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緋寒桜

作者: 百合茶

 君にさくらが咲きますように…

 僕の想いが届きますように…




 放課後、僕は駐輪場から自転車を引き連れて、君と歩いている。

 枝の細い裸の木々たちが見るからに寒そうだ。

 君をちらりと見れば、まだ『世界史400!』を開いている。君に合わせてだんだん歩く速さを遅くしていたら、ついに止まってしまった。

 世界史なら、と淡い期待と小さな自信を持って、君の暗記本を覗いていたら、目と目が合った。「あっ!ごめんね。」

 慌てて本を閉じ、歩き出そうとする君。

「待って。」

 そんな君の肩を引き留めて、僕らは寒空と木枯らしの中に立っていた。

「ねぇ、拓巳はいいの?」

 数秒の間があって、君はまたあの話を持ち出した。

「卒業したら、遠距離になっちゃうかも知れないんだよ?」

 そう、君は春が来たらこの学校を出る。そしてこの島を出る。

「北陽大だっけ?」

 僕は隣町の学校名を挙げるように、できるだけ自然に言ったつもりだったけど、どうしても雪国を思い浮かべてしまう。

「うん。…受かればね。落ちたら、県内にするから…」

「そっ…」

 そんな事言うなよ、と言おうとした僕と、君の声が重なる。また言葉を繋ぎ合わせるより早く、君の方からその続きを口にした。

「…それに、浪人したら塾で会えるじゃん。」

 君の顔が、くしゃっと崩れたのは泣いているのに無理に笑って見せたから。僕はたまらず、自転車から手を離して君をぎゅっと抱き締めた。

『だから、別れよう。』

 君の唇がそう動いたけど、そんな言葉は言わせない。遮るように自転車が音をたてて倒れ、僕は君にキスをした。

 別れのキスなんて、思うなよ。

 そんな遠回しの台詞より、僕は素直に応援したい。

「好きだよ。どこに行ってもずっと好きだよ。だから、北陽に行けよ。」

 そして心の中で呟く。

 寂しくなったら僕がまた後輩になるよ、と。

 僕は願う。君の桜が咲きますように。たとえ離れたとしても、僕の想いは、ずっと届きますように。

 見上げれば裸の木々たちが細い枝を風に揺らしている。その中に、緋寒桜のつぼみはもう綻び始めていた。

緋寒桜(ヒカンザクラ)


沖縄ではセンター試験が始まる頃に咲き始め、2月上旬は花盛りとなります。

全国の受験生に桜が咲きますように。

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― 新着の感想 ―
[一言]  お久しぶりでございます、葵枝燕です。  「緋寒桜」、読ませていただきました。  私は緋寒桜の花が好きなので、毎年この花が咲くのを見るとテンションが上がります。どこか鬱々とした冬を、明るく染…
[一言] 拝読させていただきました。 進学を機に離ればなれになる男女の心境が、淡い雰囲気で描かれていました。読んでいるこちら側もどこか恥ずかしくなってしまうようで、悲しいお話の筈なのに、ほのかに口元を…
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