新しい名前
「やっと退院だ!」
「そうだな、しばらくは家でゆっくりして、これからのことを考えよう」
「うん…」
「でもピッタリでよかったわ」
今綾斗が着ている服は妹の愛梨の服だ。
といってもジーンズにセーター、
それにライトダウンで特に男でも抵抗がなさそうなものだった。
綾斗は義弘と和子に連れられ、車で病院を後にした。
綾斗が女の子になった原因は不明ということだった。
急にホルモンバランスが崩れ、通常の女性並みの女性ホルモンが分泌され、
身体の構造すべてを男から女に変えてしまったらしい。
今は普通の女性と同じホルモンバランスで身体は安定している。
こんな症状は今までにないので、医者も男に戻すことは不可能という見解を出していた。
ちなみに、世の中にあまり知られていない「突発的女性化症候群」という
男が突然女になって、中身まで女になってしまう病気があるらしいが、
それとは違うということだった。
違う理由は、「突発的女性化症候群」は一晩で女性になってしまうが、
綾斗は意識を失ってから1か月半も眠ったままだった。
この間に、ゆっくりと身体は作り替えられていき、1か月で完全な女性の身体になったのだ。
話を聞かされた夜、ずっと寝ていたせいで身体がほとんど動かないので
触ったりして確認はできなかったが話が嘘ではないというのだけは伝わっていた。
「僕…女の子なんだ…」
男が女になる、相当ショックを受けるだろう。
ところが、綾斗はそこまでではなかった。
まだ実感が沸かないからかもしれないが、不思議と思った以上に現実を受け入れていた。
それから数日後、リハビリを経て綾斗はゆっくりと歩けるようにまで回復した。
鏡の前に立つと、そこには以前の面影を残しながらも女の子の顔をした自分が映っていた。
というより、愛梨にそっくりな顔が映っていた。
手足が動くようになってから胸などは触ってみたが、気持ち膨らんだ程度の胸だったので
パジャマの上からではあまり膨らみは感じなかった。
股間にあったものがなくなったのも確認済みだ。
鏡を見てから、綾斗の気持ちは前向きに傾き始めていた。
「ただいま」
玄関を開けると留守番をしていた愛梨が走ってきた。
「おかえり、退院できてよかったね」
「うん、やっぱり家が一番だよ」
荷物を置いてリビングに行くと、和子が早速お昼ご飯の支度をはじめていた。
義弘は新聞を読んでいる。
よく見る光景に綾斗はほっとしていた。
そこへ愛梨がやってくる。
「お姉ちゃん」
愛梨は綾斗のことを「お姉ちゃん」と呼ぶようになっていた。
実際に女になってので綾斗もそれを否定しなかった。
今ではもう慣れすら出始めていた。
ただ、愛梨が綾斗を「お姉ちゃん」と呼ぶたびに義弘が眉を少し釣り上げていることは
誰も気づいていない。
ご飯を食べながら和子が今後のことについて話をし始めた。
「綾斗、名前なんだけどね、女の子の名前に変えられるの。どうする?」
綾斗という名前は嫌いではない。
ただ、この先のことを考えたら変えるほうがいいというのはわかっているので
それに乗ることにした。
「うん…変えるよ」
すると義弘は立ち上がり、「部屋で少し仕事をする」といって立ち去ってしまった。
残った3人で綾斗の名前を考えることにした。
「綾って名前は残したんだ。少しでも僕が残るように」
「そうね、だったら「あやこ」とか?」
そこに愛梨が突っ込む。
「お母さん、今どき「あやこ」なんて古いよ!だったら「あやな」とか、「あやの」とかのほうがいいって」
そのとき、綾斗の中でピンときた名前があった。
「あやね…ってどうかな?」
「いいじゃん!あやねって名前。ねえ、お母さん」
「綾斗、あやね、いいかもね」
字は綾音ということで決まった。
この日から綾斗は綾音になり、また新しい生活へ一歩進みだした。