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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第1章 嵐の中の静けさ Ⅱ
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Ⅴ 霧笛の音は風の色

第四水雷戦隊旗艦『酒匂さかわ』の戦隊司令室に、一人の女性が座りこんでいた。それも、デスクに足を投げ出し、長い脚を組んでいる。

どう見ても女性、それも少将の肩章を付け、純白の国防海軍士官服に身を包んだ麗人の行為ではない。が、なぜかそれが異様に様になっていた。


四水戦(第四水雷戦隊)戦隊司令蛍森(ほたるもり)水無月みなづき提督は、余裕綽々――ふてぶてしいと言えなくもない――とした雰囲気で、目の前にいる青年と、少女を見つめていた。


一方、呼び出された青年、藍原あいはら彗一すいいちは、軍帽を脇に挟んだ姿勢で立っていた。

その表情は、浮かぶ疑問を隠そうともしていない。


藍原の所属は、第二一警備戦隊群・第二〇五警備戦隊『K12号』である。

警備戦隊群は、原則的には派遣(展開)または配備先の司令部(HQ)直轄となる。駆逐艦だろうが海防艦だろうが、回転翼機母艦だろうがそこは変わらない。理由は単純で、防衛艦隊と警備戦隊群はその任務が全く異なる。

いざとなれば、地球の裏側まで出征できる防衛艦隊と異なり、警備戦隊群は、沿岸警備が主任務である。シーレーンの警備や船団護衛も、各部隊により管轄海域が事細かく決められているため、一つの部隊が何日も大航海するわけではない。つまり、交代交代で警備するのだ。


駆逐艦も海防艦も、御世辞にも“足が長い”とは言えない艦種であり、特に警備戦隊群所属の艦は、航続距離など度外視した設計をして低コスト化と量産性の確保を図っている。その代わり、対潜兵装は強力なのだが。

藍原の乗艦である『K12号』も、新型の対潜兵装を搭載している。潜水艦から悪鬼の如く忌み嫌われるのは必至である。

もっとも海防艦の中には、“浮かぶ砲台”という意味で、船体に見合わぬ規模スケールの巨砲を乗せている“風変わり”な艦もあるのだが。


言ってみれば、“母港”からさほど離れないのが警備戦隊群の艦艇だ。だからこそ、指揮は地元に一任される形となっている。


要するに、藍原が蛍森に呼び出されることは普通あり得ない。指揮系統が異なるからである。いくら将官とはいえ、自分の指揮下に無い者を、それも“己の城(きかん)”の司令室に呼び出すことはしない。というより、そんなことをするモノ好きはそうそういない。


ましてや藍原は一介の少尉に過ぎない。少将と少尉が一対一(サシ)で向かい合っていることも、ある意味普通の光景ではない。

ちなみに、藍原と蛍森は初対面――少なくとも藍原からすれば――である。


さらに、ヤクザの若頭のような姿勢をとっている蛍森の横にいる少女が、藍原をさらに混乱させていた。


其れは、少女だった。黒い長髪に、褐色肌の少女で、どう見ても日本人ではない。

彼女は、どう見ても着慣れていない帝國国防海軍将兵服乙(女性用)を着込んでいた。


帝國国防軍の軍服は、帝國軍とは大きく違っており、今風にいえば実用的かつスタイリッシュなものとなっている。それは国防海軍も例外ではない。具体的に言うと、色は上下ともにライトブルー。上から鉄帽ヘルメットを被れるよう、キャップ仕様の帽子には、二匹で対を成すイルカが刺繍されており、胸には錨マーク、そして配属艦名と艦種番号が刺繍されていた。


ちなみに国防海軍は米海軍などに倣い、艦番号はアルファベットと数字を組み合わせている。

少女が着込んでいる其れには、“BC-304 SAKAWA”と刺繍されていた。

なお、“BC”は日本独自の艦種記号で、“巡洋艦”を意味している。


このようなシステムが導入されたのも、日米が相互協力しながら平和維持に努めるためだ。


つまり、少女は『酒匂』の将兵服を着込んでいた。

が、雰囲気から察するに、ここの乗員ではないだろう。何というか――潮気が無い。


暫くして藍原は、少女が、先日『K12号』の甲板で、『酒匂』を眺めた時に認めた少女であることに気付いた。






「……で?」


「あ、うん」



藍原が言うと、蛍森が軍帽をはずしながら藍原を見つめた。



「来てもらって悪いね、藍原クン。まぁ、巡洋艦見学が出来たってことでチャラにしといて」



感謝の欠片も、労わる気もゼロな言い回しだったが、藍原は全く気にした様子もなく、頷いただけだった。



「ちと古いし小さいが、まぁ……悪くないでしょ」



確かにこの時期、水雷戦隊旗艦に拘った阿賀野あがの型は古いかもしれないが、一応戦闘中枢(CIC)なども搭載した新世代艦である。まぁ、太平洋戦争開戦(1945年)前に就役しているから、古いといえば古いが。

サイズも古い言い方なら“軽巡洋艦”であり、大淀おおよど型や天塩てしお型などと比べると一回り小さい。当然、航空巡洋艦や大型巡洋艦にも劣る。



「で、用件だけどさ……このコ、預かってくれない?」


「……はぁっ?」



藍原は大口を開け、提督を見つめた。



「いやね、このコ、記憶が無いのよ……先日、“蒼洋”からの報告を聞いてこのコ釣ったんだけどさー……国籍も住所もまったく不明。漂流してた理由も不明。えーと、まぁ、あれだ……“アンノウン”ってぇヤツ」



ペーパーをつまみ、其れを見ながら、やる気のない声で蛍森は淡々と言う。



「だからといって、保護施設にブチ込む気にもなれないし……『酒匂』にも置いとけない。此処だけの話、ウチら(・・・)がやってきた理由ワケって、“海賊狩り”なのよ」



其れを聞いて、藍原は内心ギョッとした。

任務の内容ではなく、“其れを藍原に話した”という事実にだ。


“海賊狩り”が何を指すかは知らないが、そこらの盗人相手ではないだろう。大体、水雷戦隊と航空戦隊、さらに戦艦部隊(遊撃戦隊)を引き攣れて、唯の(・・)海賊狩りなわけがない。

それ以前に、本当の海賊狩りなら、それこそ警備戦隊群やSPOの管轄である。

以前、ボートに乗ったゲリラを掃討した時にも『K12号』に乗り込んでいた(というより、機銃掃射に加わっていた)藍原には、その程度の知識はある。


どう聞いても“軍機(軍事機密)”の類である。



「いいのですか?自分に話して」


「良いわけ無いでしょ。ハイ、黙っててやっから引き受けなさい」



あっさりと言われ、藍原は肩をすくめた。



「でも、なぜ自分なんです?」


「君、“変人”でしょ?浜ちゃん……浜北クンから聞いたよ」



乗艦の艦長の名を出され、藍原は盛大にため息をついた。



「自分は普通ですよ」


「普通の少尉は、少将相手に肩をすくめたり、ため息ついたりしないしょ」



正論を言われ、藍原は再び黙りこむ。



「“アンノウン”の相手にゃ“変人”が似合うわー」


「そうですか」



突然、少女が藍原の目の前までやってきた。



「サリア。サリアって名乗ってます(・・・・・・)。宜しく」


「ン、藍原彗一。甚だ不服だけど、何とかなるさ」



挨拶を交わし、二人は握手をした。






余談だが、同時刻、『酒匂』のCICでは、電話機を取り上げた四水戦先任幕僚(先任参謀のこと)の中佐が、浜北はまきた岳志たけし『K12号』艦長に電話越しに平謝りしていた。

それを『酒匂』副長や幕僚が、何とも気の毒そうに眺めていた。



「まったくあのヒトは……管轄が違う部隊から、わざわざ短艇ランチまで寄越して人を呼ぶだなんて……何考えてるんだ……」



受話器を置きながら、先任幕僚霧水(むすい)はな中佐は頭を抱えていた。






凪風(なぎかぜ)型駆逐艦

 基準排水量4,300トンの大型汎用駆逐艦。多数の誘導弾を搭載しており、対潜兵装・防空システムも充実している最新鋭の駆逐艦。現在量産中で、最終的には三六隻が就役する予定。




島風(しまかぜ)型駆逐艦『島風(しまかぜ)』・『磯風(いそかぜ)』・『峯風(みねかぜ)』・『潮風(しおかぜ)』・『波風(なみかぜ)』・『海風(うみかぜ)

 基準排水量2,800トンの駆逐艦。最高速力四〇ノットの超高速駆逐艦だが、量産性に難があり、六隻の建造で打ち切られている。帝國国防海軍最後の重雷装艦でもある。




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