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四季戦争  作者: あうる
春の国―ファムリング
4/6

青年と女神様

早くも邂逅でございます。

 寝坊をした昼から始まり、両親の手伝いをしていたらいつのまにか辺りはオレンジ色である。

 ファーストキスはマグロでした。そんな16年の人生最大の恥を噛み締めながら、リュートはヘトヘトになった体を再び港で休めていた。

自分が生まれたときから両親ともに漁師をしていて、海と生きてきたリュートにとって、ここが一番落ち着くのだ。



「この海の向こうには何があるんだろうなあ」


 ポツリと呟いて、海に映る太陽を見る。本当は何があるのか、リュートは知っている。ノリアという秋の国と、巴国という冬の国と、龍寧という夏の国。そして自分が住む春の国が囲む世界の中心には、神様が住む島がある。そう授業で習ったのだ。

 しかし授業では分からないことを、旅人は歌ってくれた。

 他の国に咲く花や、ファムリングではけして出会えないであろう人のこと。


 きっと海の向こうには自分の知らない何かがある。リュートはそう確信していた。


「海の向こうを知らないのですか?」


 唐突に後ろから聞こえた声に、リュートは肩を跳ね上げた。その様子を見てか、また後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。恥ずかしさが怒りのようなものに変換され、しかめっ面で声の主に抗議するべく振り向く。


「な、んだよアンタ…」


 思いきり感じ悪く言ってやろうと口に出した言葉が、声の主を確認して尻すぼみになっていく。

声の高さから察していたが、後ろに立っていたのは女性だった。それも、リュートが一瞬時を忘れてしまうほどの美少女。

 母親とは比べ物にならないほど長い髪は金髪でウェーブがかって、右側にある少しだけ結った三つ編みと白い花飾りが彼女の気品を際立たせる。本人的には私服なのかもしれない服は、白いブラウスとピンクのロングスカートという文字にすれば簡素なモノでも、仕立てが違うことは全く服に興味がない一庶民のリュートですら分かった。


「入学式唯一の欠席者、リュート・ファイベル様のお顔を拝見したく参上いたしました」


 優雅な一礼はそれだけで華になる。あまりにも漁師の港に不釣り合いな彼女はとても異質で、リュートははち切れんばかりの心臓の音に混乱していた。こんな見るからに育ちのよい友達などいないし、あ赤の他人に名前を知られているほど有名人になった覚えもなかった。

そしてなんとかパニックの中リュートなりにたどり着いた答えとともに彼女に指を差す。


「あ、あ…アンタあれか、同級生!」


 言われた言葉が理解できず、彼女はきょとんとして大きな目を数回瞬かせた。その仕草にも心臓が反応し、体全体が沸騰してしまったような感覚に陥る。


「いやあのさ、目覚まし時計なんでか今日だけかけ忘れててさ、起きたらとっくに入学式はじまっててさもービックリしたよな! そんで父ちゃんに慰めてもらって母ちゃんに殴られてさー。今日でっかいマグロとキスがさー!」


 もうリュートは自分でも何をいっているのかが分かっていなかった。ただ心臓の音がうるさくて自分の声が聞こえない。なんだこれはと困惑するリュートは、いつだったか母親が言っていた言葉を思い出す。


『あたしの魔法は吸引なわけだけどさ、父ちゃんにだけは効かなかった。ていうかあたしが吸引されちまったね。船の上でマグロと戦う父ちゃんを見て心臓ごと鷲掴みにされたんだよ! このご時世魔法も使わず一本釣りで戦う父ちゃんにね! 多分あれが一目惚れってやつなんだろうさ』

 

  リュートの中である映像が浮かぶ。

  目の前の彼女が自分を一本釣りする姿である。見事に釣り上げられてしまった自分。そして心臓は船に打ち上げられたマグロか。自由を失って狂おしく暴れているのだ。

 

「なるほど…では欠席理由は寝坊、なのですね?」

 

  リュートの心の中の漁業など知らぬ彼女は、要領を得ないリュートの言葉から必要な情報だけを受け取って頷いた。

 

「そうそう! いやごめんね、先生からパシられたとかだろ? わざわざこんな国の端っこまで」

「いえ、城から見える場所ですから、そう遠くはありません」

「そーだよね! お城から見えるもんね!」

 

 リュートは頭が弱かった。

 

「リュート様のお家は…漁業をしてらっしゃるとか」

「うん。父ちゃんと母ちゃんがここの港の頭でさ、俺はその息子!」


 誇らしげにリュートは胸を叩く。ファムリングの漁獲量はこの港が一番で、本当に誇らしく思っているのだ。


「ではなぜ魔術学院に?」

「あー、継がないのかってこと?」


 バツが悪い質問をされ、リュートは所在なさげに頭をかく。誇らしいとは思っている。そして両親には本当に申し訳ないと思っているが、リュートは漁師になるつもりは微塵もなかった。もしあの旅人と合わなければ、漁師になる人生を歩んでいたのかもしれないが。


「俺さ、旅に出たいんだ! この国を出て、世界の隅々を見る。色んな発見して、色んな人と出会って、そんで俺みたいな狭い世界に生きてる子供に、見えない景色を教えてやりたいんだよ」

「…旅人、ですか。ですが、魔術学院は旅人を育てる学舎ではありませんよ?」

「知ってるよ。四季戦争の選抜育成だろ?」


 四季戦争。

 それは全世界共通の常識であり、和差積商と同じくらい、面白ければ笑うと同じくらいの一般常識である。

 神様の住む島で、各国から集められた10人の人間が季節を賭けて戦う戦争。リュートが生まれる前の戦争時、春の国であるファムリングは秋だったらしいと聞いている。


「知っての通り、魔法は感情が豊かであるほど強力。つまり私たちのような年齢の者が一番四季戦争に適しているのです。しかも今年は四季戦争が始まる年ですわ。学院に入学できるほどの魔力をお持ちなら、旅人よりも今年の戦争に意識を向けるべきではないでしょうか」

「旅人になるのも、国際自由権ってやつのために戦争に選抜されるレベルの戦闘力が問われるんだろ? 悪いけど、俺は四季戦争に出れるくらい強くなって、そんで旅人になるって人生設計立てちまってるんだ」


「貴方が選ばれれば、貴方のご家族にも栄誉が与えられるのですよ?」

「金とか地位とかよりうちのやつら魚のが好きだから。興味ねえかなーそういうのは」

「国のためにと思っても?」

「そんなかっこいいもんのために夢は曲げらんねえかな。ていうか、学院にいる奴等全員が君みたいに一生懸命選抜になろうとしてるわけじゃないと思うぜ? 学校の先生とか護衛騎士とかさー…」


 指を折りながら思い付く職業を挙げている内に、彼女が俯いてしまっていること気付く。

 まさか全員が戦争に赴くことを目標としているわけじゃないという言葉に傷ついたのかと目に見えて慌て出す。


「あ、いやもちろん全員じゃないけどキチンと目指してる奴もいるだろうしさ! ほら、俺みたいなのはむしろ異端っつーか不良っつーか!」

「…お気遣い感謝いたします。大丈夫ですわ」


 顔をあげた少女は笑っていて、杞憂だったことに胸を撫で下ろす。


「皆が国のためを想い入学したわけではないという言葉は、私にある種の革命を与えてくれました」

「かくめい?」

「ええ。学院に入るからには、皆国のために生を捧げるのだと信じておりましたので」

「あ…ごめん」


 彼女の理想を打ち砕いてしまったことに、彼女が笑うものだからさらに罪悪感が押し寄せる。とはいえ自分の存在が彼女の理想とは外れた入学者なのだから、謝る他にできることがない。

 だが彼女はそんなリュートにすら笑顔を向けている。女神だ。この少女は女神だ。リュートは確信した。そして少女は、慈愛を施す女神のようにリュートにゆっくりと語りかけた。


「大丈夫です。リュート様も、この国のために戦う決意をなさってくれますわ。こんな素敵な国を見捨てるなんて、悲しいですもの」


 その言葉を聞いて、頭がぐらぐらと揺れる感覚に陥った。波のように視界が揺れる。

 先程の罪悪感が津波になって押し寄せてきたような、彼女の言葉を裏切る自分の生き方がとても醜いように感じてしまう。

 違う。見捨てるわけじゃない。否定をしたいのに、心がそれを許さない。裏切り者と誰かが叫ぶ。誰かは分からないが、その言葉が自分をズブズブと貫いていく。

 汗が大量に噴き出し、葛藤に耐えきれずその場に膝をつくと、カツンとヒールの音がした。なんとか顔をあげると、少女は既にリュートに背を向けていた。


「海の向こうには、幸福と平和が待っているのですよ。リュート様」

「ま…って…」

「お会いすることがあればまた、学院で」


 遠退いていくヒールの音に耳を支配されながら、リュートはその場で意識を手放した。

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