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ビター バレンタイン

作者: 亜莉

『お前を束縛できない。約束もしない・・・だから待っていなくていい』


別れは突然やってきた。


本当に突然だった。


フリーカメラマンの彼が久々に自分の部屋に来たので、少し手の込んだ料理を用意して食べていた時だった。


『な・・・なんで・・・?』


突然な出来事に、こんな言葉しか出てこない。


それくらい私は混乱していた。


『ゴメン・・・仕事で海外に行くことになった。行ってしまえばいつ帰ってこられるかも分からない。』


何か言おうと彼を見つめたが・・・幼馴染だけあって、付き合いが長い分雰囲気で察してしまった。


彼はもう決めているんだ・・・


『・・・待ってちゃいけないの・・・?』


私は少しの望みをかけて彼に自分の意思を伝えたつもりだった。


けれど・・


しばらくの沈黙の後、彼がゆっくりと言い放った言葉は最初のそれだった。



何も言葉が出てこない私に、了承と受け取ったのか彼はもう一度ゴメンとつぶやき部屋から出て行った。



あの時、なんで私は黙っていかせてしまったのだろう。


仕事が大好きなのを知っていたから?


言ったことを曲げない人だって知っていたから?


いつまでも私の心に居座る  いとおしくて   憎い人





あれから5年がたつ。

時代は随分と変わってしまったけど、私も少しは変わったのだろうか?


別れた直後は ただひたすら忘れたくて、仕事に励んだ。

その頑張りが上司に認められ新しい事業のサポートメンバーに選ばれた。

今はやりがいのある仕事や同僚・仲間に囲まれて忙しくも楽しく暮らしている。


また身も心もボロボロになった私をずっと根気よく見守ってくれた友人達にはいくら感謝しても足りない。いつも誰かが私についていてくれたが、今は時々皆で会い、女子会や旅行に出かけて近況を聞きあっている。



こうやって一歩一歩・・・。

ゆっくり立ち上がることができるようになったけど、彼の事については深く心の中に押し込めるだけになっている。

やっと現実を受け入れることができて、もう少ししたら忘れることができるかな・・・?

早く消化しないととは思いつつ、なかなかできずにいた。


そんな私に、神様はいい加減前に進みなさいと言っているのだろうか…?

何気なく見ていたテレビから、彼が近々帰国し写真展が開かれることを知った。




写真展はギャラリーを貸切で行うらしい。

出入り口付近にはたくさんの花が飾られ、送り主の名前も著名人が多く、彼の人気の強さがうかがえる。


「名簿に名前をお願いします」

受付にいた女性が記帳を勧めるが、やんわり断り先に進んだ。

受付の女性は少し戸惑った様子だったがすぐに来客がありそちらの対応にうつったようだ。


入口すぐに、彼が真剣にカメラを磨いている写真があり、プロフィールが書いてあった。

少し精悍な顔つきが、離れていた時間を物語っている。


ここには私の知らない5年間がある。これを見終わった後、私は何を思うんだろうか・・?

知らず右手を胸に当てながら通路を進んでいく。


彼は昔から写真を撮ることが好きだった。


風景だったり、人物だったり、動物だったり、彼のとる写真はどんな風景にも優しさがあふれていた。



ここにある写真はそれに力強さが加わった気がする。


「がんばったんだね・・・」


写真を見ながら、思わずつぶやいていた。


色んな写真をみていると、見ている人から感嘆の声が上がる。

それを聞くと何だか自分の事のように嬉しくなった。





全ての写真をじっくり眺めて、私は小さく溜息をついた。


どの写真も素敵だった。

特に一面桜の写真は目を引いた。きっと外国で咲いていたソメイヨシノだろう。日本とは違う風景の中だったが、華やかに咲き誇る桜はとても幻想的で美しかった。


私はもう一度その写真の前に立つ。


少し目を閉じて、彼の顔を思い浮かべた。

カメラマンになりたいといった時のキラキラした目で笑った顔が今でも忘れられない。





・・・まだ彼の事が好きだ。 



でももう私も前に進まなければ・・・。


目をゆっくりとあけ、そっと写真にふれた。


「ありがとう・・・」


さようなら・・・。


本当は彼に言わなければ伝わらないけど、彼はもう違う方向に歩いてる。

きっと重荷にしかならないから分身のようなこの写真に伝えたかった。


そのまま出入り口に向かい、受付の女性と目があったがそのまま軽くお辞儀をして出て行った。


何か言いたそうなこちらを見ていたが、きっと泣きそうな顔をしている私が気になっただけだろう。今は話しかえられたくない。だからそのまま足早に去っていった。



会場から飛び出した後、ふらふら歩いていた私は、気が付くと駅近くのコンコースまで来ていたらしい。


するとなんだかコーヒーのいい匂いがしたような気がして、辺りを見回す。


よく見ると近くに小さな喫茶店があった。

吸い込まれるように喫茶店に入り、ブレンドコーヒーを頼む。


店内は私一人だけで、小気味いいジャズのような音楽が流れていた。

テーブルも椅子もよい木材を使っているようで、すわり心地もよく、暖かい雰囲気で私はこの空間とても気に入ってしまった。


・・・きっと彼も気に入りそう・・・と考えて自嘲的な笑みを浮かべた。


今さっき前に進むって考えたばかりなのに・・・。


違う事を考えようと、店内を見渡していたら少し年配の女性がコーヒーともう一つ小さなお皿をおいた。

コトリと置かれたその小皿の中にはハートのチョコレートが2つぶ入っていた。


女性を窺うように見上げると、今日はバレンタインだから少しだけおまけだと、笑いながら去って行った。


店員の粋な計らいにお礼を言い、ゆっくりとチョコレートを口に含む。


「・・・少し苦いなぁ・・・」


私は少しうつむきながらつぶやいた。



















読んで下さる皆さんに感謝です。



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