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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第1章 嵐の中の静けさ Ⅱ
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Ⅵ 堕ちる雲

海防艦に副長はいない。駆逐艦・潜水艦も同様である。

戦闘時には、先任の航海長か水雷長(砲術長)、或いは船務長が代行する。


大量生産の“粗悪品”と思われがちなくぐい型海防艦だが、船体はともかく、レーダーやソナーは(量産品とはいえ)一通り揃っており、窮屈ながらも電子機器を完備している。


ところで、藍原彗一あいはらすいいちは、船務科・船務士に任じられている。

“船務科”は情報・電測・通信から、船体消磁・航空管制・電子機器整備まで幅広く行う科である。

そして“船務士”は、船務長の下に就き、情報・電測・船体消磁を担当する。激務であり、小型艦とはいえ楽な仕事ではない。しかし、国防大学に進まなかったのが不思議なほどの好成績を叩き出した藍原が任じられるには、妥当な役だと言えた。


『K12号』の乗務員は少ない。だからこそ、一人一人の士官の任務もそれなりに多い。まぁ、精々沿岸警備にしか出撃しないため、楽といえば楽なのだが。しかも、海防艦の主兵装メインウェポンたる爆雷や対潜魚雷、それにソナーは砲雷科の担当である。


それと比べれば、艦が沈没すれば真っ先に黄泉行きの機関科などと比べてもマシだろう。


しかし、台湾派遣艦隊(第一一艦隊)が来航してからは、特に出撃もなく、第二一警備戦隊群は暇であった。補給科の連中が騒ぎ出していないところから見ると、出撃命令もまだなのだろう。






第二一警備戦隊群と第一一艦隊は、共に高雄たかお港を母港としていた。大部分が、台湾のコンテナ港となっていたが、一部が日本帝國に引き渡されていた。

そして、“高雄警備司令部”と命名され、嘗ては“警備府”と呼ばれていたこの地は大きく変わっていた。


台湾民主連邦は、日本を含むアジアオセアニア連合(UNAO)諸国との貿易に熱心だった。日本を見習い、海洋貿易国家となる算段だろう。


警備HQの敷地内には、様々な建物が乱立していた。いかにも高級な建物もあれば、武骨な建物もある。


ここ高雄には、警備HQのすぐ横に大規模な航空基地――高雄航空基地が存在する。

フィリピン攻略戦で大いに活躍した基地である。四発の爆撃機も楽々運用できる規模で、“X”の字の形をした滑走路もある。


要するに、それなりの規模を誇る基地であり、フィリピン攻略時にも、ここ高雄港に大輸送船団が集結していた。それをエスコートする艦艇の中には、今は亡き戦艦『長門ながと』と『陸奥むつ』の姿もあった。


そんな日本帝國にとっては思い出深い施設だが、そう遠くない未来、台湾に返還されるだろう。


それはともかく、兵舎の一室で、藍原彗一は目を見開いていた。

船務長から口頭で伝えられた情報は、彼の横で座り込んでいる雪丘奏深ゆきおかかなみとサリアの首を捻らすには、十分な内容だった。

もっともサリアの方は、全く理解できなかったからの“首を捻った”なのだが。



「『瑞穂みずほ』が第二一警備戦隊群(ウチ)に配属されるらしい」


「『瑞穂』?……ああ、あの水上機母艦の?」


「あぁ……少し違うが」



『瑞穂』は基準排水量11,000トンの水上機母艦で、1939年に就役した旧式艦だった。本来なら、戦争の終結とともに除籍されるなりする予定だったのだが、予定が大きく変わった。

回転翼機ヘリコプタの登場である。

国防海軍は、ヘリを水上機に代わる“航空戦力”として期待していた。特に、対潜哨戒機としての期待が大きかった。その場にホヴァリングで留まれ、滞空が可能なヘリコプタは、優秀な対潜システムの一部となり得る。


しかし、ヘリはまだまだ発展途上の兵器であり、操縦も難しい。ましてや、航行中の軍艦の甲板で離着陸するのは困難を極めた。かといって、停船していては潜水艦の的になるだけである。


そこで、国防海軍が目を付けたのが、空母である。広大な飛行甲板を持つ空母からの離陸(発艦)なら、それほど難しくはない。しかも大型空母なら、最低でも基準排水量30,000トンを超える巨艦である。揺れも少ない。

しかし、問題もあった。回転翼機と艦載機(固定翼機)の同時運用は、整備士にとっては苛酷である。

さらに艦載機の噴式ジェット化により、整備はさらに難しくなっている。


ならばいっそ、ヘリ運用専用艦を造れば良いのではないかという意見が出たが、予算の収得が難しい。単一目的のために軍艦を新造するのは、コスト・パフォーマンスが悪すぎる。


が、人間、追い込まれると妙案を思い付くものである。

ちょうどこの頃、国防海軍は、中型空母の揚陸艦への改装を進めていた。

この中型空母は、ジェット機を運用するにはサイズ的に不都合で、扱いどころが難しかったのだ。

そこからヒントを経て、“無用の長物”となりかけていた水上機母艦に、白羽の矢が立ったのだった。






戦時中に『千歳ちとせ』を始めとした水上機母艦は、多くが軽空母に改装されたが、中にはそうならなかったフネもいる。

『瑞穂』はその代表だった。彼女は海上護衛総隊に配備され、対潜掃討や水上機輸送に従事していた。

フロートを装着している水上機は、普通の航空機からすれば“格下”と見られがちだが、日本帝國には“晴嵐せいらん”や“藍嵐あいらん”(三式戦闘機“飛燕ひえん”の水上機ヴァージョン)などの戦闘爆撃機を始めとする、優秀な水上機が数多く存在していた。

需要は十分あったのである。

現に『瑞穂』は、水上戦闘機(水戦)“強風きょうふう”を搭載し、防空任務までこなしていた。

が、流石に1950年代に入ると、水上機の価値は減少していった。


そこで、『瑞穂』は回転翼機母艦、つまり“ヘリ空母”に改装されたのである。






「すごいねぇ……いいじゃん」



口笛を吹き、雪丘奏深は手を叩いた。

彼女は空軍のパイロットだったが、実家のコネ(・・)をフル活用して、半ば強引に海軍兵舎に乗り込んでいた。



「良くないさ」



藍原彗一は否定した。



「僕らは、コイツ(・・・)が必要な戦場トコに行かされるのかもしれないし」



「大丈夫だよ」



雪丘奏深は否定した。



「絶対にならない。必ず、絶対に(・・・)そうはならないから」






雪丘奏深ゆきおかかなみ

彼女は元犯罪者(・・・・)

罪状――“拉致監禁”。


藍原彗一を想うあまり、凶行に走った少女である。


もっとも本人曰く拉致監禁など序の口(・・・)だそうだが。


雪丘奏深は“狂人”だった。

自称“変人”の“狂人”だった。

そう周囲に思い込ませている(・・・・・・・・)“狂人”だった。





・瑞穂型回転翼機母艦『瑞穂(みずほ)

 基準排水量11,000トンの水上機母艦だったが、回転翼機母艦に改装されている。千歳型の準同型艦。千歳型と違って空母に改装されなかったが、近代化改装により、速力が上昇している他、旗艦機能を備えている。搭載機一八機。


*史実では、太平洋戦争初の戦没“軍艦”となりましたが、今作では沈んでおりません。




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