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***蝶々の粒子***  作者: 音羽
新世界の標的
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ブラックフォード嬢は冷たい被写体



 家政婦の昌枝さんと協力して早朝から大量のお弁当を作ったために、

少し眠たいままの眼をこすりながら、私は珍しく電車に乗っていた。


昨夜はお父さんがゴルフ用品を取引先の人と見に行く用事があるからついでに車で送っていくと申し出てくれたけど、

そういうのが友達との差異を招くと判断して断った。

「みんな電車なのよ」と言うと、スイカという万能カードを作ってくれたので、

苦手な券売機をクリアできたのは助かっている。


それにしても、お弁当やその他色々用意したカートが重くてなかなか思ったように上手く進めない。

この辺りは観光客が多いせいで日曜日でもなかなかの人出らしかった。


初めて降り立つ乗換の駅のホームで四苦八苦していると、誰かが手を差し伸べてくれる。

肩をビクつかせる私の前に進み出て、笑顔を見せてくれたのはキコだった。


「おはようございます、家出並みの容量ですが…大丈夫です?」


「おはよう。ってアレ?キコ?」


以前彼女のお家に遊びに行ったときは確か、この鉄道会社の電車には乗らなかったように記憶している。

私が疑問を口にするより先に、キコは答えてくれた。


「夜ちゃんを待ってたんですよ。絶対に迷うと思っていました。」


「えー!迷ってないよー!

…でも、こんな状態だから来てもらえて良かった―…。」


ありがとね、と自分の情けなさに困りながら礼を述べると、キコはいつもの様に当然という顔をして

「良いですよ。」と言ってくれた。



 初めて会った人は、皆キコの美貌をまじまじと眺めてしまうのを避けられない。

毎日通う学校内だとその現象は多少緩和されて、私も慣れてきたところだけど

今日みたいに初対面が沢山いる混雑した場所では改めて、射るような他人の視線を多く感じた。

キコの横を通り過ぎる人が誰しも、スタイル抜群で金髪の、涼しい顔をしながら颯爽と歩く美女に足を止めて見惚れてしまうせいで、

後ろから来た人に追突される、という軽めの事故が何回か巻き起こったほど。


キコは何食わぬ顔で、そういう目をやり過ごして私のカートを守り誘導してくれる。

中には軽々しく声をかけてくるような男の人もいたけれど、日本語が解らないふりをして追っ払う姿はプロ並みだった。


「キコ、凄いね。今のって…ロシア語?」

ペラペラと私の知らない、耳馴染みのない言語を喋り出して相手が戸惑い逃げて行く姿を涼しい目で追うキコに私が尋ねると


「最近は、英語喋れる人増えていますからねー、今のは私が独自に開発したワケワカメ語です」と得意げに言われた。





 写真部がこの日の撮影の為に借り切った場所は、繁華街から少し奥まった裏通りに建っている小さな劇場だった。

入口にはいかにもな飾り文字で"キャバレー ジュリエット"のネオン管付き看板が掲げられてはいるが、所々電球が取れて完全には点灯しないことが昼間なのに想像できるくらいボロボロ。


だけど外観からは全く想像できないほど内装は絢爛豪華という言葉がぴったりで、

きちんと手入れされているのが伺える。

きらびやかなクリスタルがいくつも輝く大きなシャンデリアが等間隔に並び、ビロードの緋色が敷き詰められた其の様は、まるで昭和レトロなモノクロ映画に出てくる不思議な魅力を放つ世界がそのまま飛び出してきたかのようだった。


「すごーいっ!!」遅れてやってくるなり、ステージ上をキャッキャと猿みたいに跳ね回って走り出す晴ちゃんを誰も止めることなく準備が開始される。

こういう昔の映画やドラマが大好きなキコも、少なからず感動した面持ちで目を輝かせていた。


「じゃあ、ブラッドフォードさんは、この衣装に着替えて。」


部員の一人が黒いドレスを手渡してくれて、私たち二人は劇場のスタッフに案内されるまま裏手の楽屋に入って行く。

化粧台に丸い電球が取り付けられた女優用のミラーがズラリと並んでいるのも、やっぱり映画で見た"女優の控室"の光景そのままで、感動していると、慌てた部長がノックして部屋に入ってきた。


「以前から言ってあるけど、ここは夜から通常営業だから。

ちょっと早めに準備してくれると助かります、よろしく。」


「はい」


私とキコは揃って返事をする。


部長と、真昼さんとの関係を気にするせいでまだ心に靄を抱えていたけど、

ちゃんと撮影に協力しようと気持ちを切り替えた。


部長の知人だというヘアメイクさんにキコがお化粧してもらって益々神々しさを放っていくのをボンヤリと眺めつつ、

自分がこんなに綺麗だったら真昼さんも今の私に対する見方を変えてくれるのだろうか、

とまたどうしようもない邪な考えを過らせていると


「見た―!?すっごい豪華なトコだねえ!!!」


古い建物故に建付けの悪い扉を爆音を立てて開け、晴ちゃんが飛び込んできた。


「うわー!!!キコが絶世の美女みたいになってるねー。レンピッカの絵みたい!楽しみー!!」


「……人身売買の言い出しっぺのクセに、罪悪感とかないんですかぁ?」


手をグーにして怒りの表情を見せるキコに、晴ちゃんはサラリと言い返す。


「ごめーんねっ。でも、いい人助けにはなったんだし!!」



その通り、運動部CD-ROMに関しては私たちの監修が入り

野球部メンバー全員のカッチョイイ感じのショットが収められ

(Photoshopという便利道具による多少の修正入)、

何故か監督のダンディな渋めのオフショットも盛り込まれることになり、皆様に満足して頂ける結果となった。



「それに、非帰宅部の芸術活動として超良い機会だよー、こんな経験滅多に出来ないからね!」


晴ちゃんは腰に手を当てて踏ん反り返った。


「……はぁ。」


キコは溜息を吐く。




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