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四季戦争  作者: あうる
春の国―ファムリング
3/6

青年と海

「やっちまった…あー、やっちまった…」


 どんよりとした空気を従えて、彼は右手に目覚まし時計を掴んだまま港の先端に座っていた。

 ボサボサのままの髪に、明らかに寝巻きのタンクトップとユルい七分丈のズボン。そして彼の後ろには切なそうに涙を浮かべる、ねじり鉢巻の男が立っていた。


「くよくよすんじゃねえリュート! 男は石投げられて強くなるもんだ! 海はお前のちっぽけな失敗なんざ、波といっしょに流しちまうよ」

「父ちゃん…」


 大粒の涙を目にためて、リュートと呼ばれた男は後ろの男を見上げた。日差しを背に潮を見据える彼が、視界以上に眩しく見える。


「男を見せろリュート! 姫さんがなんだ! 入学式がなんだ!」

「姫さんがなんだぁー! 入学式がなんだぁー!」


 穏やかな風に煽られ静かに揺らめいている海に向かって、二人の男が叫ぶ。通りすがる者たちは、苦笑しながらその場を行き交う。見慣れた光景と一目でわかる対応だった。


「目覚まし時計なんか海の彼方へ放り投げろー!」

「うおおおおおっ!!」


 勢いに任せ大きく振りかぶり、右手の中にあった目覚まし時計は遠心力で文字どおり彼方へと飛んでいく。

 ヤバい。彼は投げてからやっと事の重大さに気付いた。

 あの目覚まし時計は我が家にたった一つしかない目覚まし時計。五年間リュートにけたたましく朝を教えてくれた相棒である。

 あれを無くせば、母親からお仕置きを食らうこと間違いなしだ。

 宙を舞う目覚まし時計に、待ってくれと飛び込まんばかりの勢いで叫ぼうとしたとき。


 目覚まし時計が、ものすごい勢いで戻ってきた。


「アイタッ!」


 一直線にリュートの額めがけて突撃してきた目覚まし時計は、チリンと衝撃でベルを誤作動させてから、リュートを無視してまた後ろへと飛んでいく。


「あんた達ねえ、国家反逆罪で捕まりたいわけ?」


 父親、そしてリュートが同時に顔を青くする。通りすがる人たちは皆手を合わせて拝んでいる。御愁傷様と。

 振り向いた先では、目覚まし時計を掴んで腰に手を当て、呆れ声を出しながらこめかみをひくつかせている、とてもスタイルの良い女性がいた。

 バンダナから伸びた黒髪は潮に晒されながらも艶やかさを保っており、服は自分のスタイルを存分に押し出したヘソ出し仕様である。

 通常よりも焼けた肌が、彼女の色気を増長させていた。

 これで16歳の母親と知れば、まず初対面は腰を抜かすだろう。


「大事な入学式もサボって、挙げ句姫様まで侮辱すれば、まあとりあえずブタ箱10年は確定だろうね」

「すいませんでした母上! 通報は、通報はどうかご勘弁を!」

「悪いのは俺だ! 捕まえるなら俺にしてくれマリー!」

「止めてくれ父ちゃん! 父ちゃんを見捨てて俺だけ生きるなんてできねえよ!」


 目の前で始まる茶番が、さらに彼女のイライラを募らせる。泣き崩れながらチラチラと顔を窺ってくるあたりにまた腹が立つ。


「父ちゃんもリュートも、国家反逆する暇があったら働きな! 朝の魚さばいちまうよ!」


 二人に拳骨をお見舞いしたマリーは、目覚まし時計をリュートに投げてスタスタと魚市場の方へ歩いていく。彼女にとっては、国家反逆罪など暇潰し程度の価値しかないのだ。

 頭の痛みに痺れながらも、これはお咎めなしかとにやけを堪えるリュートに、マリーは追い討ちをかけるように振り向いた。


「リュートは目覚まし時計ぶっ壊し未遂の罪で、今朝あがったマグロとキスさせてあげるよ」


 別の男が見たら卒倒するであろうウインクに、リュートは絶望をその目に宿して倒れた。キスとキスなら面白いのになあなどと笑っている父親の横面に蹴りを入れる。逃げる自分を、マグロを構えて先程の目覚まし時計のように吸引する母親を想像して、リュートは静かに涙を流した。




 この世界には魔法が存在する。

 ただし誰も彼もがなんでも使えるわけではない。一人にひとつ、生を受けたとき何らかの魔法を授かるのだ。

 発動は熱。気候の熱、温度の熱、とにかく熱があれば魔法は使え、一番威力を高めるのは感情の熱だと言われている。

 そしてこの感情の熱にもまた向き不向きが存在する。楽しいという感情が一番影響する者もいれば、怒りが強い者もいる。

生活に必要な家具や動力が必要な娯楽はもっぱら魔力を原動力に動いている。

 この世界は魔法で回っているのだ。


 そしてリュートが生きる国ファムリングは、他国よりも魔法に特化しているらしい。らしいというのは、リュートが人づてでしか聞いたことがないからだ。

 いつか、らしいではなく、本当に自分の目で見たものを語りたい。リュートは世界を旅する旅人に憧れていた。

 幼い頃に出会った旅人の歌が確かめたいと、そう思っていた。


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