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Grand Hearts  作者: Diverくん
7/12

No,7

 元はといえばここには長月に買ってきたケーキを渡すために来たのだ。

 ハナは急いで長月にケーキの入った箱を手渡した。


 「ああ、済まない。来客のおかげで忘れていた」

 「ショートケーキ、買ってきました」

 「ありがとう。コーヒーも頼むよ」

 「はい」


 ニキータは既に自分の仕事を再開していた。

 先ほどの尤里について聞こうと思ったが、長月に聞くことにした。

 コーヒーを淹れつつハナは訪ねた。


 「あの、尤里さんってどういう人なんですか?」

 「彼女は元々、倒産した中国の研究所にいた。倒産後は行く宛もないと言っていたから呼び寄せたんだ」

 「そうなんですか」

 「だが研究者でありながら机仕事が苦手なようでね。今は制作の方に回っても

らっている。ほら、我々の設計したものを尤里が作るんだ」

 「全部ですか?」

 「流石にそれは無理だ。でもほとんどと言ってもいい」

 「随分……活発は方なんですね……」

 「乱暴者なんだ。戦車のような奴だからね」

 「乱暴者……」


 ハナは「工場長」という呼ばれ方からして、髭を生やした体格の良い中年男性の姿を想像していた。

 しかし実際は、あの様な粗暴な性格では勿体無い程の美女であった。

 プロポーションも申し分無い。

 それよりもハナが気になっていた事は、長月が彼女の事を「尤里」と呼んでいた事だった。

 ルイの事でさえ「如月君」と呼んでいる長月がここで唯一呼び捨てにする相手だ。

 ハナはまさかと思った。


 「あの……」

 「何だい?」

 「尤里さんと随分と親しいご様子ですけど……」

 「付き合いも長いからね。なぜそんな事を?まさかとは思うが、私と尤里が交際しているとかそういう不吉なことを考えているのかい?」 

 「ち、違うんですか」

 「冗談じゃない。あんなのが恋人だなんて、私の身が持たないよ」


 ハナの心配は杞憂に終わった。

  

 一週間後、尤里は約束通りバイクの調整を終えた。

 研究所のガレージに並ぶ完成品のバイクを、長月は満足気に眺めていた。


 「やはりやればできる子だ」

 「……何とでも言え……。アタシは帰って寝る……」

 「ご苦労だった。またよろしく」

 「いつか殺す」


 尤里が去った後の事である。

 劈く様な警報が鳴り響いた。

 余談ではあるが、シティ本部はシティ外にある特定の施設に、救難信号を送るための装置を設置する事を義務付けている。

 これはシティが外の住人の身の安全を気にかけているのか、それともシティ警察の面目を守るためなのか定かではない。

 そしてシティ本部は、救難信号を受けてシティ警察が到着するまでの間に、少しでも被害を抑えるという理由で、兵力を持っている企業には救難信号をキャッチする装置を備えておく事を義務付けた。

 長月研究所も例外ではない。

 今回の場合、研究所の警報が鳴ったということは、この場所が救助に行くには一番近いという事だ。

 一刻を争う問題に、長月は傭兵達に早急にガレージに招集をかけた。

 研究室からガレージにスピーカーを繋ぐと、ハナの声がガレージ内に響く。

  

 「救難信号の発信源を探知しました。場所はシティ外、西地区B。ここは……教会?」

 

 「教会」という単語にアインとツヴァイが反応する。

 

 「おい、教会って……」


 アンナがアイン達がいた方を見ると、そこには既に二人の姿と、二台のバイクが無かった。

 その直後に長月からの無線が入る。


 『済まない。急いで後を追ってくれ』

 「何が起こってるんだ?」

 『大規模な虐殺が行われるかもしれないんだ』

  

 シティ外の貧民が集うとある街。

 今は凄惨な破壊活動の行われ、何もかも壊された街である。

 建物が崩れる音、響く銃声、襲撃者の怒声、逃げ惑う住民の悲鳴。

 半壊した教会の中に、逃げ遅れた一人の少女がいた。

 少女は両腕に薄汚れたクマのぬいぐるみをしっかりと抱き抱えていた。

 零れおちてしまいそうなほどに大きい彼女の瞳は不安の色に染まっていた。

 少女は瓦礫で塞がれた部屋の中に閉じ込められていた。

 時計を見やると、針はちょうど十一時で止まっている。

 突然の襲撃があったのも、確かこの時間である。

 どれくらい経ったのだろう、十分か、それとも一時間は経っているかもしれない。

 彼女はこの教会に併設されている孤児院に暮らしている孤児だった。

 家族はたった一人。年の離れた兄だけだった。

 しかしここに兄はいない。

 少女はクマのぬいぐるみをギュッと抱きしめて、少しでも不安を紛らわせようとした。

 

 「みんなどこいっちゃったんだろう……。大丈夫なのかな……」


 少女は瞳を潤ませて、ぬいぐるみに話しかけた。

 当然返事はない。


 「大丈夫だよね……。平気だよね……」


 いくら話しかけてもぬいぐるみからの返事はない。

 募る不安をどうにかして紛らわせようと、自分自身に言い聞かせているようでもあった。

 外で何が起こっているのかは分からないが、ただならぬ事が起きているという事は幼い彼女でも分かっていた。

 

 「っキャア!」


 突然、爆風で窓ガラスが飛び散った。

 幸い物陰に隠れていた少女は怪我をせずに済んだ。

 むしろ爆風で窓が壊れて通路を確保することができた。

 少女は窓から身を乗り出して建物の外に出た。

 外の現状を見た少女は息を呑む。

 ついさっきまで普通に生活していた自分の家がボロボロに壊され、銃を持った見知らぬ人間達が我が物顔で街の住人達を蹂躙していた。

 女性も子供も老人も、彼らは構わず撃ち殺していた。

 少女は建物の陰に身を潜め、ただただ彼らに見つからない事を祈った。


 「おい、この当たりは見たか?」

 「もう大方見たんじゃねーのか?なんせここは貧乏人の掃き溜めだぜ。特に見るもんもねーだろ」

 「まぁそうだな。女と子供だけ連れていければ儲けられるんだからな。楽な仕事だぜ」


 少女の隠れている場所のすぐ近くを銃を持った男達が通りかかった。

 どうやら彼らの目的は女性と子供をどこか知らない場所に連れて行くことなようだ。

 男達の足音が近づくにつれて、少女の胸の鼓動も早まる。

 逃げ出したい気持ちと叫びたい気持ちと恐怖で泣き出したい気持ちをグッとこらえ、少女は男たちが自分に気付かずに通り過ぎるのを待った。

 しかし現実はそう上手くもいかない。

 

 「……いたいっ」


 地面に手を付いた拍子に、落ちていたガラスの破片でその小さな手の平を傷つけてしまった。

 痛みに声を上げたとき、男達に気付かれてしまった。


 「あっ、おい、まだこんなところにいたぜ」

 「ホントだ。危なかったな」


 男達が少女ににじり寄ってくる。

 後ろは瓦礫を登らなければ逃げられない程度の高さではあるが、この少女にそれを越える程の運動神経は備わっていない。

 男達と少女の距離が縮まるのにそう時間はかからなかった。

 大股で近づいてきた男の一人に腕を掴まれる。


 「や、やだあ!離してぇ!」

 「このガキ!こっちに来いっ!」

 「いやぁーっ!」


 男が少女の細い腕を強引に引っ張っていく。

 少女の抵抗も虚しく、少女は街の外に停まっているワゴン車へと連れて行かれる。

 

 「おら、乗れ!」


 ワゴン車の中は、貧民街やそれ以外の場所から連れてこられた女性や子供でいっぱいだった。

 中には重症の怪我を負っている者もいた。

 これに乗れば、きっとここには二度と戻ってこれないだろう。

 少女はとうとう耐え切れなくなって泣き出した。

 

 「早くしろっ!」


 少女は男に無理やり押し込まれそうになった。

 しかし次の瞬間、何か、素早い大きなものが男の体ごと吹っ飛ばしていった。

 近くで待機していた男が、迫ってくるもう一つの影に向かって銃を構えたが、男が照準を合わせたとき、そこには何もいなかった。

 そこにあるのは、剛速で向かってくる無人のバイクだ。

 

 「な、なんだ?!うわぁあッッ!!」


 男は無人のバイクに引き摺られて姿を消した。

 少女は乗りかけたワゴン車からそろりと顔を出す。

 ワゴン車の運転手の男も、何事かと銃を構えて降りてきた。

 

 「オィ、何だ?誰もいねぇじゃねぇか」

 「ここにいるぞ」

 「?!」

 

 周囲を見渡す運転手の男の上に飛び掛る一人の影。その手には大ぶりのナイフが握られていた。

 ナイフは運転手の首にしっかり突き立てられ、即死は免れなかった。

 少女は殺しの一部始終を見てしまった。

 襲撃者を襲うまた別の襲撃者だろうか?

 今度はワゴン車の中の人間もあの男のようにナイフで突き刺されるのかと思うと、もう希望は無いように思えた。

 ワゴンの中で息を殺していると、先ほど少女を押し込もうとした男を吹っ飛ばしていったもう一人が、ワゴンを覗き込むようにして現れた。

 その大柄な影は恐らく男だろう。顔が確認できないフルフェイスのヘルメットに少女はギョッとしたが、逃げる場所はない。

 少女の手より何倍も大きな手が少女の肩を掴む

 

 「ぃやっ……!」


 今度こそ絶体絶命かと思われたが、その男の手は先ほどの男達とは違い、優しく少女を包み込む安堵感のある手だった。

 

 「怪我は、怪我は無いか?何もされてないか?」


 男は怯える少女に優しい声音で話かけた。

 少女はその声に聞き覚えがあった。

 その声は不安と恐怖で強ばった少女の精神を優しく解きほぐした。


 「お、お兄ちゃん……?お兄ちゃんなの?」

 「あぁ、そうだよ。アリーチェ」


 男は少女を「アリーチェ」と呼んだ。

 不安で押し潰される寸前だったアリーチェの目からは安心感からの涙がボロボロとこぼれてくる。

 ヘルメットを脱いだその男の顔は、紛れもなくツヴァイだった。

 ここは貧民街。

 彼らが育った貧しくも愛おしい街だ。


ハイエースされそうになった幼女を助けに来た男

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