No,5
前回の後編的なサムシングです
「なぁアンナさん」
「何よこんな時に!」
「煙出てる」
「?!」
二人は素早くバイクから飛び降りる。
ゴロゴロと転がっていくバイク。
それはやはり敵にぶつかって中規模の爆発を起こしてバラバラになった。
しかしツヴァイと違うのは、その一撃で追手が全滅したことだった。
地面に伏せて一部始終を見ていたアンナは呆然としていた。
『やぁ、遅くなってすまない』
「ほんとに遅ぇ!!」
今頃になって長月から無線が入った。
アンナはツヴァイから無線機を取り上げ、今一番の文句を吐き捨てた。
「アンタ戻ったらただじゃ済まないよ」
『怖い』
長月の声色は全く畏怖の感情が見えない。
アンナは無線の向こうのにやけ顔に拳をぶつけてやりたい気持ちでいっぱいだった。
移動手段を失った二人は近くにあった鉄筋がむき出しの寂れた建物の陰に隠れる。
これ以上の追手がいない事を確認し、再び無線機に耳を傾けた。
『敵の防衛システムの解除に成功した』
「あの機関砲か。どうやったんだ?」
『あれは私が設計したものだ』
衝撃の事実。
危うく敵ではなく味方に殺されるところだった。
「だったら何でもっと早く解除しない」
『多くのものを作ると、何を作ったか自分でも分からなくなるんだ。ハッハッハ』
「こいつ……」
『とにかく、あとは上手く警備を避けて中に入りなさい。君達以外は侵入に成功しているぞ。では通信終了』
一方的に無線を切断され、行動を余儀なくされた。
二人はすぐ近くにあったドアからなんとかビルの中に入ると、迷路のような内部を勘を頼りに進んだ。
前方からバタバタと複数の足音が聞こえる度に身を隠す。
その合間に監視カメラを壊す。
そんな事をしながら進んでいたら、見知った姿に出会った。
「あ、姉ちゃん」
「レオン」
他の地点から侵入したレオン達と合流することができた。
レオンもアインも、幾分か負傷している様子だが、至って元気であった。
一方アンナとツヴァイはバイクから転げ落ちたにも関わらず無傷であった。
そこでアインの無線にルイからの通信が入る。
どうやら今いるエリアの真上が社長室だという。
今回の件ではターゲットを殺してはならない。
血気盛んなレオンとアンナを援護に回し、アインとツヴァイが先行する中、ようやく社長室の前へと辿り着いた。
おかしな事に社長室付近の警備はさほど厳重ではなく、むしろがら空きだった。
鍵のかかったドアを蹴破り、四人は社長室に入る。
一際広い部屋の中には豪華な調度品や何かのトロフィーや盾、よく手入れされたライフル銃がガラスケースの中に飾られている。
これらのものはきっと、社長の趣味なのだろう。
「悪趣味だな」
「富豪の趣味ってのは分かんねえなあ」
アインとツヴァイは身の回りを眺めながら言った。
どれもこれも貧民街に身を置く二人には縁のない物だ。
そこで興味無さそうに突っ立っていたアンナは、ある事に気付く。
「社長はどこだ」
「そういやいない。どっかに隠れたんスかね?」
「私達が来る前にこんな高いところから逃げるなんて無理だ。どこかに隠れたに違いない」
アンナとレオンは、部屋に隠し扉やそれに繋がる何か不自然な箇所が無いかと探し始めた。
そんな中、アインは調度品の一つのテーブルに手をかけた。
すると手をかけた部分が不自然にへこみ、何かのスイッチが入ったような音がどこかでした。
その音はライフル銃が飾られたガラスケースの方からだった。
二つ置かれたガラスケースが重厚な音を立てて扉のように両端に移動し、開かれた先にまた一つドアが現れた。
「何よあんた。知ってたの?」
「い、いや、ただ手を置いただけだ」
「そんな偶然あるんスね!」
「結果オーライだろ。行こう」
厳重な扉の鍵を壊し、扉の奥へと進もうとした瞬間、長月から無線が入った。
『どこだい?そこは』
「分からない。隠し扉のようだが」
『隠し扉。なるほど。社長に会うことができたら、また通信を入れるように』
「分かった」
隠し扉の奥の暗く狭い通路を進んで行く。
ほんの僅かな距離を歩くと、物置のような小部屋に出た。
乱雑に置かれたダンボール箱には、食料品会社の名前が書かれている。
どうやらしばらく生活できるだけの食料品を持ち込んでいるようだ。
部屋の中は思ったより暗く、アインは持っていたライトで部屋の中を照らす。
「?!」
一瞬、ダンボール箱の影に人のような姿が照らし出された。
しかし人影は素早く別の場所に移動してしまう。
そこでアインはほかの三人に手振りで指示をし、人影を取り囲むようにして一斉にライトを当てた。
「まっ眩しいっっ!!」
軍用ライトの強力な光を顔に浴びて、人影は両手で顔を覆った。
その手は皺だらけで骨が浮き、まるで老人だった。
声もしわがれ、まるで老人というより老人そのものだ。
「あんたがGAアメリカの社長か?」
「あ、あぁ、そうだ。頼むから照らすのを止めてくれ!目が潰れそうだ!」
老人は両手を顔から離さないまま訴えた。
アインは抵抗が無いのを確認すると、全員にライトを降ろすように促した。
しかしまだ安心はできない。
アンナとレオンに出口を包囲させ、ツヴァイは老人の捕捉、アインは銃の引き金に指をかけたまま、長月に無線を繋いだ。
「GAアメリカの社長を捕捉した」
『よくやった。無線を社長に向けてくれ』
アインは無言で無線を老人に向けた。
攻撃されるのかと思ったのか、老人は逃げようと身じろぎをするがツヴァイにしっかりと両腕を抑えられているために動くことができないでいた。
『やぁ、どうも。長月研究所所長、長月亰だ。Great spirits America 代表取締役の……えーと、』
「アンゲール=スミスだ」
『あぁ、ミスタースミス。この度はどうも。それと、君の社員を大量に殺してしまった事を謝罪しよう』
「どうだっていいそんなこと!どうせ侵入した事への報復に来たんだろう?どうするつもりだ?言ってみろ」
アンゲール=スミスと名乗った老人は、無線機から聞こえる長月の声に対して悪態を着いた。
『どうするも何も、それは後で私が決めよう。それより先に、なぜ侵入などという真似をしたのかが知りたい。教えてもらおうか?』
「ただ単にお前の技術が欲しかっただけだ。お前の技術があれば、わし等はもっと良い物を作れる。だがお前のような胡散臭い人間に金を払うのは嫌だ。だから盗ませた。できなかったがな」
アンゲールは溜息を吐くように此度の侵入した事への理由を述べた。
胡散臭いとはいえ、長月はその筋での信頼は厚い筈だ。
しかしこの様に歳をとり、考えがかたまってしまった人間に、長月の様な自由すぎる人間は裏切りもあるやもしれぬと信用できないのだろう。
だからといって盗みに入るとは何とも人として、指導者として情けない。
長月はそれ以上の事を聞くことはなく、ただ「今回は何もしないが、次はない」という事だけを伝えた。
「しかし何だ……。長月研究所の所長ってのは、随分と若いんだな。わしが今まで会った研究機関のトップってのは、わしと大差ない爺や婆ばかりだ……。有名なくせにあんたに会ったって奴も聞かん。あんた一体何者なんだ?」
『私が若いかどうかは知らないな。何者なのかもね。ただ私は作りたいものを作る。やりたいようにやる。邪魔をする者は容赦しない。しかし私も人の子だ。あまり乱暴な事はしたくない。この様な事は二度と無いように頼むよ。私も君達が作る物を大いに評価している』
それだけ言い終えると、長月はアンゲールの返事を待たずに一方的に無線を切った。
傭兵達はアンゲールに見張っているぞという事を告げ、その場を立ち去った。
ビルの外にはルイが操縦する輸送機が着陸体制に入っている最中だった。
きっと、長月にミッション完了の通達を受け、傭兵を迎えに来たのだろう。
やれやれといった様子で四人は輸送機に乗り込んだ。
操縦席からルイが顔を出した。
ルイは四人の傭兵を目にすると、少し怪訝な顔をして訪ねた。
「バイクはどうした?」
出撃する前に四台あったバイクは、一台も戻ってきてはいなかった。
実はアインとレオンも、追ってから逃げている最中にバイクに不具合が生じ、使い物にならなくなっていた。
つまり支給されたバイクは全滅。
ルイは溜息を吐いて、「所長に報告しておく」とだけ言った。
操縦席に戻る途中、ルイは誰にも聞こえないような独り言を零した。
「だから、俺は向いてないって言ったんだ……」