葛藤の監督
「アイツらって?」
私が振り返って首を傾げると、監督は親指でグラウンドの向こう側にたむろする集団を背中越しに示した。
固まっているのに皆無言でレンズを覗き込み、様々に蠢きながらシャッターを切る写真部の男子たちだ。
練習中の野球部メンバーも、話しかけたりはしないまでも意識しているのが何となくわかる。
「あれは……普通に写真部じゃないの?」
「普通の、取材なら良いんだけどな。
ちょっと度が過ぎるというか、見当違いの奴らばっか撮りやがって迷惑してる。」
「ああ。」
この学校に通う生徒なら、誰でも思い当たる。
最近発表された写真部監修の"校内・美男美女発掘"という小冊子が発行されてから、
皆が以前とは少し違った目で他人を見るようになってしまった。
文化祭には封入されたアンケートに基づく"キングとクイーンを発表する特別版"が出ると予告されていて
便乗して文化祭実行委員がコンテストも開くという噂が生徒の間で持ち切りだ。
「アイツら、見た目が良い奴ばっか撮影しやがって、エースやキャプテンには目もくれねーんだわ。」
「でしょうね。需要と供給のバランスが、監督の意図と違えてしまったという訳ですか。」
――でしょうね!?
キコが酷なことをサラリと言い放つ。
「あ?まあ、ソレな、ソレだよ。
俺としては選手の士気が上がると思って許可出したもののよ、
こんなんじゃ逆に下がるんじゃねーかと不安なんだよ。」
「野球とは関係ない方向に努力しちゃったら厄介だよねー。
もうすぐ練習試合だっけ?」
晴ちゃんが不安を煽るようなことを平気で口にし、監督の顔色がますます悪くなる。
「だ、だから追い払えっていうことですね?」
私は普段なら強面でブイブイ言わせている監督が
『注文の多い料理店』に出てくる猟師みたいな真っ白フェイスになっていくのがあまりに可哀想で口をはさんだ。
「そう、そうだ。
一度取材を認めた手前、今更断るなんざ逆に印象が悪くなりそうでなあ。」
監督は帽子を脱いで頭を掻きむしり、本当にどうしようか悩んでいるようだった。
私たち三人は顔を見合わせ、小さく輪になる。
即席屋外部内会議開始。
「監督を助けるとかって、僕ら超お手柄!!」
「まだですけど。確かに、これは今後何かに利用できる手段になりそうですね。」
「2人とも、動機が不純じゃない?目的忘れてないよね…」
「……これ成功すれば、もう役立たずの汚名返上だよ!
卒業文集にこの事書こう!!」
「晴さん犯罪者になりそうだから、くれぐれも文中に私たちの名前出さないでくださいよ」
「……YとKね。細かいなあ!」
「じゃあ、決定で良い?」
私が確認すると、2人は一緒に頷く。
こういうのを纏めて、上の人間に承諾をとったり、やり取りするのは自然と私の役目になっている。
「やります。」
告げると、安心したように溜息をついて監督は言った。
「おお!頼むな!!試合で勝ったら美味いもん食わせてやる!!!」
「ハイハイ、学食のクリーミーオムライスでいいよー」
晴ちゃんは昨日決定した、学食で一番美味しい選手を指名した。