恋
8月中旬、今日は花火大会だ。
浴衣姿に綾音は浮かれている。
一緒に行くのは佳純だ。
しかも佳純の家の近くの花火大会なので知り合いに会う心配もない。
更に帰りが遅くなるからということで、佳純の家にお泊りという特典までついている。
浴衣でなければスキップしたいくらいのテンションだ。
今はもう佳純の家で、着替えもここでした。
「浴衣っていいね」
「綾音ちゃん着たことなかったの?」
男だったので着たことなどない。
少ししまったと思った。
そう、佳純をはじめ、石原女子の友達は誰も綾音は元から普通の女の子と思っているからだ。
梨華たちと遊んだことで少し気が緩んだのかもしれない。
「あ、あまり花火大会とかお祭りに行くことがなかったから…」
「じゃあ今日は楽しみだね」
そういって佳純が笑顔になっていた。
どうやら怪しまれなかったらしい。
というより、気にしすぎかもしれない。
気持ちを切り替え、佳純と花火会場へ向かった。
会場は予想以上に混んでいる。
家族、カップル、友達同士、様々な人たちであふれかえっていた。
綾音たちと同じように浴衣を着ている女の子もたくさんいる。
「綾音ちゃん、かき氷食べようよ」
「うん、食べたい!」
かき氷を食べていると、会場にアナウンスが入る。
まもなく花火が打ちあがるのでワクワクしてきた。
5分後に花火が打ちあがった。
ドーン!という大きな音とともに、きれいな花火が夜空を彩る。
花火に見入っていると、佳純が言ってきた。
「好きな人と一緒に見れたら幸せだろうね」
佳純がこんなことを言うと思わなかったので少し驚いた。
意外と乙女なんだね、佳純ちゃん。
でもそれは綾音も同じことを考えていた。
そのとき、ふと頭をよぎることがあった。
今まで恋愛話をしてきた。
誰が好き?と散々聞かれた。
そのたびにいないと答えた。
本当にいないからだ。
考えてみれば、人を好きになったことがない。
なぜ??
あんなに恋愛ドラマや漫画が好きなのに…恋バナが好きなのに…
恋愛ドラマなどを見ていると、大抵の人間はその主人公に憧れ、主人公になりたいと思う。
それが綾音にはなかった。
なんとなく恋愛っていいな、この感情しかなかった。
なんで誰も好きにならないの?
不安な気持ちが押し寄せてくる。
そうなると花火どころではなかった。
心ここにあらず、で花火大会は終わった。
佳純の家に戻り、今はすでにベッドの中だ。
「綾音ちゃん…ずっと様子がおかしいけどどうしたの?」
さすがに佳純も察知していた。
「佳純ちゃんは…好きな人いる?」
「好きな人かぁ…今はいないかな。女子校だしね」
それもそうだ、異性を見たり出会う機会がない。
「でも好きな人いたことはあるでしょ?」
「うん、綾音ちゃんはいないの?」
なぜか佳純になら本心を打ち明けられそうな気がした。
緊張したが、思い切っていってみる。
「わたし…誰も好きになったことがない…」
「そっか…」
なんで?とは聞き返してこない。
聞き返されても答えられないので困るが、なにも言われないのも辛い。
やっぱり打ち明けるべきではなかったんだろうか。
「綾音ちゃん、仲がいい男の子っていた?」
思い浮かべると勇など何人かの顔は思い浮かんだ。
でも学校で話す程度で、一緒に遊ぶことはあまりなかった。
「いなくは…ないかな」
「そういう友達は恋愛対象にならなかった?」
そんなこと考えたこともなかった。
前まで男だった。
男の頃、男子を恋愛対象と見たことなどない。
じゃあ逆は?
それも同じだった。
女子を好きにはならない。
なぜなら心が女だったからだ。
「うん…」
「だったら…まだ恋をする時期じゃなかっただけだよ!そういう時期がくれば自然と好きな人なんてできるって。だからそれまでにもっとかわいくならないとね」
佳純が笑顔で言っている。
その言葉が頭にこだました。
恋愛をする時期じゃない…果たしてそれだけだろうか?
モヤモヤは晴れなかったが、佳純なりに励ましてくれている。
「ありがとう」とお礼を言って眠りについた。




