気づかされた
人がいなくて話せる場所、それはカラオケボックスだ。
中に入れば防音で静かになるので、たまに仕事の打ち合わせに使う人もいる。
なにも歌を歌うだけの場所ではなかった。
「今の綾斗くんは…女の子なの?」
「うん…見た目だけじゃなくて身体も完全に…」
「それって手術したってこと?」
大きく横に首を振る。
「ううん…わたしも意識がなかったから聞いただけなんだけど、授業中に倒れたでしょ?なんでも急にホルモンバランスが崩れて身体から異常なほど女性ホルモンが分泌されだして体の構造を女の子に造りかえちゃったんだって…」
そんな話聞いたことがなかったので梨華は固まっていた。
でもウソを言っているとは思えない。
とりあえずもう少し話を聞くことにした。
「だから気が付いたとき、わたしの身体はもう女の子の身体になっていたの。それで戸籍も女の子になって…名前も綾斗から綾音になったんだ…」
「そう…なんだ。今はどうしてるの?まだ病院とか通ってるの?」
「ううん、もう身体は大丈夫。普通の女の子と同じ状態になったっていうから学校に行ってるよ。私立の石原女子に」
「元気になったなら転校なんてしなくてもよかったのに…」
「そういうわけにはいかないよ!急に女の子になって、これから女子として通います。なんてできないもん」
綾音が珍しく感情的になったので驚いた。
そして目には涙が溜まっている。
「わたしだって戻りたかったよ…山口さんとかと一緒に学校行きたかったよ…でも無理だよ…」
少し無神経だったかもしれない。
綾音の立場で考えれば、そう思うのも無理はない。
いきなり性別が変わって学校に戻って、気持ち悪がられたりしたら…
そう考えれば転校という方向に傾くだろう。
「ごめん…」
「ううん…わたしこそ感情的になってごめん。でね、これから女の子として生きていかなきゃいけないから、ならお母さんが思い切って女子中にしたら?って話になったの。女子しかいない環境のほうが女の子に慣れやすいからって」
半分は納得した。
でも半分は違う気がした。
だって綾斗くんは…
話をしたことで少しスッキリした気分になった。
溜まっていた涙も今は引いている。
「そっか、新しい学校は楽しい?」
「うん、最初は緊張したけど今は楽しいよ」
「ならよかった。でも綾斗くんのお母さんはきっと慣れるためだけに女子中を勧めたんじゃないと思うよ」
梨華の言っている意味が理解できなかった。
「どういうこと?」
「綾斗くん、元々中身が女の子だったから女子中に行けば楽しめると思ったんじゃないかな。ほら、同性しかいないほうが楽しいときが多いし」
後半の言葉は耳に入らなかった。
入った言葉は「元々中身が女の子だったから」だけだ。
「言っている意味がわからない…」
「だから、女子中ってさ」
「そこじゃない!中身が女の子って…」
「え?違ったの??」
今度は梨華が戸惑い始めた。
綾音は、なにがなんだかわからなくなってきたが、
わからないけどボンヤリと見えるものもあった。
これが見えたとき、姫奈が言っていた自分らしくという言葉の意味がわかるかもしれない。
「今の部分…説明してくれる?」
「わたし…ずっと綾斗くんは女の子になりたかったと思ってた」
「わたしが女の子に…」
「うん、だって綾斗くん女の子が好きなものにしか興味を示さなかったし、女の子しか気づかないところも全部気づいたし…話や雰囲気も女の子っぽかった…だから、綾斗くんは自分から言わないだけで中身は女の子なんだって…だからね、わたしずっと綾斗くんのこと綾斗くんとは呼んでるけど女の子として見ていたんだよ」
愛梨の言葉が頭の中を駆け巡る。
すべて思い当たるからだ。
同級生の男子が読んでいる少年漫画よりも
愛梨が読んでいる少女漫画のほうが全然面白かった。
野球やサッカーをするよりも、部屋で遊んでいるほうが好きだった。
男子と話しているよりも女子と話しているほうが楽しかったし落ち着いた。
よく男子が気づかないことに気づくとも言われていた。
ボンヤリしていたものがさっきよりも少しずつ見えてくる。
「ねえ、綾斗くん。今の自分どう思う?」
「どうって…」
「すごい女の子だよ。雰囲気も服装も話し方も、わたしより女らしいと思うもん。女子中も楽しいって言ってたよね。もし中身が元から女の子じゃなかったら短期間でここまでにならないよ」
服装…そうだ、お母さんと買い物に行ったとき、わたしはかわいい服を自分で選んだ。
着たかったから選んだ。
着たときは嬉しかった。
制服もそう、カチューシャを付けたときもそう、かわいくなれる自分が嬉しかった。
綾音って名前も気に入っている。
そんな気持ち、男だったら持たないはず。
更に考えてみれば女の子になったのにそこまでショックじゃなかった。
とのとき、綾音の中でボンヤリしていたものがハッキリと見えた。
「わたし…女の子になりたかったんだ…」
呟くと同時に気が晴れた気分になった。
やっと綾音は本当の自分を見つけることができた。
「山口さん、教えてくれてありがとう!わたし全然自覚していなかった…」
「こういう言い方って正しいかわからないけど、綾斗くんは女の子になれてよかったと思う」
「うん、今ならわたしもそう思える」
そういうと綾音は笑顔になった。
「でも…なんでわたしが愛梨じゃなくて綾斗だってわかったの?」
「まず髪型、愛梨ちゃんより長いから、あれ?って。服装の雰囲気も違うしね。でも一番の理由はわたしのことを「山口さん」って呼んだこと。愛梨ちゃんは先輩って呼ぶもん。それでピンときたの」
これを聞いてドジッたと思った。
早く逃げたい一心で無意識に「山口さん」と呼んでしまったのだ。
「でも綾斗くん、愛梨ちゃんにそっくりだよね。双子みたい」
「最初はお母さんも間違えたんだよ」
2人は昔と同じように会話をしていた。
綾斗から綾音になっても同じように会話をしていた。
「ねえ、わたしたち今もこれからも友達だよね?」
「山口さんがいいなら…」
「もちろん!綾斗くん…ううん、綾音ちゃんはわたしの大事な友達だもん!」
「ありがとう、山口さん…梨華ちゃん!」
綾音は最近持ち始めたケータイの連絡先を教えると、
梨華も最近ケータイを買ったというので連絡先をおしえてもらった。
「これでやっと綾音ちゃんと遊ぶことができるよ。だって綾斗くんのときはやっぱり一応は男の子だったから休みの日に遊んだりはできなかったもんね」
そう、本人たちは気にしなくても、
同級生たちに見られたら付き合っているとか変な噂が立つ。
でもこれからはそれに関しては気にする必要がない。
ただ、ほかの同級生たちには知られたくないので
遊ぶときは細心の注意を払わなければいけない。
「綾音ちゃん、沙季子にも言ったらダメかな?」
沙季子は同じ美術部で梨華と同じくらい仲が良かった。
でもこれ以上は知られたくない。
そう思ったが、沙季子とも今までみたいに仲良くなれたら…という気持ちもある。
返答に困っていたら、梨華が言ってきた。
「沙季子も…知ってるよ。綾音ちゃんが元から女の子だったってこと。だから今の綾音ちゃんのこと普通に受け入れてくれるよ」
「そう…なの?」
「うん、2人でそのこと話してたから…それに沙季子もずっと心配してるよ。大事な友達だから」
この言葉を聞いて綾音は決めた。
「じゃあ…今度3人で遊ぼう!」
まさか、また梨華や沙季子と仲良くなれるとは思っていなかった。
しかも本当の自分を知ることもできた。
やはり綾音にとって今日は最高の1日だった。




