No,1
数十年に渡って続いていた戦争が終結し、世界中の国は三つくらいに分けられた。
激しい戦争の末に残ったのはドイツ、中国、アメリカだった。
その他の国はしばらくは形を保っていたが、政府が勝利国に買収されると解体
された。
まだわずかだが、棄てられた国での資源の奪い合いや、領土争いの内戦が続く
中、旧アメリカ元ミシガン州の寂れた場所にポツンと白い建物が一つだけ建って
いた。
正面には今では最早見慣れない文字で「長月」という二文字が施されている。
この建物の主はいつ頃からか分からないが、いつの間にかこの旧アメリカに腰
を落ち着けていた。
彼を知る企業の重鎮達は彼を恐れ、基本的に逆らうことはしないという。
部下は決して多くないが、非常に優秀な研究機関として名を馳せていた。
世のお偉い方が恐る彼の名前は長月亰といった。
長月が率いる研究機関では、武器や電子機器の研究開発を主としていた。
しかしそれは表向きの研究内容であり、実際はロボットに組み込む人口知能の
研究をしていた。
最終的な目的は、人口知能に意思と感情を与える事だった。
長月は戦争の終結以前よりこの研究を続けている。武器の開発は資金集めに過
ぎない。彼がなぜ人口知能の研究をするに至ったかは、また別の話。
研究は終盤。九割、八……七割方完成している。
しかしこの研究は公には公開されておらず、一部の協力者達だけが知っているこ
とだった。
「長月所長」
一人の長身の男が長月を呼んだ。
彼はルイ=如月。この研究所の副所長であり、長月の最初の部下である。
長月とルイの出会いは約十年前、ルイがまだ学生の頃だった。
しかしそれもまた別の話。
ルイの呼びかけに長月は返答をしない。聞こえていないからだ。
正確には寝ている。
「長月所長。起きてください」
「後にしてくれ……」
「勤務中ですので」
「嫌だ」
「起きろ」
ルイは机に伏せようとする長月の襟首を引っ掴んで無理矢理起こした。
長月は仕方なく目を覚ますと、一つあくびをして椅子ごとルイに向き直った。
「で?何の用だい?」
「工場で試作ができたとの事なので、確認を」
「どれ」
「これです」
ルイが言った工場というのは、長月研究所系列の製作所の事である。
その工場の責任者は、かつて研究所の研究員をしていた。
しかし、調べて書き留めてまた調べるという机作業は苦手だという理由で研究
職を辞退し、現在のような技術職に就いたのだという。
唐突だが、現在の国の状況は中々凄惨なものである。
戦争によりあらゆる物が壊されてしまった今、生き残った人民は隔離された大
都市、「シティ」と呼ばれる場所に住んでいた。
シティに住むには住民権というものが必要になる。
シティの住民権を得られなかった者たちは、やむなくシティの外に住むことに
なる。
シティの外は農作物も育たない痩せた 土地。
元々あった草木は戦火で焼けてしまい、もう生えることはない。
物流も乏しく、シティ外の人々は僅かな資源で貧しい暮らしを強いられている。
貧困からなのか、シティ外の者の殆どは傭兵として企業に雇われ人を殺し金銭
を得ている。
時には互のライバル企業が雇った傭兵同士の戦争によりその多くが命を落とす。
シティ外に存在するのは貧困な民と傭兵だけではない。
「敢えて」シティ外に腰を据える企業も多数ある。
シティ内にはシティ内での規則があり、その基準の厳しさからシティ内での経
営が難しい為だ。
それに物価も段違いに高い。経費削減の為でもある。
しかし企業の建物はシティ外に建っているだけに過ぎない。従業員はシティ内
に住んでいる場合が大多数である。
長月研究所の研究員も例外ではない。長月一人を除いては。
「良いんじゃないかな」
「ではこれで制作を進めて宜しいですね」
「あぁ、よろしく」
先程の試作品をルイに丁寧に返した。
数日後、試作品は正式な製品となり、それを必要とする企業に高値で取引され
た。
作ったものは、建物を簡易要塞にするための兵装の一部だった。
今では他企業が仕掛けた傭兵や、企業専属の兵士の襲撃に備えるための要塞化
は欠かせないものだった。
無論、長月研究所も一部要塞化されている。
ルイが部屋を後にした折り、入れ違いでまた一人が部屋に入ってきた。
「所長さん。お客様です」
柔らかい口調で話すその者の出で立ちは、胸元の大きなリボンやフリルをあし
らった服装を一見すると女性のようだが、身長や顔つき、何より声を聞く限り男
性のようである。
彼女(彼)はニキータ・チャイカ。5年前に旧ロシアの化粧品会社から転職し
てきた28歳だ。
「今日だったかな」
「ええ、ガレージでお待ち頂いています」
長月は気だるそうに伸びをした後、ニキータと共にガレージへと向かった。
ガレージの中はやけに緊迫した雰囲気に包まれていた。
それもその筈。今日訪ねて来た客人とは、長月が他の企業と同じように雇った
傭兵だ。
男が三人、女が一人。全部で四人の傭兵が横並びで長月達を迎えた。
しかしここで長月は何かが予定と違う事に気づく。
「……雇ったのは十人だった筈なんだが」
「ええ。書類には十人とあります」
「随分と少ないね」
長月が傭兵の一人に目配せをした。
するとただ一人の女傭兵が口を開いた。
「アンタは、私達のグループから八人寄越せと言ったね」
「あぁ。評判は悪いが腕は確かだと聞いているからね」
「ここに来る前日、グループで内乱があった」
「それで?」
「今日ここに来る筈だった連中が内乱の主犯だった」
「……なるほど。で、少ない人数でそれなりの働きをしてくれるんだろうね、
お嬢さん?」
長月が女傭兵に「お嬢さん」と形容した瞬間、彼女の目付きがピンと鋭くなった。
彼女の隣にいた青年の傭兵は、ぎょっとした顔で一歩後ずさる。
女傭兵は手にしていた銃の引き金に指をかけ、長月に銃口を突きつけた。
「私は、『お嬢さん』じゃない。傭兵部隊スカベンジャー首領のアンナだ。高名な学者サマだかなんだか知らないけど、あんまり嘗めた口を利いてるとクライアントだろうがなんだろうが殺す」
アンナと名乗った女傭兵は鬼気迫る表情で長月を睨みつけた。
彼女の言う「傭兵部隊スカベンジャー」とは、旧アメリカシティ外の様々な場所に拠点を置く傭兵部隊の事である。
そこの傭兵達は気性が荒く、気に入らないクライアントは容赦なく殺してしまうという。
彼らにとっては報酬金や評判は二の次であり、彼らのプライドが最優先なのだ。
その中でも首領であるアンナの気性は誰よりも荒い。
怒らせると何をするか分からないと仲間内でも恐れられていた。
しかしつい最近、組織内での派閥争いが原因で本格的な内乱が起き、スカベン
ジャーはアンナを支持する派閥と、もう一人を支持する派閥で二分されてしまった。
アンナはもう一つの派閥を一人残らず殺してしまった。そのため、スカベンジャーは現在、少数の傭兵部隊となった。
しかしその中からまた内乱が起き、残ったのは今ここにいるアンナと、その弟分のレオンという傭兵の二人だけだった。
「そ、そういうことっスから……」
長月を睨みつけるアンナを引き離そうと、先ほど一歩下がった青年の傭兵が申し訳なさそうに出てきた。
アンナをなんとかなだめ、青年は長月に苦笑いで言った。
「姉ちゃん怒らせるとめんどくさいっスよ……?俺、レオンっていいます」
「女性は強い方がいい。扱いにはくれぐれも注意させてもらうよ」
レオンは機嫌を損ねて離れていってしまったアンナを追いかけてその場をあとにした。
残るのはフルフェイスのヘルメットを外さずに佇んでいる二人の傭兵である。
片方は極端に背が高く、もう片方は極端に背が低い。
こういう連中を凸凹コンビと呼ぶのだろう。
彼らのヘルメットには顔の中心に十字架のようなペイントがされており、左腕にも同じ模様の腕章のようなものを着けている。
きっとこれが彼らの組織のマークなのだろう。
「えーと、君達は……」
「教会の者だ」
身長が低い方の傭兵が答えた。
「教会?孤児院専属と聞いていたが」
「そうともいう。だが我々はあくまでも教会の連中が見様見真似で始めただけに過ぎない」
研究所から少し離れた地区に、ただ一つだけ教会がある。
そこには戦争で親を無くし、行き場を無くした子供達を匿う小さな孤児院も併設されていた。
いずれもシティ外である。
シティの外に住む以上は安寧は訪れない。
殺しを拒む教会も、やむなく兵士を雇うこともあるそうだ。
教会の傭兵二人は、身長の低い方をアイン。もう片方の身長の高い方をツヴァイといった。
この二人はまだ無名だ。
彼らの他所の教会と違う所は、教会で働いている神父やシスター達が直々に傭兵として働く事もあるというところだ。
長月はこの四人を雇う前に、他の複数の傭兵に依頼を出していた。
それは至って単純な内容だったが、単純ゆえに難しく、パーフェクトに内容をこなす者は少なかった。
依頼の内容は、指定した敵企業を一人の死者も出さずに制圧するという内容だった。
結果は散々だった。企業の従業員が全滅するか、依頼を受けた傭兵が死ぬかのどちらかだった。
ただ一組成功したのが彼等だったという事だ。
無名といえど、実力は証明済みである。
アンナ達は殺害を最小限に止めたという部分だけを評価し、後は元々の実力を認め、今日に至る。
傭兵を再び四人並べ、長月が此度の依頼内容を説明する。
「今回の依頼内容は、研究所の防衛。期間はとある研究が終わるまでだ」
「終わるまで?どれくらいになる」
そう質問したのはツヴァイだった。
「それは分からない。半年か、一年か。もしかしたらもっとかかるかもしれない。だが安心してくれて構わない。君たちには期間に見合った報酬金を出そう」
研究所には協力者や、製品の買い手が多数いる。長年培ってきた信頼はいつしか金銭になって戻ってくるのだ。
今や何をせずとも金は舞い込んでくる状態だ。
報酬金はその働きに応じて増やすと長月は傭兵達に約束した。
それこそ、二度と傭兵などしなくても良い生活ができるほど。
「君達の住居はこちらで用意してある。じゃあチャイカ君、後はよろしく」
「はぁい」
長月はニキータに傭兵を任せると、ガレージを後にした。
研究室に戻る途中、ルイともう一人の女性に出会った。
女性の名はハナ・アームストロング。約一年前に研究所に配属になった新人である。
ハナは複数いた研修生の中でも特に優れている訳でもなく、寧ろかなりダメな方だった。
しかしその中からただ一人ハナが選ばれた。
その理由を長月が話すことはない。
ルイとハナは何やら話している様子だったが、大した用事ではなかったらしかった。
ルイは長月気付いて会釈し、ハナに「期日までに」と念を押すと、自身の研究室に戻って行った。
「やぁ。調子はどうかな」
「な、長月所長」
近くまで来ていた長月に気付いていなかったのか、不意に声をかけられたハナは驚いた様子だった。
「調子は……良くも悪くもないって感じです。ハイ」
「そうかね。それで、期日までには仕上がりそうかな?」
「ええと、何とかします」
「見せなさい」
ハナは大事そうに抱えていた長い筒を長月に丁寧に渡した。
蓋を開けて中身を取り出すと、方眼紙に書かれた設計図だった。
長月はその設計図を注意深く眺めると、幾度か頷いてから顔を上げた。
「後は試作を作ってみてから考えよう。出来は悪くない」
「はい。有難うございます」
「でも手を抜いてはいけないよ」
「はい」
「明日には完成させて如月君に渡しなさい」
長月は設計図を再び筒に戻してからハナに返した。
この設計図はとあるシティ内の警備会社からの依頼のものだった。
長月は研究室に戻ってから独り言のように言った。
「監視タレット……ねぇ……。一体どういうつもりなのか……」
過去に書き溜めたものを掲載しています。
過去の自分への戒めとしてあまり書き直しはしていません……。
恥ずかしすぎて胸があったら埋まりたい。