第1話・ピカピカの2年生
俺は栃香郵斗。鯖島市立ブロードタケフジインタレスティングギャシュヴァリンゴル鯖島高校2年、16歳だ。今年17歳になる。
今は桜舞う4月。うちの学校の校門の脇に植えてある桜の樹も花満開だ。校門をくぐる度にその存在を再認識する。それほど、存在感を放ち、華麗としか言い様がない。
「おーい、栃香ー」
校門の前で桜に見とれていると後ろから俺を呼ぶ声がした。振り向くと、そこには中学からの大親友がいた。
「おう、桜山」
こいつは桜山勝大である。すごく気の効く良い奴で、俺とうまが合う。中学の頃から仲が良い。
「どした栃香、朝っぱらから校門の前でボーッとして。桜にでも見入ってたか?そんなキャラじゃねえだろ」
「うるせえよ」
俺は苦笑いしながら言い返す。
「そういや栃香、今年はクラス替えだろ」
「ああ。やっぱりお前と那智と佐山とは又一緒になりてえな」
「俺もだ」
那智とは1年の時のクラスメイトで友人の那智勝浦長佐武郎のこと。名前が極端に長いが身長が極端に低く、その事を気にしている。長いのでみんなから『那智』と呼ばれている。
もう1人、佐山繁である。地味な奴だが、なかなか良い奴だ。少し偏屈だが。
2人で校門をくぐり2年の教室に向かう。
「今年は2年って担任誰?」
「確か、山室と岸田と釈迦と地蔵と廣瀬と根木らしいぞ」
「ええっ、ネギマと岸田は嫌だな」
「俺もだよ」
根木とは、化学担当の根木正司と言う教師である。根木正司を略して、ネギマと呼ばれている。堅っ苦しくて、偏屈。いつもしかめっ面をし、こちらの方が『地蔵』っぽい(地蔵はすぐ後に記す)。体育館などで式をやってたりするといつも中なり外なりを見回っていて、サボってる生徒を見つけ次第体育館の中に連行する。俺もやられた。生活指導補佐でもあり、小言が無茶苦茶長い。独身かと思いきや意外にも結婚しており、しかも相手は美人。愛妻家らしい。
山室は、数学の山室篤。2、3回会ったことがあるが、なかなかの熱血漢だったはずだ。熱血漢故になかなか口煩いと噂で聞いた。よくは知らないが。
岸田は、国語の岸田茉莉。低身長、童顔、貧乳、アニメ声に天然と、そういう奴が好きな奴にとっては堪らない奴である。しかし、授業は恐ろしくつまらない。ひたすらノートを書き写しと教科書の説明である。しかも機嫌の悪い時は愚痴を延々と聞かされ、もう堪らない。1年の頃は我がクラスの国語は岸田が受け持ったが、いつも10分もたたずに睡魔に襲われ、夢と現の境界線をさ迷うことになる。
しかしこの岸田、いつもは天然の少女みたいなやつなのだが、授業中になるととてつもなく怖くなり、寝ようものなら岸田の左手にある竹刀が凄まじい速度で脳天に直撃する。8割医務室送り(剣道4段らしい。もっとも、それだけとは限らんが)なので、気を付けなければならない。しかも寝ていなくても私語が多いと殴り、ノートをとってないと殴りと、体罰だらけ暴力だらけの地獄絵図と化す。愚痴を聞かなくても殴られる始末だ。1回なんか散々喋り倒した後岸田に怒られ、岸田に真正面から『チビ』だの『石狩平野(胸)』だの『ガキ』だの散々罵り、岸田の逆鱗に触れ(胸は相当気にしていたらしい)、病院送りにされた無謀なる輩がいた。そいつは骨折で3ヶ月学校を休んだ。ちなみに2年生活指導らしい。
釈迦等。歴史。あだ名は『御釈迦様』。2、3回授業を受けたことがあるが、普通だった。眼鏡を掛けた中肉中背の中年教師で、あまり特徴が無い。顔は微妙。はっきり言って地味。
廣瀬浩美。体育。会ったことが無いのであまり知らないが、桜山曰く『美人』らしい。
地蔵は、地蔵和治。寡黙であまり怒らないから名前と掛け合わせてこう呼ばれる。堅物だと思ってたのだが、話してみると意外と柔軟な頭の持ち主で、結構ユーモアがありそれでいて日本語もきちんとしている。この前、『生徒がきちんとした人生を送れるように必要最低限の事と『考える力』と言うものを教えて花道を用意するのが私の中の教師の定義で、それ以上の事をしては、つまり出しゃばってはいけない。教師はあくまで生徒あってこそで、生徒の存在を第一に考えなければならない。教師も人間だから、耐えられないこともあるが、それを生徒に感情的に当たるのは私の教師の定義に反するものであり、職務放棄だ。学校の中ではあくまで教師でなくてはならない。暴力を振るったり、立場が上と言うことを盾に取りこき使ったりするなどもっての他、言語道断だ。教師は生徒を立派な社会人に仕立てるのが仕事であって、そんなことをしてグレたら教師として務まらん。詐欺や空き巣と同じだ』と教師について語っていた。それを聞いて俺は感動し、岸田に聞かせたいと思った。地蔵の定義から言うと岸田は職務放棄だそうだが、全くもってその
通りだと思う。担当教科は英語。英語と言うより国語って感じだ。岸田と替わってくれ。
とにかく根木と岸田は嫌なのだ。根木は堅物で融通が聞かなくて恨みもあるし、小言が長い。岸田は怖いし痛いしで1番関わりたくない。さしあたり地蔵が良い。
「でさ〜その行動がさ〜って聞いてるか?」
「あ、え、え?何が?」
「なんだよ、聞いてねえのかよ。せっかく廣瀬先生の事あんまり知らないお前に廣瀬先生の魅力を教えてやってたのによー」
「いや、別に教えんでも良い。てかお前は廣瀬先生が良いのか?俺は地蔵の方が良いんだが」
「何で地蔵だよ、廣瀬先生の方が断然良いだろ。て、もう着いたし」
気付いたら2年生の教室の前の廊下。壁(窓ガラス)には一面クラス分けの表が貼られてある。廊下中が人で埋まっている。桜山と2人で頑張って表全体を見れる位置に移動し、自分の名前を探す。
「えーと、と、と、と・・・・・・あ、あった。4組か。お、辻がいる」
辻とは1年の時にクラスメイトになり、そこそこ仲良くなった津仁の事だ。『津』が苗字で『仁』が名前だ。短すぎて呼びにくいので『ん』を取って『つじ』と呼んでいる。でもたまに廊下で大声で呼ぶと隣のクラスの『辻』が反応するので『辻』のいるところではなるべく『津』と呼ぶことにしている。
「あっ、4組だ。佐山いるじゃん」
桜山も見付けたらしい。
「お、桜山、お前も4組か」
「てことは、お前もか」
「おう。よろしくな」
「こちらこそ!」
お互い人混みの中で握手を交わす。
「「で、担任は?」」
1年の時は担任の名前は1番下に書かれていた。今年も多分下だろう。
「よっしゃあ、廣瀬先生だ!」
「マジ!?」
桜山はもう見付けたらしい。桜山は紙を指指して嬉々と言う。指が指している先を辿ってみると、確かに『担任 廣瀬浩美』の文字が。だがしかし。
「おい桜山。それ3組だぞ」
「へっ!?」
廣瀬の名前は3組の所に書かれていたのだった。
「なんだよ〜喜んだ俺が馬鹿みたいじゃねえかよ〜」
いや、馬鹿なんじゃないか?お前頭悪いし。
「じゃあ4組誰なんだよ?」
桜山が視線を紙に戻す。俺も紙に目をやる。
『2年4組 名簿』
その文字の下には。
『1番 相川 寛之』
そのずっと下には。
『42番 渡辺 真太郎』
そしてその下には。
『担任 岸田茉莉』
2人が同時にその文字を見る。
2人同時に硬直した。