑った。

 悠斗は、すこし表情をゆるくして、次の言葉をさがした。

「……おれはさ、やっぱ男だからさ……」

 なんといったものか迷いながら、

「負けたくなかったんだよ。おまえが強いったって、女じゃん……」

「ふーん、」

 葵はちょっと悠斗の顔から目をそらした。少し、上を見あげるようにして、つぶやく。

「なんかさ、……めんどくさいよね。男とか女とかさァ。成績がどうとかさ……だんだん、そういうの考えるようになっちゃうんだね。……そういうもんなのかなあ」

「うん……」

 なんとなく後ろめたくなって、悠斗はうつむいた。

 ぱあんと、肩に痛みがはしった。

 手を振り下ろした葵が、「ばぁか、気にすんなよ」と、笑った。

「知ってんだから。……晶子(しょうこ)、もうすぐ外国へ行っちゃうんだって? だからさ、今年が最後ってことなんでしょう。がんばんなよ」

「──え?」

 心臓が止まりそうだった。

「葵、いまなんて」

「え?」

 ざわめくような沈黙が、ふたりのあいだに流れた。葵はもう一度、え、とつぶやいてから、

「……知らなかったの?」

 と、小さな声でいった。



 晶子は、いちょうの木に背をもたせて座っていた。疲れたらしく、いまいち焦点のあわない目で、ぼんやりと前をながめている。

 悠斗が中庭にやってくると、晶子は座ったまま、くるりとまわりを見渡して、

「……そろそろ、始めようか。全員そろってないけど……」

 そう、言った。

 悠斗は、かまわず、クラスメイトたちのあいだをぬけて晶子の前に歩みでた。

「晶子、」

「……ああ、」

 晶子は、かわらずぼやけたような目つきで、ゆっくりと悠斗の顔をみて、うなずいた。

 悠斗はかっとして、肩をつかんで大声をだした。

「どうして、言わなかった」

 晶子はぐっと目を大きく見開いて、まばたきをした。唇が動くが、言葉が出る前に七海(ななみ)が叫んだ。

「ちょっと、悠斗!」

「……七海、おまえ知ってた?」

「え、」

 ふりむいて、七海の目をじっと見る。

 何のことかわからない、という顔ではなかった。

「……ごめん」と、晶子がいった。

 悠斗は、もう一度、晶子のほうをむいた。みんながこちらを注目している。

 晶子はたちあがって、すっと目を細めた。すこし、いつもより高い声で、

「いえなかったんだ。……いや、言わずにおこうと思ってた」

「……おれだけか?」

「まさか。私からは、クラスのだれにも言ってないよ」

 晶子はちらりと七海の顔をみた。七海は、気まずそうに目をそらした。

「……ごめん、わたしがお父さんから聞いて……みんなに言っちゃった」

「なんの話なの?」と、さくらが声をあげる。悠斗はそれを無視して、七海にするどい目線を投げた。

「じゃあ、なんでおれには──」

「だって……悠斗には、あたしから言っちゃいけないと思って」

 悠斗は七海から目をはずして、地面を見た。ふつふつと、やり場のない怒りがこみあげてくる。

「……知ってたヤツ、手、あげろよ」

 顔をあげて、吐き捨てるようにいう。

 半分ぐらいのメンバーが、そっと手をあげた。

「くっそ……」

「悠斗、」

 晶子が、しずかな声で。

「ごめん。」

 もう一度、そういって、つめたい手で悠斗の腕にふれた。

 悠斗が落ち着くのを待つように少し間をおいてから、一歩前に進み出る。

「みんなも、ごめん。知ってた人もいるみたいだけど、私からちゃんと話しておきます。……お父さんのつとめていた会社がつぶれて、別の会社にいくことになりました。わたしもついていくので、もうすぐ引っ越します。カナダに。」

「カナダって……」拓海(たくみ)が、ぼうぜんとつぶやく。

「前の会社と、取引のあったところなんだって。会社がなくなる話をしたら、すぐに声をかけてくれたらしいの。すごいよね」

 さらりと、なんでもないことのように。

「……いつから、わかってたんだ」

 悠斗が低い声で訊く。晶子はよどみなくこたえる。

「さいしょに聞いたのは、たしか1月。本決まりになったのは、最近だけど──」

 そんなに長い間──

 悠斗は、唇をかみしめた。

「だから、さ。勝ちたいんだ。最後の試合。お願い。……あと、ちょっとだから」

 誰も、なにも答えなかった。

 晶子は、どこか満足気ににっこりと笑って、言葉を続けた。

「……さて、話が前後したけれど、次の試合は──」

「待ってくれ」

 隅のほうに立っていた豊正(とよまさ)が、大きな声をあげた。

「その前に──」「言わなくていいよ、」

 となりに座っていた快が、遮った。

 どことなく元気のない声で。額からは、大粒の汗が流れている。

「そんなわけにいくかよ」「だって、」 

 押し問答が始まりそうなところを、晶子が大きな声で遮る。

(かい)、──けが、してるの?」

「ぜんぜん──」

「右腕がうまく動かねえんだって。さっき、落ちたときにひねったかなんかで。」

 豊正が、すぱっとそう答える。

「先生に言わないと、」さくらがあわてて立ちあがる。

「やめてよ。……ほら、一応、動くんだ。箸だって持てたしさ。」

 快は顔をしかめながら腕を少しあげて、手を握ってみせた。かすかに震えている。

「……お前、それで帽子の取り合いできんのかよ。」

「やらせてよ。」

 にいっと笑ってみせる。

「葵のこともあるし、ここでケガ人が出たら、騎馬戦が中止になっちゃうかもよ。……決勝戦が終わってから、痛みだしたってことにするからさあ。大丈夫だよ」

「快……」

 晶子は、快に歩み寄ってひざまづいた。白い腕にそっと触れて、快の目をみつめる。

「私のことは……気にしなくていいから。」

「そうは、いくもんか。」

 快は、やさしい笑みをうかべたまま、そっと左手で晶子の手をどけた。

「ここでリタイアしたら、おれ、めちゃくちゃかっこわるいじゃん。……晶子は頭いいんだからさあ、おれが左手しか使えなくても勝てる作戦、考えて。絶対だよ」

 晶子は、しばらく沈黙してから、目を伏せて、

「……ありがとう。」

 と、言った。



 ミーティングの場所から、少し奥に入った木陰で、大輝(だいき)が横になっていた。

 (そら)が、その枕元に正座して、下敷きで大輝の頭を扇いでいる。

「悠斗!」

 (しょう)が、声をかけてくる。悠斗は、早足で大輝のところまで歩み寄って、いった。

「ここにいたのか。……おい、大丈夫?」

 大輝は、口をひらいたが、すぐには言葉が出なかった。

「お腹、痛いんだって……」翔が、小さな声でいう。

「なんでもないよ。……ちょっと疲れただけ」大輝が、息を荒くしながら、やっとそう言う。

「ばかいえ、」

 悠斗は、小さくそういって、目をさまよわせた。

 午前の部が終わってから、もう40分は経っている。 

「……決勝戦は、休ませてもらおう」 

 悠斗がそういうと、大輝はぐっと目を見開いた。

「いやだ」

「快もけがしてるんだ。ふたりとも見学にして、騎馬を組み替えて──」

「絶対いやだ!」 

 大輝は、腕に力をこめて上半身をおこした。脂汗にまみれた顔を悠斗に近づけて、にらむ。

「あのワザを練習したのは、僕たちだけだ。組み換えたら、できなくなる」

「だって、お前……」

「悠斗、……きみは」

 ほんのちょっと、ためらうように間をおいてから、大輝は続けた。

「なんのために、あれだけ練習したんだ。葵を倒すため? それとも、晶子が外国へ行くからか」

「……知ってたのか」

「先週、きいたよ」

 翔が、きまずそうにそっぽをむいた。

「ぼくは、自分のためだ」

 大輝は、自分にいいきかせるように、そういった。

「これだけやれるんだ、っていうことを、みせつけてやりたいんだ。そのために練習したんだ。だから、絶対に勝つんだ。途中でやめるなんて、できるもんか」

 悠斗は、まばたきもせずにじっと大輝の言葉をきいていた。

 とくん、と心臓が大きく動く音がした。

「悠斗、きみだって、ほんとはそうだろ」

 堰をきったように止まらなかった。翔も、空も、あえて止めようとはしなかった。

「葵をやっつけただけで満足か。そうじゃないはずだ」

 大輝はぎっと悠斗を睨みつけた。


 ふっと、腹の底から何かがわきあがってきた。

(そうだ)

 じんわりと、背中が汗で湿ってくる。

(……晶子がどうだろうと、関係あるもんか。)

 唇の両側がつりあがる。

 自分のために、やるのだ。仲間も同じ気持ちなら、なんの遠慮がいるものか。


 いつのまにか、悠斗は笑っていた。

「よし、やろう」

 そう、大きな声で、いった。



 山野の号令で、6組の騎馬がならぶ。


 亮介(りょうすけ)

 大翔(だいしょう)、 

 (りく)

 悠希(ゆうき)

 海斗(かいと)

 結衣(ゆい)

 莉子(りこ)、 

 美咲(みさき)

 花音(かのん)

 (あんず)


 騎馬の組み合わせも、並ぶ順番も、5組と練習試合をした時と同じだ。

 結衣は、6組の騎馬をみた。こちらは、前の試合とは、騎馬の組み合わせが違うようだ。

 作戦にあわせて、ということだろう。

(……気合、入ってるんだ。)

 結衣はため息をついた。

 今日は、勝てるだろうか。



「……それじゃあ、本当なの?」

 結衣がかさねて問いかけると、晶子は困ったように眉根を寄せた。

 頷く。

「じゃあ、さ──」

 深呼吸。

 いくつもの光景が、頭をよぎる。

 最後には、言葉が勝手に飛び出してくる。


「賭けよう。本番で、うちのクラスが優勝したら、あなたは行かない。いいでしょ?」



「……お母さんもさ、一緒に行くっていうもんだから」

 なんでもないことのように、晶子はそう言って、目を細めた。

「話したこと、あったっけ? うちのお母さん、もともと……技術翻訳? の仕事をしてて、お父さんの勤めてた会社で、立ち上げの時から働いてたんだって」

 聞いた覚えはなかった。

 ひとの親の仕事の話なんて、どうせ、聞いてもあまり覚えていないものだが。

「だから、カナダの会社に来ないかってお誘いは、お父さんとお母さん、セットの話なの。……そこまでは、私に話があった時にはもう決まってた。それで──」

 結衣は、ぼうぜんとして黙りこんでいた。

 まだ、信じられない。

「──私は、残ってもいいって。七海のところに居候することになるみたいだけど……」

 ……よかったじゃない。

 そう、言いかけたとき、晶子がまた口を開いた。

 にっこりと、笑いながら。

「でも、もう決めたの。私は、家族についていく。だから、もうすぐお別れだね。結衣」



 ぎりぎりまで迷っていてよいのだと、母はかさねていった。

 けれども、晶子は、考えをかえるつもりはなかった。



 関係のないことだ。

 晶子が、どこへゆこうとも。

 友達とはいえ──いや、そうであればこそ、相手が決めたことは尊重すべきだ。


 だけど、


(……ひとつくらい、思い通りになるものがあってもいいじゃない)

 せめて、

 最後に。


 どうせ、自分は、あの母からは逃れられないのだから。



 号砲。



 悠斗の組は、右のはじで、左翼にいる豊正と連携する役割だった。

 前の試合では、快がつとめていた役である。

 開戦と同時に、しゃにむに敵陣の裏へと走りこみ、豊正と合流して、本隊と挟撃する。

 一応、七海・(れん)の組、(りん)・さくらの組があとに続くことになっているが、それは、全てがうまくいった場合のことだ。

 最悪、豊正と二騎だけで、大将を狙わなければならない。


 走る。


 6組のものたちの意識は、前方へ向いているようだ。

 ここまでは、晶子の読みどおり。


 6組は、実戦練習を一度しかしていない。

 1試合目を見るかぎり、かなり統率がとれた動きをはしているが、複数の陣形をみっちり練習するような時間はなかっただろう。

 だから、決勝戦も、全体としては1試合目と同じ動きをするはずだ。

 すなわち、全騎が一箇所に集まって、大将めがけて前進してくる。

 その『読み』が、晶子がたてた作戦の大前提であった。


 ほとんど、戦うことなく敵陣の背面にたどりついた。

 豊正とアイ・コンタクト。

 ちらりと馬役の様子をみる。大輝も、空も、まだ大丈夫だ。


『突撃隊が裏に回るのは、さっきの試合より簡単だろうね』

 晶子は、当然のことのようにいった。

『6組は、1組よりずっと統率がとれてる。つまり、事前にきめた作戦に忠実だってことね。試合が始まったあとは、大将が指示をだしている様子はないし、たぶん、そういう練習もしてないんでしょう。

 だから、大将から離れて動く騎馬はことさら攻撃されない。というより、できないんだ』


 できるだけ疾く、有利な位置を占めて、攻撃を開始せよ。

 それが、かれら二騎の突撃隊に与えられた役目だった。

 有利な位置とは、すなわち、敵陣の真裏。

 敵の作戦が前回と同じなら、大将にいちばん近い位置である。



「……なあるほど、そういう作戦ね」

 結衣は、くるりと周りをみて、ひとりごとをいった。

 わかったところで、周知するすべはない。いや、たとえ伝えたとしても、あらかじめ練習した動きから外れるわけにはいかない。混乱すれば、相手の思うつぼだ。

『全員でまとまって、前へ進む』

 たった、それだけのことを身に付けるのに、練習時間のほとんどを費やしたのだ。


 だから、私がやるしかない。


 結衣は、そっと騎馬役の肩から右手をはなして、首筋をつついた。

「……すぐ反転して。私たちだけで、後ろの敵をやっつける」

 ささやく。


 私たち。


 ほんとうは、私が、というつもりだった。



 悠斗と豊正が、ならんで敵陣のほうをむく。

 大将の結衣が、ただ一騎でまちうけていた。

「……とるぞ。」と、豊正がつぶやく。

 おれたちで、決着をつけるのだ、と。


 結衣は、あざけるような笑みをうかべて、こちらを向いている。

 完全に、自軍に背を向けて孤立した格好である。

 どういうつもりか。


 悠斗は、かっとなった。


「いけ、」と、するどく声をかける。

 翔、空、大輝の三人にである。

 翔がまず、そして一瞬遅れて後ろの二人が反応する。

 豊正が、あわてて自分の馬役に声をかける。

 まず悠斗が、そのあとに豊正の騎馬が続く形になった。


 豊正は、ちらりと結衣の後ろ、両軍がぶつかりあっているところに目を走らせる。

 さすがに、晶子のところまでは見通せない。うまくいっているのかどうか、皆目わからない。

 作戦が裏目にでた場合、一気に防備をつきやぶられて、晶子がやられてしまう可能性がある。

 そうなる前に、決着をつけねばならない。

 やはり、ここで結衣を倒すしかない。


 悠斗が、先に手をだしかける。

 が、結衣の手で牽制されて、ひっこめる。

 一瞬、にらみあうように硬直して、互いの体に触れないまま、また牽制しあう。

 焦れたのは、豊正だった。

 ぐっと、ウマを前にすすめ、結衣の騎馬に左側面からあたる。

 身体をかたむけて、体重を相手側にあずけるようにして、両手で結衣の首をとらえようとする。

 全身でのしかかってくるのだから、ふせぎようがない。

 両手を使ってかわせば、その間に悠斗が帽子をとりにくるだろう。


 結衣は、すばやく身体を後ろにかたむけて、豊正の重心から身をそらした。

 両手で、豊正の右腕をつかむ。すばやく腰をひねって、つかんだ腕を、外側に強くそらすように力をくわえる。

「いでぇッ!」

 豊正が悲鳴をあげる。

 肘と肩の関節をおさえられている。動けない。

 悠斗はなんとか助けようと手を伸ばすが、豊正自身の身体がじゃまになって、結衣まで届かない。

(うそだろ……。)

 合気道でもやっているのか。

 なんにせよ、不安定な騎馬の上で、ここまでの動きができるとは信じられない。

 豊正は、必死で結衣をふりほどこうとするあまり、足場が不安定になっている。

 ウマがゆれる。

 とつぜん、結衣が手を離した。間髪入れずに、左手を大きく突き出して、豊正の肩を強く押す。

 あっけなく、豊正の騎馬がくずれた。



 うまくいった。

 見るかぎり、こちら側にまわってきているのは豊正と悠斗だけ。

 背を向けているから直接は見えないが、残りの敵は大将の晶子を守りながら、こちらの主力と戦っているはずだ。

 5組の作戦は、先ほどの試合と同じだろう。

 あいての攻撃を正面から受け止めながら、別働隊が裏に回る。挟み撃ちだ。

 だから、各個撃破する。

 豊正は倒した。あとは、悠斗を倒してしまえば、正面に集中するだけだ。



「……まわりこめ。結衣と位置をいれかえるんだ」

「でも、」

「いいから。」

 小さく、そう会話する。

 悠斗の騎馬は、結衣の左側から、すれちがうように前にでた。結衣が意外そうにこちらをみる。

 かるく、手をつきだして牽制し、にらみあいながら位置をかえる。

 これで、悠斗は、結衣と、6組の本隊のあいだにはさまれた格好となる。

 もっとも、6組の本隊はもう前進して、5組とぶつかっているため、悠斗の背後には、まだ少し開いた空間がある。

 はさまれたというより、結衣が本隊に合流するのをさまたげているとも言える。

「後ろが気にならない?」

 結衣が、わざとらしく大声をあげて訊く。

 無視する。

「……いくぞ。ここでやっつける」

「ジャンプ?」

「いや──」

 悠斗は首をふった。

 葵を倒したワザは、晶子からもう使うなと言われている。

 ためらっている悠斗を、見透かしたように目をあわせて、結衣は笑った。

「跳ぶの?」

 やってみろ、といわんばかりに。


 その瞬間、悠斗は決断した。


「あれじゃない。もうひとつのやつだ。やろう」

 三人が息を飲む。

 あのワザは、練習で成功したことがない。

 正確にいえば、まともに練習すらできなかった。相手がいなかったからだ。

 騎馬役への負担は、ジャンプよりもよほど大きい。

 それでも、ためらいはなかった。

「わかった。タイミングは」と、大輝がきく。

「おれが合図したら、すぐ。左斜めからいくぞ」

 悠斗は、汗がにじむような低い声で、そういった。



 長い長い鎖が、手足にからみついている。

 からまりあって、どう外していいものか皆目わからない。

 鎖のはじだけは、見えている。母が握っているのだ。

 じゃらり、じゃらりと、


 結衣のゆくところには、いつも鎖の音がついてまわる。


 切れぬ鎖であるならば、いっそ──

(……やめよう、)

 深呼吸。

 目の前のことに集中するのだ。

 立ちはだかっているのは、悠斗の騎馬だけ。

 そのむこうには、味方の本隊。

 さらに遠くはよく見えないが、5組の大将をふくむ数騎が、こちらの攻撃を防いでいるはずだ。

 みたところ、味方が優勢のようだ。

 ここで無理に合流せずとも、倒されずにいれば良い、ということになる。


 練習試合のときの感触からすれば、悠斗はたいして強くない。

 警戒するべきは、葵をやっつけた『ジャンプ』だけだ。

「……姿勢を低くして。こらえてね」

 そう、指示をだす。

 下半身のバランスをたしかめる。


 大丈夫だ。


 とびつかれても、崩れない自信はある。

 あるが、もっと簡単に対処する方法がある。

 跳ぶ前に、帽子をとってしまえばよいのだ。

 騎馬の上から跳ぶには、両脚をまげて溜めをつくる必要がある。

 しかも、あいての身体にとびつくのだから、騎馬どうしほとんど密着していなければならない。

 タイミングさえつかめば、簡単に帽子はとれるはずだ。


 悠斗が、にいっと笑った。


 距離をつめてくる。

 ジャンプするつもりか。

 それとも、正面からあたって帽子を狙うか。

 どちらも、怖くない。


 その、どちらでもなかった。



 ウマ同士がぶつかった衝撃をこらえると、悠斗は間髪いれずに結衣の側に体を預けた。

 姿勢を低くして、結衣の腰に手をまわして、強く抱きしめる。

 結衣の手がのびてくる。その手が、帽子にとどくより一瞬はやく、


 翔、大輝、空の三人が、いっせいに姿勢をくずして、膝立ちになった。


 悠斗の足がのっている掌も、30センチほど地面に近づいた。

 悠斗の身体も、それにつれて落下する。

 ウマから降りたわけではないが、降りたのと同じである。

 瞬間的に、ふたりぶんの体重が、結衣のウマにかかった。



(……やられた!)

 結衣は全身から脂汗が噴き出るのを感じた。

 完全に、踏ん張るタイミングをはずされてしまった。

『ジャンプ』の溜めがなかったので、油断したのだ。

 あわてて、姿勢を低くして、足に力をこめる。

 ぐっ、と腰が引っ張られる。


 重い──


 くぅ、と口から息が漏れる。

 足場が崩れそうになる。

 そして、二秒、三秒──


 こらえた。


 見おろす。

 すぐ下には、悠斗の帽子。


 反射的に、右手をふるう。

 これをとれば、終わりだ。1秒もかからない。


 そして、


 結衣は、自分の頭に帽子がないのに気づいた。



 悠斗は、結衣の腰から手を放して、顔をあげた。

 結衣の肩ごしに、むこうをのぞく。

 晶子が、結衣の帽子を取っていた。


 間に合うとは思わなかった。

 もう少しタイミングがズレていれば、最悪の展開になっていた。

「え……、」

 結衣は、まだ理解できないらしく、きょとんとして周りを見回している。

「……やったね、悠斗」

 晶子が、疲れきった顔で、ぜいぜいと息を切らしながら、やっとそう言った。

「わたしたちの、勝ちだ。」


 笛が、鳴った。



「……分散、再集合。むつかしい作戦だけど、やるしかないと思う」

 最後の作戦会議。晶子は、低い声でそういった。

 どことなく暗い顔つきではあったが、目は笑っていた。


 途中までは、1組と戦った『包囲作戦』と同じ。

 ただし、そのままでは、大将のいる中央を突破されて一気に負けてしまう可能性がある。

 だから、大将をいったん逃がすことを考える。


 具体的には、こうだ。


 まず、快と晶子は、あらかじめ騎馬役を交換しておく。

 今回は、快が実質的に戦力にならないのと、晶子がかなり激しく動かなければならないからだ。


 試合が始まると、悠斗と豊正の二騎が、まず突撃隊として敵の背面にまわる。

 それを追って、右翼で七海と蓮、左翼で凛とさくらが動くが、彼らはまだ背面までは行かない。

 裏ではなく左右から、敵軍にあたって、戦線を支える。

 正面に残るのは、快、拓海、陽菜、晶子。

 このうち、3騎を捨て駒にして、晶子を逃がす。


 晶子は、状況をみて右か左に大きくまわりこみ、敵軍の背面までゆく。

 このとき、七海、蓮、凛、さくらのいずれかが、移動をサポートする。


 そして、最終的に、生き残った騎馬すべてが敵軍の背面に集結し、団結して攻撃する。


 そういう作戦であった。


 大将を含めた全体の戦力は、6組が上。

 こちらが勝っているのは、指揮系統を保ちつつ、バディ単位で個別に動く能力だ。

 ならば、正面からぶつかるとみせかけて、機動でひっかきまわすしかない。

 晶子は、そう考えた。



 実際には、完全に作戦通りにいったわけではない。

 凛とさくらが予定より早くやられてしまい、晶子は七海と蓮にかばわれながら必死で駆けた。

 豊正が早々に倒されたこともあり、後ろにまわるのが少し遅ければ、悠斗に続いて晶子も帽子をとられ、あっさり負けていただろう。

 悠斗が注意をひいている間に、結衣の後ろにまわることができたのは、僥倖だった。


 ともかくも──勝利は、勝利であった。



 結衣は、現実感のない足どりで、地面におりた。

 あとからあとから、涙がこぼれ落ちてくる。

 足元がおぼつかない。


 ──たったひとつ。


 たったひとつくらい、思い通りになるものがあってもいい。そう、思っていた。

 なのに……。


 嗚咽がこぼれ出る。


「結衣。」

 そっと、だれかの腕が背後から結衣の胸に触れた。

 晶子だった。

「だいじょうぶ。ずっと、友達だよ。どこへ行っても。」

 母のような。

 結衣が知るはずもない、やさしい母のような声だった。


 全身に巻きついた鎖が、少し軽くなったような気がした。



 そうして、彼らの運動会は終わった。



 そして──



「おい、──電話!」

 リビングの兄によばれて、悠斗はのたくたと体をおこした。

 けだるそうに階段をおりて、受話器をうけとる。

 一週間たっても、まだ疲れがとれない。体より、気持ちの問題かもしれないが。

「はい。……もしもし」

『なにしてたの?』

 結衣の声だった。なんだか少し怒っているような。

「なにって……、寝てた。なんだよ、なんか約束あったっけ?」

『ないよ、そんなもん』

 やっぱり、怒っているようだ。

 運動会が終わってから、結衣とはほとんど話していない。しかし、まさか決勝戦のことを根に持っているわけではないだろう。

『ねえ、……知らないの?』

「だから、何が」

『晶子、きょう出発だよ』

 悠斗は息を呑んで黙りこんだ。

 知らなかったわけではない。

 金曜のホームルームで、別れのあいさつだってしている。

『あきれた。なにも聞いてないの?』

「日付は、聞いてたけど……。」

『それだけ?』

「あと、何があんだよ。……今週、あんま晶子と喋ってないしさ……」

 こんどは、結衣が沈黙する番だった。

 しばらくして、『はぁ、ばっかじゃないの!』と、吐き捨てるような声が聞こえてきた。

「なんだよ、お前だってさ……」

『あたしたち、お別れ会やったもん。昨日』

「昨日? あたしたちって誰だよ」

『あたしと晶子と、葵と七海』

 なんとなく、意外なメンバーだった。

『女子には、女子のつきあいがあんの。それで、あんたたちはどうなの』

「どうって……」

『晶子、3時24分の飛行機だって。あたしは行かないけど。』

 さんじにじゅうよんふん、と悠斗はぼうっと繰り返した。

 それから、また、言葉がみつからずに黙りこんでしまった。


 用件は、それを伝えることだったらしい。

 それだけ、じゃあね、といって、電話はきれてしまった。



 結衣は、電話をきってから、しばらくじっとしていた。

 大きく、息をついて、目をとじる。

 スマートフォンをロックして、ベッドから起きあがる。


 ふたたび、目を開く。

 決然とした意思をこめて。


 くらい廊下を、こつこつと音をたてて歩く。

(……鎖なんて、)

 しずかに、胸のうちだけでつぶやく。


 こんこん、とノック。


 返事はない。

 かまわず、大きな声で、結衣はよびかけた。

「ママ。……話があるの。聞いて」



 昼メシ、どうする。と、兄の声。

 悠斗は、リビングのソファに座ったまま、じっと足元を睨んでいた。


 何もいわずにいると、兄は台所で何か作り始めたようだった。

 父も母も、夕方まで帰ってこない。


 ゆくとすれば──



 兄がラーメンの器をもって、リビングにやって来た。

 小さく声をかけて、悠斗の前にも器を置く。

 テレビをつける。

 しばらくして、悠斗がうつむいたまま、口をひらく。

「兄ちゃん、……車出せる?」

「あん?」

 大学生の兄は、ラーメンをすする手をとめて、

「かーちゃんの車なら鍵あるから、出せるけど。なんで?」

「空港、……いける?」

「あー、……」

 兄は、ちょっと宙を見上げるようにして考えこんだ。

「……行ったことないけど、多分な。なんだよ、なんかイベントでもあったっけ?」

「見送りに、……」

「だれの?」

 悠斗は答えなかった。

「……ま、いいや。何時だよ? 急ぐなら、はやくそれ食っちまえよ」

 さんじにじゅうよんふん、と悠人はつぶやくようにいった。

 兄は眉をひそめた。「もしかして国際線か?」頷く。「それじゃ──」

「すぐ出ないとダメだぞ。出発のずっと前にチェックインしちゃうんだから──」

「そうなの?」

「俺も、よく知らんけど。チェックイン時間とか、空港のどこで会うとか、聞いてねえの?」

 悠斗は首をふった。そもそも、見送りにきてくれと言われたわけではないのだ。

「ラーメン、すぐ食っちゃえ。おれ、着替えてくるから」

「兄ちゃん」

 兄の背後から、悠斗は小さく声をかけた。

「……おれ、行ったほうがいいのかな。」

 答えはなかった。

 悠斗は、もそもそと箸を動かした。ひどく、味気ない食事だった。



 車の中で、悠斗はほとんど口をきかなかった。

 兄も黙っていた。ただ、時間だけを気にしていた。



「……それじゃ、」

 晶子と、両親。

 晶子の伯父にあたる七海の父、七海の母、それから七海。

 滑走路がみえるレストランで身内だけの食事会をおえて、ロビーにでた。

 もう少ししたら、搭乗手続きをはじめなければならない時間である。

「うん。……元気でね」

 七海は、赤くなった眼をほそめて、しょんぼりと晶子の顔をみあげた。

「手紙、かくよ」

 晶子は、涙の気配もなく、口元にうっすらと笑みをうかべてそういった。

「またお休みがとれたら、帰ってくるからさあ」

 快活に笑いながら、晶子の母はそういった。

 七海の父が、ああ、とうなずいて、晶子のほうをみた。

「むこうが辛くなったら、晶子ちゃんだけでも、いつでも帰ってきなよ」

「そうよ、」と、七海の母。「きょうだいみたいなもんなんだから。七海だって喜ぶわ」

「ありがとう、おばさん」

 晶子は、かるく頭をさげて、おちついた口調で応えた。

「ねえ、」

 七海は急に声をひそめて、晶子の近くに寄っていった。

「……悠斗には? いってないの?」

「なにを?」

 大人びた笑みをくずさないまま、晶子は問い返した。

「なにをって……、」

「もう、いいよ。最後の願いごとは、かなったんだし」

 なによ、それ。

 七海は、口のなかでそうつぶやいたが、声は出なかった。


「──晶子!」


 とつぜん、するどい声がきこえた。

 悠斗の声だった。

 七海は、目を見開いて頬をゆるめた。

 晶子は、表情をかえなかった。

「あの、──」

 悠斗と一緒にいた、大学生くらいの男が、口ごもりながら何かいいかけた。

「見送りに、」と、悠斗がいった。急いできたらしく、息を乱しながらこちらへ歩みよってくる。

「きてくれたの?」

 そう、うれしそうに叫んだのは、晶子ではなくその母だった。

 悠斗は、かまわずに晶子の前に立った。

 七海をおしのけるようにして、まっすぐ、晶子の目を見つめる。

「どうしたの?」

「晶子、おれは──」


 いろいろなことが、頭をよぎる。


「おれは、……」


 行くな、と。

 そう──


「……遅くなって、ごめん。結衣から、今日きいて……」


 もし、おれがあと5歳、年上だったら。

 そう、言えただろうか。


「いいよ、気にしないで」

 晶子は、しずかに首をふって、笑った。

「来てくれて、ありがとう」


 でも、今のおれは、ただの子供で、

 だから、


「……やめろよ、」


 せいぜい、こんなことくらいしか、言えない。


「え?」

「そうやって、……笑うの、やめろよ。お前、いつもさ……」

 いつのまにか、涙声になっていた。

 懸命に、目から涙をこぼすことだけはこらえて、悠斗はいった。

「いつも、……そうやって、一人で、笑ってんじゃん。そういうの、やめろよな」

 それだけ、やっと、口にして、悠斗は目を伏せた。

 しばらく、誰も口をきかずに時間がすぎた。

 悠斗は、耐え切れなくなって、顔をあげた。


 晶子の目から、涙がぼろぼろとこぼれ落ちていた。


「悠斗、」

 涙声。はじめて聞くように思う。

「わたし──行きたくない。行きたくないよう」

 晶子は、子供のように顔をくしゃくしゃにして、泣いていた。

 母が、そっと晶子を抱きしめて、背中をさすった。

 


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