優しい店員さん
「待って!」
待てと言われると思わず立ち止まってしまう。
なんで呼び止められるの?
万引きをしたとか勘違いされたのかな?
変な不安が押し寄せてくる。
こうなると買わないのに見ていたことすら悪いことのようにも思えてきてしまった。
「2人とも中学生かな?」
「は、はい…」
綾音の代わりに佳純が返事をした。
店員は2人のことを見回すようにジッと見ている。
買わないのに見てたから怒られるのかな…
変な緊張で手が汗ばんでくる。
気分的には泣きたい気持ちだった。
ところが店員は急にニコッと笑顔になったので、「え?」という気持ちに切り替わった。
「そっかぁ…中学生だと、うちの服は少し早いもんね。値段もそれなりだし」
どうやら怒られるわけではなさそうだったのでホッとした。
「でも逃げなくたっていいじゃない」
どうやら急に逃げ出したので呼び止めたみたいだった。
「買わないのに見てたら悪いかなって思ったので…」
佳純がそういうと店員は笑い出した。
「見るのはお客さんの自由なんだよ」
「でも話しかけられちゃったから…」
「だってそれがわたしの仕事だから。買う買わないは別としてお客さんがきたら接客しないと」
店員がいうことはもっともだ。
こうやって話をしていると、店員が気さくな人で馴染みやすくなってくる。
首からかかっているネームIDを見てみると「今宮姫奈」と書いてあった。
「ひめな?」それとも「ひな?」って読むのかな?
なんて考えていると、姫奈が嬉しい言葉を言ってくれた。
「気にしないで好きなだけ見て行っていいからね」
「あ、ありがとうございます」
「ところで2人とも名前は?」
「えっと…澤村です」
「岡崎です…」
苗字を名乗ると姫奈が少し怒り気味になった。
「あのね、苗字じゃなくて名前を聞いてるの!」
「えっ…あ、佳純です…」
「あ、綾音です…」
すると姫奈はすぐにニコッとなる。
「佳純ちゃんと綾音ちゃんね。2人はどんなのが好きなのかな?」
2人がまた服を見始めると、姫奈が一緒に付いてくれて服の説明をしてくれる。
「このショートパンツかわいいでしょ。フリルが付いてて人気なんだよ。色も3色あってやっぱり青が一番売れてるかなぁ」
すると今度は佳純が持っている服の説明をし始めた。
「あ、それはオフショルタイプのトップスなの。袖にあるリボンがポイントなんだ。でね、丈が短いからハイウエストに合うかな」
他にお客さんがいないからかもしれないが、
買わないとわかっているのに、丁寧に説明をしてくれる。
そんな姫奈を見て気づいたことがあった。
それは身長が綾音とほとんど変わらないことだ。
でも小柄なのに胸が大きくてスタイルがいい。
顔はとてもかわいいのに子供っぽさがない。
素敵な女性だなと憧れの目で見るようになり、綾音は姫奈という店員を好きになっていた。
そんな姫奈が更に嬉しい提案をしてくれた。
「よかったら好きなの試着してみる?」
2人は目をキラキラ輝かせながら返事をした。
「いいんですか?」
「でも1着だけね。さすがに何着もとっかえひっかえはまずいから」
1着だけでも十分だ。
喜んで「はい」と返事をした。
だが、いざ選ぶとなると迷ってしまう。
それはどれもこれもかわいい服ばかりだからだ。
トップス、ボトム、いろいろ手に取ってみるが、
綾音が一番好きな服はワンピースだったのでワンピースを選ぶことにした。
それでも何種類もある。
これかわいいなぁ…あ、こっちもかわいい…
なかなか決まらない。
それは佳純も同じだった。
ずっといろんな服を手に取って悩んでいる。
あまり待たせても姫奈に悪いので、綾音は総レースのワンピースに決めた。
両サイドにレースのリボンが付いているのがかわいい。
だが、これは姫奈が今着ているのと色違いのものだった。
「わたしとお揃いだね、それにするの?」
「はい…」
これは綾音の中で姫奈みたいになりたいという願望があったからだ。
同じ服を着てみれば少しは姫奈のようになれるかも、そう考えていた。
それを見ていて、佳純も「決めました」と言ってそれぞれ試着室へ入った。
着ている服を脱ぎ、下着姿になる。
それを鏡で見てみると、体系は姫奈と雲梯の差だった。
それでも淡い期待を抱く。
わたしも…このワンピ着ればあんなふうになれるかな…
ワンピースを着て、髪を手で整えてから鏡を見る。
そこにはませた女の子が映っていた。
やはり姫奈のように着こなせてもいないし、幼さも消えない。
ガッカリはしたが、すぐに別の喜びもこみあげてくる。
わたし、ロマンスドール着てる!
「着られた?」
姫奈が試着室の向こうから声をかけてきたので「は、はい」と慌てて返事をして
カーテンを開けた。
それを見て姫奈は「へー」とニコニコしながら言っていた。
すると着替え終わった佳純も試着室から出てきた。
肩がレースになっていて袖口にフリルの付いたリブトップスに
ドットの花柄のスカパンを着ていて、
大人っぽい佳純はそれなりにロマンスドールを着こなせている。
「佳純ちゃん似合ってる!」
「ホント?ありがとー!綾音ちゃんもかわいいよ」
この光景を見て姫奈がクスクス笑っていた。
「やっぱり…変ですか?」
「ううん、わたしの友達のことを思い出しちゃってね。その子、最初はロマンスドールの服を着るの嫌がったの。でもわたしが無理やり着させてたらそのうちどんどん好きになっていって、気が付いたらロマンスドールの大ファンになってたの。新作の服を着たときなんて今の2人みたいにはしゃいでたなぁって思ってね」
姫奈の顔はとても微笑ましいような表情だった。
その友達はとても大事な人なんだなというのが表情だけで伝わってくる。
「あ、ごめんね、関係ない話しちゃって。それよりよかったら写真撮ろうか?」
「いいんですか??」
「うん、まだお客さんいないしね」
2人はお言葉に甘えてスマホで写真を撮ってもらった。
一緒に撮ったもの、1人ずつ撮ったもの、何パターンか撮ってくれた。
「こんなもんかな」
姫奈が終えようとしたので、綾音はもう一つだけお願いをした。
「あの…わたしと一緒に撮ってくれませんか?」
「わたしと?別にいいけど…あ、双子コーデだもんね」
そういって姫奈は笑っていた。
そして姫奈とも写真を撮り、元の服に着替えた。
佳純はまだ試着室から出てきていない。
「綾音ちゃん、着てみてどうだった?」
「すごく…嬉しかったです!でも…わたしにはまだ早いかなって…」
「そうだね、綾音ちゃんにはちょっと早いかなって思った」
意外とハッキリ言われたので少しショックだった。
だが、姫奈はちゃんとフォローすることも忘れない。
「でも何年か経てば似合うようになるから安心して。だって綾音ちゃんまだ中学生だもん。逆に中学生でもロマンスドールが好きっていってくれて嬉しいよ」
「何年か経ったら…わたしも今宮さんみたいになれますか?」
「ん?わたしみたいに??」
綾音は姫奈に向かって本音を打ち明けることにした。
というより、打ち明けたいと思った。
「わたし…今宮さんみたいになりたいんです!背はわたしと同じくらいなのにスタイルもよくてかわいいのに大人っぽくて…すごく憧れたんです!だから同じワンピ着たら今宮さんみたいになれるかなって…」
これを聞いて姫奈はびっくりした顔をしたが、すぐに穏やかな顔に変わった。
「わたしなんかに憧れてくれてありがと。でもね、綾音ちゃんは綾音ちゃんらしく大人になればいいんだよ。そうすれば魅力的な素敵な女性になれるから」
諭すように言われ、姫奈の言葉が頭に響く。
わたしらしく…わたしらしいって何だろう?
綾音は自分自身がよくわからなかった。
というより、自分のことを深く考えたことがなかった。
そこへ佳純も戻ってきて、この話は終わってしまった。
「楽しかったです、ありがとうございました!」
2人そろって姫奈にお辞儀をする。
すると姫奈は照れたように笑っていた。
「そんなかしこまらないでよ。また遊びに来てね」
「いいんですか?」
「もちろん、最初に行ったけど見るのは自由だから。試着は…ほかのお客さんがいないときだけだけどね」
「やったー」と手を取り合って喜んでいると急に姫奈が真顔になって大きな声を出した。
「ただし!」
それを聞いてビクッとする。
「自分で買えるようになったら買いに来てね」
それだけ言うと笑顔になった。
綾音たちも驚いた顔からすぐ笑顔になり、「はい」と返事をした。
「いい?もう一度言うけど、自分で買えるようになってからだからね。お年玉もらったからとかで背伸びして買うんじゃなくて、ちゃんとアルバイトとか仕事とかして買えるようになってからだよ。ロマンスドール好きって言ってもらえるのは嬉しいけど自分の身丈に合った人が着るのが一番似合うと思うから」
姫奈はとても大人だった。
やはり綾音はそんな姫奈に憧れていた。
でも姫奈の言葉もちゃんと伝わっている。
憧れてるからといって、姫奈のようになるのではなく、
まずは自分らしくというのがどういうことなのかを探していこうと思った。
「姫奈」
突然呼ぶ声が聞こえたので振り返ってみると、
金髪に近い茶色のロングヘアーの女性が立っていた。
その女性は「ひな」と呼んだので、姫奈は「ひな」と読むんだと思った。
首からは「エルーラ 加藤杏」と書いたIDをぶら下げている。
エルーラはギャル系のブランドで綾音たちも雑誌に載っているので知ってはいるが、
これこそ似合わない服だと思っているので、そこまで詳しくはなかった。
「杏、どうしたの?」
「千尋のことで話があるからお昼一緒にって言ったじゃん」
「もうそんな時間?」
「そうだよ、まったく」
どうやら友達らしいが、杏という女性は姫奈とは系統が違う。
ちょっと不思議な感じもしたが、仲は良さそうだ。
とりあえずお昼に行くというので、これ以上ここにいたら迷惑だ。
今度こそ本当にお店を出よう。
「じゃあわたしたち行くので…」
「あ、うん。また来てね」
綾音は思い切って姫奈を名前で呼んでみた。
「はい、姫奈さん」
すると姫奈はニコッとして手を振ってくれた。
2人は笑顔で手を振ってお店を後にした。
「ずいぶんかわいいお客さんだね」
「でしょ、未来のお得意さま」
それを聞いて杏は笑った。
「それより千尋のことって何?」
「そうそう、千尋のために合コン開けないかなって思ってさ」
「合コン?」
「そこで彼氏を作っちゃえって作戦!詳しくはご飯食べながらね」
千尋に彼氏か、ちょっと面白そうだな。
姫奈はノリノリで杏とランチに向かった。
「ロマンスドールの服着れると思わなかった」
「これも姫奈さんのおかげだね」
綾音と佳純はお昼を食べながらずっとロマンスドールの話で盛り上がった。
そして、服を買うために和子からもらったお金で身丈に合う服を何着か買って
夕方に佳純との買い物を終えた。
「綾音ちゃん、今度はうちに遊びにおいでよ」
「いいの?」
「もちろん!綾音ちゃんと遊ぶの楽しいし」
「わたしも…佳純ちゃんと遊ぶの楽しい」
今日は最高の1日だ!
満足しながら綾音は電車に乗って家に向かった。




