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らっしゅおぶへぶん

作者: 間津紅華

1


それは、ひゅうっと、落下してきた。

遥か、空の彼方から、真っ直ぐ地面に向かって。

隕石ではない。

さっきまでずぅーっと浮いていたから。

それは白い、球。

真っ白な、球。


とある町の公園。

緑色だったジャングルジムはペンキが剥がれて檻のような体裁をなしている。

錆び付いた滑り台は3ヶ月後に撤去されるそうだ。

昨日までブランコがあった、なんにもない砂地にあたしは立っていた。

「ブランコ、なくなっちゃったね。」

隣にいた悠子がぽつり。

うん、と力なさげに返す。

学校が終わるとあたしは悠子といつもこの公園のブランコに座る。近頃の小さい子供はゲームや塾に忙しいらしく、誰もこの公園には来ない。

貸し切り状態の公園にて、二人で話すことは色々。

好きなアイドル、嫌いな芸人、気になった人、コクられたけどフッてやった奴のこと、あの歌手のライブ、あの子の悪口。


悪口って、いけない事。


わかっているけど、どうしてだろう。

悪口を言ってる時が一番楽しい。

お互いがいきいきしてる。

「今日さぁー、あの子のビンボーゆすりヤバかったんだけど。」

「あたし見たことあるー。隣に来てほしくないよね。」

「だよねー。」

あんまり共感していなくてもつい言っちゃう「だよねー」はお互いの信頼を固くしてくれる。

「ビンボーゆすりってなんでやるんだろ?あれ見ててカユくない?」

「祐希、言いながらやってるから。」

「あ。」


あはははは。


女子高生二人分の笑い声が住宅街に響く。

通りすがりのオバサンが訝しげに見てくる。


こっち見んな。


「あーゆーのなんかヤダ。」

「わかるー。社会から外れたヤツって顔してたじゃん。」

「キモー。」

いつもならすわって話すから時間が経つと立ち話に疲れ始める。気がつくともう街灯が付いていた。

「もうこんな時間。」

「今日終わるの早いね。」

「それ昨日も言ってたー。」


あはははは。


もう帰らなきゃ、って感情が姿を見せる。

「祐希ー。」

もう帰ろ、そう言おうとした時、悠子が呼ぶ。なんかさっきより表情が暗い。

「何ー?」

そうは思いながらも普通に返事してしまう。

「あたし、祐希に隠してた事があるんだ。」

「え。」

「実は、見ちゃったんだ。あれ。」

どきり、と心臓が大きくへこむ感じがする。

「見ちゃったんだ…。」


悠子には、彼氏がいた。おんなじ中学の勇也君。勉強もできて、スポーツも万能でそこそこイケメンの人気者だ。

でも、悠子は付き合って2ヶ月で別れた。

好きな人が出来た、突然そう言われてフラれたらしい。

あたしは一生懸命悠子を励ました。

あんなの将来たいした男にならないよ。

才能に溺れてヘタレになるんだよ。

こっちから願い下げだっつーの。

色んな言葉をかけた。半分悪口だけど。

そうして、悠子が立ち直ったころ、昨日のこと。勇也は私に目をつけたのだ。

「放課後、ちょっと屋上来て。」

なんともまあセオリー通りの台詞を吐いた彼は放課後、屋上にて一言。

「付き合ってくれ。」

思いっきりひっぱたいてやった。浮わついてふざけたヤツの弛んだ頬を。

「ふざけないで。あたしと付き合うために悠子をフッたの?」

「そう、だけど。」

飄々と透かしてる感じがまた腹立つ。

「悠子、すっごく悲しんでたんだよ?泣きすぎて目の下赤くなってるし、最近痩せてきてる。よくあんな振り方できたね。あたしがいなかったら死んでたかもしれないのに。」

「大袈裟な。」

もう一度ひっぱたく。

なのに、嫌そうな顔ひとつしない。

「好きな人が出来たから別れるって…、それでその相手があたしって…、なんで?…これから悠子にどんな顔して会えばいいの…」

もういっぱいだった。悔しかったけど泣いた。

誰が付き合うか!死ね、そう言ってやるつもりだった。あいつが抱きついて来るまでは。

「ごめん、そんなに苦しんでるとは思わなかった。悠子にも謝るよ。」

彼の腕の力が強くなる。

「でも、今はお前が好きなんだ。祐希。」

弱かった。あの時の私は、感情も顔もぐしゃぐしゃだった。

あいつのせいで気持ちを乱された。

でも、楽にしてくれたのもあいつだった。

そこに漬け込まれた。

「うん。」

それからの動作はあの流れに。

愛しあった二人がやること。


接吻。


悠子はそれを見てしまっていたのだ。

ごめん、と謝るけども、何も言わない。

沈黙。

しばらくして悠子が口を開く。

「絶交。」

そういって言ってしまった。


終わった。


学校に友達はいっぱいいる。だけど、本音をぶつけ合えるのは悠子だけだった。

でも、もうダメだ。あの子とはもう話せない。その帰り道、あたしは泣いて帰った。




2


もう二週間も口を聞いてない。

目があっても知らんぷり。

お互いに知っているのに他人のようなそぶりをするのってすっごい疲れる。

「祐希さー、悠子と何かあったの?」

色んな人が訊いてくる。クラスメートの色んな人が。


知ってるくせに。


放課後一緒なのは悠子、じゃなくて勇也。

勢いで引っ付いたものの、正直もう別れたい。話題の内容は大半が自慢話。

いわゆる見かけ倒しってやつだ。

でも、何故か別れ話を切り出せない。複雑な感情は糸屑のように絡み合って整然としない。


気さくに話しかけてくるあんたには悪いけど、面白くないから、その話。


という気持ちとは裏腹にすっごく楽しそうな顔をして、雰囲気だけは壊さないようにする。


そんな日常が続いたある日のこと。

嫌なことって起こるもんなんだね。

廊下の突き当たりを曲がったとこ。

下り階段の踊り場は放課後になるとアナバになる。

もやもやした気持ちを打ち消そうと、そんなところにフラり。

なにやら話し声が聞こえる。

これは…。

「ったく、バカだよなー。」

勇也の声だ。他の男子もいるけど知らない人だ。

「あの二重マブタがあっさりひっかかるんだもんな。」

「コツだよ、コツ。感情的になった女子はやさしくしたら、コロッといくんだよ。」

はははは、と悪意の笑い声。

「しっかし、前の奴もあれだなー。痩せたっつたから見てみたら、マジで腕がホネってたし。」

「ははっ、結構振ったわ。」

「あと、八人か…。」

「オレあと、五人だから。」

「くっそぉー。」

いくつか隠語で話してたけどあたしにはそれが何の意味なのかわかった。

「二重マブタ」はあたし、「前の奴」はたぶん悠子。


クズだ。


人の心を揺さぶって、飽きたら惜しみなく捨てるクズ男子。

どうせ、何日までに何人振れるか競争でもしいてたのだろう。あたしと悠子はその道具だった。

モノ。

こっちが傷ついたって構いやしない。

だってモノ、だから。

どうせ別れるつもりだったし、そうおもってやり過ごそうとしたけど、かなり響いていた。

けっこう傷が深い。

あたしは気付かれないようにそこから離れてから、走った。

何にも考えずに走った。

必死に涙をこらえて、周りの目なんか気にしない。


きゃっ。


悲鳴と衝撃はほぼ同時に起こって、だーん、と地面に叩きつけられる二人。

痛い、でもそれより悲しい。

こらえていた目頭が急に熱くなる。

泣いた。

みーんな見てたけど、泣いた。

みっともないあたしの声。

動揺した周りの声。

頭の両サイドがきゅうっとなるあの感覚。

それだけしか認識できなかった。

どうにでもなってしまえ!あたし。

なげやりの気持ちが見えたとき、

「祐希?」

聞き覚えのある声。

けれども涙はその声の主を見せてくれない。

「どうしたの。」

温かい声。こんな声、出せるのは一人しかいない。

「ゆ…ゆぅーこぉー。」

情けない声。わかっていても出てしまう。

「まさか、勇也に…。」

涙が飛び散るのがわかりながらぐんぐん頷いた。

「ごめんね。」

涙を振り払って悠子をみた。

「つらかったよね。あたしも、辛くあたりすぎた。ほんとにごめんね。」

違うの、そう言おうとおもったけど言葉が出ない。

「いつも通りやってれば、勇也を失望させずに済んだかもしれなかったのに、あたし、意地張っちゃって…」

「ち…ちがう…の。」

「え。」

「あ…あれ…は…。」

嗚咽が邪魔。ちゃんと話せない。

「いったん落ち着こ、ここじゃヒト見てるから…。」

それから、あたしたちは、色んなひとの視線を浴びながら学校をでて、あの公園に行った。

そこでぜーんぶ話した。

勇也がつまらないって事。

実は、サイテーな遊びにあたしたちを使ってたこと。

すごくつらい日々だったこと。

悠子は全部しっかり聞いてくれた。

何一つ文句もなく。

一緒に泣いてくれた。

そんな様子をあのオバサンがまた見てる。


こっち見んな。


一通り話して、大分落ち着いた。

でももう辺りは真っ暗。でも帰りたくなかった。久しぶりの悠子とのおしゃべりだったから。

「ごめんね。ほんっとーに迷惑かけた。」

「いいよ、もう。というかあたしたち悪くないよ。悪いの勇也じゃん。」

「そうだ。悪いの勇也だ。」

「あいつ、ホントサイテー。」

「どうせまた、『好きなヒト出来たから。』とか、かっこつけて降るんだよ。」

「みんなにそう言ってるんだよ。きっと。」

「あと五人は被害にあうよ。」

「はぁー、もうヤダ。」

「みんなに言ったて信じてもらえないよね。みーんなイケメン勇也を擁護するよ。」

「…天罰。」

「え。」

「天罰が下ればいいのに。」

「天罰って、例えば?」

「雷にうたれるとか。」

「車にひかれるとか?」

「それは天罰じゃないよ。」

「どうして。」

「天罰は、天から来なきゃ意味ないじゃん。」

「じゃあ、隕石がおちてくるとか。」

「そう!人工衛星でもミサイルでもいい。」

「カミナリとかね。」

「それさっきあたしが言った。」


あはははは。


「神様!どうか勇也に天罰を!」

「天罰を下してください!」

両手を組み、膝まずいて天に願う。

「てか悠子、神様とか信じんの。」

「いたら、いいなって話。そこまで本気じゃないし。って、あ、もう9時だ。」

「ホントだ。」

「じゃあね祐希、また明日。」

「じゃあねー。これで友情復活?」

「復活!」


あはは。


あたしたちはその日、すっきりして帰った。何日ぶりだろうこんな気持ちになったの。すっごくいい帰り道だった。あとで親にこっぴどく叱られたが。




3



翌日、それは起こった。

衝撃的で意味わかんない事件。

変だったのは朝からだった。

母さんがやけにうるさくて、その声であたしは起きた。

「祐希!窓、マド!」

寝ぼけなまこで窓を見た。

「…あれ、なに。」

真っ青な空になにやら白いモノが一つ、浮いていた。

「さっきお隣さんから連絡があって、『変なのが浮いてる』って。」

「企業の広告とかじゃないの?ほら、たまーにやるじゃん気球使って。」

「そうなのかしら。」

とりあえずいってきます、といって外にでるとみんなアレを見ていた。

外にいる全員が首を上げて歩いていてまるでゾンビ映画の世界。

学校についてもみんなアレを見ていた。

唯一人を除いて。

校門前で待っていた勇也はニヤッと気味の悪い笑みを浮かべてやって来た。

「あれ、なんだろうな。」

「さあ。」

「それよりも、話、あんだけど。」

来た、あたしを降る気だ。こんな朝っぱらから。

目も合わせたくない、そうおもったあたしはアレを見ることにした。あれ、この位置って…。

「そうやって俺を見ずにあんな下らないもんみてさぁ。一緒にいてつまらないの?」

うん、てっぱんの別れ話フレーズにそう返しながらアレの位置をもう一度確認。

やっぱりそうだ。


それは、ひゅうっと、落下してきた。

遥か、空の彼方から真っ直ぐ地面に向かって。いや正確には、こいつの頭に向かって。

隕石ではない。

さっきまでずぅーっと浮いていたから。

それは白い、球。

真っ白な、球。


鈍い音がして勇也は倒れた。

真っ赤な血に汚れたそれは、意外と小さかった。ハンドボールくらいの大きさ。

しばらくするとそれは消えていった。雪が溶けるようにゆっくりじわじわと。

勇也を見るとその目は焦点があってない。

頭から流れる血は校門のアスファルトに染み込んでゆく。

死んだ。あたしの目の前で。


天罰。


昨日、悠子が言っていた言葉を思い出した。

これは、天罰…?


その日の帰り道、悠子が言った。

「天罰下ったね。」

「え。」

「今朝のアレだよー。」

「…うん。」

「どうしたの?」

「なんか、実際ヒトが死ぬと、罪悪感みたいなのが…」

「別に祐希に罪はないよ。」

「でも…。」

「いい?勇也はあたしたちを弄んだだよ?その上、他の子もその被害者になりかけたし。悪いのは勇也。その罰は天が決めて、下したんだよ。」

「アレ、天罰なんだ。」

「そうだよ。だって天から堕ちたんだから。」


あはははは。


「ざまあみろ、勇也。」

「そうだ、天罰なんだ。ざまあみろ。」


あはははは。


あはははは。


あははははははは。


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