雨霰からのどかに
雨宿りをしていた。
雨は好きだった。ざーざー。この音が好きだった。
雨嵐 時雨は軒下で、雨宿りをしていた。
ざーざー降る雨のカーテンから、こちらの軒下に移る人影が見えた。
緑色のパーカーをきた、二十代くらいの女性だとわかった。
そういえば、近辺で雨宿りできるところは、かなり限られる。この暴雨では傘もやくにたたないのだろうな。だから、ひとまずここで荒天がおさまるのを待っているのだろう、と推測した。
私は日常生活のほとんどを右脳ですませている。そのせいか、瞬発的に言語を左脳で整理し理解する能力がいちじるしく低い。なので、一緒に雨宿りしている彼女の、唐突な声に、言語解釈機能が作動するのに、数秒、タイムロスした。
「晴天だと思っていたのに、残念でした。こんな暴雨になるなんて…。あのお天気ねえさんのいうことが、次から信じられなくなりそうですよ」
ん。私に言ったのだろうか。
よくわからない。
黒目の視線だけ、横にずらした。すると、パーカーの彼女についてあることがわかった。
彼女も私と同じように、黒目だけをこちらに、寄せていたのだ。視線が交差した。気まずいのですぐに黒目は中央にもどした。
やはり、さっきのは私に対する言葉のなげかけだったようだ。どんな内容だったか、覚えていない。右脳人間で、他人との会話を極力さけてきた私にとって話し言葉は非常に難しい。相手がなげかけてきた言葉に対して、期待にそえる発言をしなければ、と身構えて口ごもり、失望されてしまう恐怖が怖いのだ。
先ほどの言語内容が思い出せない。
否。思い出せたとしても、どう返答したらよいかわからないまま、右往左往するだけだろう。そのぐらい、私は私の思考パターンを推測することが安易だった。
「…。すみません」
なぜだか、謝った。
ざーざー。滝のように激しく地面をたたきつける。
彼女はたたまれた黄色い傘のJ字状の手元を片手で握っている。黄色は苦手な色だった。とくに暗い自分を浮きぼりにさせる黄色い光は私の天敵だ。あまり、関わりをもちたくない原色。できれば紺色の傘にしてほしかった。別に頑なに黄色を否定するほど、私はひねくれていない。だれがなに色を好きだろうが、それはそれでいいのだ。
「あの、傘、もってないんですか? それなら私の傘、使いますか?」
ざーざーふるどしゃ降りの中。彼女はなにかを言った。けれど私には聞こえなかった。アスファルトに打ち付ける雨音だけが聴こえた。空は真っ暗でそんな中でふる雨がなんだか少しだけ悲しさを表現したみたいだなあ、と思った。
「明日なんかこなければいいのに」
私はいったいなぜそんなことを口にだしたのだろう。明日仕事があるのが嫌だったからなのか。それともなんだろう。わからない。
聞かれてはいないだろうが少しだけ気恥ずかしくなりこの場を離れようと思った。向かい側の軒下に移動しよう。少々濡れてしまうのしかたがあるまい。雨がうちつけるアスファルトの領域に足を踏み出そうとした。
「ダメです!」
「濡れちゃいます!」
「ちょっと待ってください!」
そんな呼び止めるような声がしたあと。背後からこちらにかけてくるこぎみよい足音がきこえた。タッタッタと。
上空がひかってるようにみえた。でもそれは勘違いだった。頭上に黄色い傘がさされていただけだった。J状の手元を挟んだ向かい側に緑色のパーカーを着た彼女がいた。
「あのう。今にも倒れそうな酷い顔をしてますよ? 傘なら二人ではいれますから雨なんかに絶望しちゃダメですよ?」
…。空を見上げたらやっぱり黄色い傘が邪魔をしてよく見えなかった。でも、ひとりで夜空を見上げてこみ上げるあのせつない気持ちはやわらいだ気がした。
「障害があるんだと思うんです。まわり人達みたいにうまく意思の疎通ができなかったり。嫌なことを内に溜めて溜めていっぱいになって。だからいっそこの酷い雨を傘をささずに全身にあびたら気持ちいだろうなって」
お礼を言うべきだったのかもしれない。けどそんなことをしたって、私の場合、わざとらしい建前のような堅苦しいものになる。笑顔というものがどうも苦手なんだ。
「おもしろい人ですね。いきなりどうしたんですか?」
「あ、あ、ありがとう、ございました」
「ああっ。いえ! どうもいたしまして!」
ニコっとしている。その笑顔が嫌いだった。でも私はその笑みに対して『ありがとうございました』といったのだった。矛盾だ。この嫌いな黄色の傘が空を覆っているのにありがとう、だなんて。
ざーざー。頭上を雨がノックした。
名前を聞こうと思った。こういうときなんて言葉を発したら良いのだろう。わからなかった。
「雨はちょっと苦手だから気持ちがよくわかるんです。もやっとしますよね。だから誰かがそっと傘をさしてあげないとダメなんですよね」
「はあ」
「晴晴 日晴っていうんです。あなたの名前は?」
私の名前はどんなだったかな。たしか彼女とは正反対の…
「見てください! 虹ですよ虹!」
空を見上げた。黄色い傘の内側に虹のイラストが描かれていた。
「ね! おもしろいでしょ?」
そんなどうでもよい話しをしながら歩いている。いったいどこを目指しているのかは不明だけど、傘の黄色い明かりはなんだか心をなごませた。それは傘だけの力ではないことを理解しながら。




