星の裏表
彼女の家で飼っている白い猫は今どうしているのだろうか。
陽気な昼の日差しにまどろんで、ご主人様に似た欠伸を繰り返しているに違いない。
「……って、まーたヨルはぼんやりして!!」
突然、目の前でひらひら掌が揺らされて、意識が空想の世界から呼び戻された。
私の顔は自然に笑いを形作る。
――また、あの人について考えてしまっていた。
「聞いてた?
聞いてないよね。っもー、すっごく大事な話してたのに。」
晴ちゃんが、あからさまに怒った顔をしてそっぽを向いた。
漫画だとこんな時、『プン!プン!』とかいう文字が頭の横に書き込まれるにピッタリなリアクション。
こんなわざとらしい、控えめに言えば子供っぽい反応をする高校生は珍しく、
だからオトモダチが私たち以外にいないんだよ…と心の中で呟いた。
「も一回言うけど、
こんな僕でも何か、役に立てることがあるとおもうんだよね」
晴ちゃんは今度はゆっくり、少し大きな声で私の眼を見ながら聞いてるのを確認して話してくれる。
どうやら担任か親に、何か小言を言われてしまったようだった。
「まず"僕でも"ッつー物言いがどうかと。
そうやって卑下するのって、役立たずの典型的思考じゃないですか。」
未成年なのに長い喫煙時期を物語るスムーズさで愛飲している煙草を可愛いウサギ型のポーチから取り出し、吸い始める晴ちゃんに向かって、
普段から毒舌ブっこいてるキコの容赦ないアタックが放たれる。
「まあまあ。晴ちゃんはさあ、成績は良いんだから
…いい大学にも入れるだろうし、これから絶対大物になると思うよ。
あんまり気にしないで。」
私は話を無視していた埋め合わせをするべくフォローした。
勿論、言っていることは嘘ではない。
「大学デビュー、ですね。
落ち着いて冷戦沈着になる晴さんなら、見てみたいです。」
「大学デビュー!?カッコイイそれ!
あー、でも、バンドやアイドルにも下積み時代ってのがあるし、いきなりは無理かな!?
……そうだ!
そうだ、今日は人助けにしよっか!?」
ビックリマークをやたら語尾に連打するジャンプ漫画の主人公みたいに元気に叫んだ晴ちゃんの一言で、
今日の部活動の内容が決まった。
わたしたちは、所属する"非帰宅クラブ"の部室に集まって一緒にお弁当を食べるのが暗黙のルールになっていて
大体その場で"本日の部活動内容"を決める。
この部は晴ちゃん発足の学校非公認部活で、内容は自由
――といっても放課後の帰宅は不可。
ヒキタク部、だからと言って
"引きこもりのオタク部"と誤解されては困る。
個別行動も不可。
必ず部員全員で何か特定のことをするという決まりがあって、今まで数多くの活動をしてきた。
そして本日は人助け、ということになる。
(部長の命令は絶対!)
「あ、それでは人命救助、します?
私最近保険の授業で習ったんです。
……晴さん、じゃあパンチ食らわしますので鼻血吹いて卒倒してください。」
キコが"、"いいこと思い浮かんだ☆"と目を輝かせて手を打ち、拳を構える。
「えー!!僕じゃないし!っていうか、部活は放課後だもん」
晴ちゃんはギョッとして後ずさった。
私は……晴ちゃんが倒れるかはともかく、人命救助なら、ちょっといいかも、とか考えてしまう。
なぜなら、あの人に会うことが出来るかもしれないから。
今日は会議とかあったっけ?
保健室のデスクに立てかけられたカレンダー、
そこに書き込まれている几帳面な赤い字を記憶から引っ張り出す。
「あ、大丈夫だ。」
思わず漏れ出てしまった声は、まだ続いている2人の喧騒に搔き消えた。