岡崎家
7時半を過ぎたころ、父親の義弘が帰宅した。
やっと家族4人がそろったので夕食を食べ始めた。
カレーにサラダ、両方とも綾斗が好きなものなのでおいしく食べていると
義弘がビールを飲みながら話しかけてきた。
「最近学校はどうだ?」
「どうって、普通だよ」
「そうか、愛梨はどうだ?」
「んー、もうすぐ卒業だから文集とかの準備で忙しい」
「もうすぐ中学だもんな。なんか早いな子供の成長って」
そういってからビールを飲みほした。
「どうしたの、お父さん。なんかしみじみしちゃって」
和子が笑いながら言うと、義弘は「そうか?」と返してから
カレーをほおばっていた。
義弘は子供と会話をしたいのだが、
話す内容がなくてたどたどしい質問をしてしまったのだ。
年頃の子供との会話は難しい。
ましてや男親は母親より子供と接する時間が短いからそうなっても仕方がない。
綾斗は食事が終わったので、食べた食器を流しに持って行ってから自分の部屋に行った。
そしてお風呂に入ってテレビを見ていたらコンコンとノックをされてから
愛梨が部屋に入ってきた。
「どうしたの?」
愛梨は手を後ろに隠している。
こういう仕草は決まってなにかを隠しているときだ。
「なに持ってきたの?」
「じゃーん!素敵なパラダイスの最新刊」
素敵なパラダイスは小学生の高学年から中学生の女子に人気の少女漫画だ。
綾斗は男子だが、この漫画が大好きだ。
読んだきっかけは愛梨が読んでいたのをなんとなく読んだからだ。
予想以上に楽しく、それ以外にも愛梨が持っている少女漫画は全部読ませてもらっていた。
中でも特にお気に入りが「素敵なパラダイス」だった。
「出たの?貸して!」
「どうしよっかなぁ」
愛梨がわざと焦らしてくる。
結局貸してくれるのがわかっていても必死になって頼む。
「お願い!貸してよ!」
「しかたないなぁ、はい」
「ありがとう!」
本を受け取って読み始めると愛梨が邪魔をしてくる。
「今回すごいよ、だって転校してきた…」
「ちょっと言わないでよ!楽しんで読んでるんだから」
綾斗が怒るのを見て愛梨が笑っていた。
このあと愛梨は綾斗が読み終わってもずっと綾斗の部屋にいて
たわいもない話をしていた。
これは特別なことではない。
よくある日常、2人は仲がいい兄妹なのだ。
「お兄ちゃん、中学って楽しい?」
「うん、つまらなくはないよ。不安?」
「別に不安ってことはないけど…なんか制服とか着なきゃいけないじゃん。部活だって入らなきゃいけないしさ。生活がガラッと変わりそうだなって思って」
これは綾斗も1年前に感じていたことだ。
誰もが生活環境が変わることは不安に思うが、特に小学生から中学生というのは、
人生経験が少ないこともあり、非常に不安になる。
「大丈夫だよ、慣れちゃえばどうってことないし。部活は決めるの面倒だったけど」
「あー…部活か。それよりさ、お兄ちゃん好きな人いないの?」
またか、と思ってしまう。
愛梨はいつもそれを聞いてくるので綾斗は決まってこう答える。
「いないよ」
「絶対ウソだよ、いないはずないもん」
残念だが事実だった。
恋愛ドラマや少女漫画のような恋愛漫画が好きなくせに、
綾斗は今まで恋というのをしたことがなかった。
仲がいい女子は何人もいるのに友達としか思えず、今に至る。
「愛梨こそ大智くんだっけ?どうなのさ」
大智というのは愛梨が好きな子だ。
それは以前から愛梨に聞いているので知っていた。
「中学までは何もしない。中学生になってから素敵なパラダイスみたいな恋愛するの」
「あれって高校生じゃん」
「いいの、中学でもできるんだから」
ませてるというかなんというか…
でも愛梨が言っているのもわかる気がする。
恋をしたこともないくせに、綾斗も少女漫画のような恋愛にあこがれていた。
「ヤバ、10時過ぎちゃった。じゃあね、お兄ちゃん」
「おやすみ」
愛梨が自分の部屋に戻っていったので、綾斗もベッドに入って電気を消した。
「好きな人か…」
そう呟いてから目を閉じ、眠りについた。
義弘はなかなか寝付けず、何度も寝返りをうっていた。
それに気づいた和子が声をかけてきた。
「寝られないの?」
「ああ、ちょっとな」
「考え事?」
「いや、気にしないでくれ。おやすみ」
義弘の考え事、それは綾斗のことだった。
だがそれを和子に話す勇気がなく、ずっと心にため込んでいた。
そして今日も話せずに終わってしまった。
俺はいつかこのことを和子に話す日は来るのだろうか…




