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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第1章 嵐の中の静けさ
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Ⅳ 青になりかけの信号機

水平線の彼方から、一隻、また一隻と黒いシルエットが見えてくる。


藍原彗一あいはらすいいちは、同僚達とともに、帝國国防海軍士官服を着込み、その様子を見守っていた。



「一体どうして、こんな時期に艦隊が台湾に派遣されるんだ?しかも噂によると、一防艦(第一防衛艦隊)と二防艦(第二防衛艦隊)から、抽出された戦力だそうじゃあないか」



潜水艦隊を除く、戦闘部隊のほぼ全てが集まり、編成されたのが第一・第二防衛艦隊である。


第一防衛艦隊は、就役したばかりの核動力航空母艦『聖鳳せいほう』を含む航空戦隊群を中心に編成されている。配属されている空母は、航空戦・対地支援用の大型空母だけで一二隻。護衛エスコートや支援艦艇も充実しており、今や帝國国防海軍の代名詞となりつつあった。


一方で、第二防衛艦隊は、対潜哨戒任務の中型・小型空母と戦艦部隊・水雷戦隊群を中心に編成されている。主役の顔は一防艦に譲っているが、それでも強力な艦隊だった。


もっとも、戦艦や水雷戦隊の価値が低下――というより変化・・した現在では、二防艦は、そう遠くない将来、巡洋艦を主体とした高速遊撃艦隊に再編成されるのではないかという噂が、士官・下士官。兵問わず囁かれていた。


一防艦にしろ二防艦にしろ、潜水艦隊に並ぶ帝國国防海軍の花形であり、つまりはそれだけ装備や人材も優れている。

もっとも、藍原達“対潜屋”が劣っているわけではなく、寧ろ日本帝國の地理と方針(島国で海洋貿易大国)から考えると、警備戦隊群こそ皇国の楯と公言して憚らない者もいる。


何にしろ、太平洋戦争が終結し、対ソ戦も終結した今、日本帝國の大艦隊が、矛先を向けるべき相手は存在していない。


しかし、中華大陸の動乱や、赤色共産主義革命(ソヴィエドの亡霊)が世界を覆っている今、日本帝國は、アジア・オセアニアの平和を護ることを強要させられた。

だからこそ、帝國は未だに大戦力を保有しているのだ。






しかし、そんな戦力を台湾に送ることに、蝉林せみばやし津具樹つぐきは疑問を持っているようだった。

が、そんな彼の横で藍原は、興味なさげに鼻を鳴らした。



「知るかい。大方、シンガポールで赤色運動でも起こったんじゃないか?」


「いっつもそうだな、お前は。戦争になれば、死ぬのは俺たちなのに……お前は興味が無さ過ぎる。いや、それとも俺がおかしいのか?」



いつも通りの問答に、藍原は心中でため息をついた。


蝉林津具樹は自信が無い。

彼は全く自信を持たない(・・・・・・・)

常に、自分が間違っていること、自身が異常であることを疑っている。

その癖、オドオドしたり、流されやすい、ということはない。

蝉林津具樹は、藍原彗一・雪丘奏深ゆきおかかなみ同じように変人だった(・・・・・・・・・・)



「勘繰ったところで仕方が無いだろう?一介の少尉に何をしろというんだ?しかも、第二国防高校海軍部ニコウカイを出たばかりの新人に」


「一応は実戦経験者だろうが」


「実戦?ゲリラのボートに、機銃撃ちこんだアレか?」


「いや、ソ連の潜水艦を沈めた奴」


「馬鹿言うなよ」



藍原は小さく吹き出した。



「沈めたのは砲雷科(一分隊)の連中だろう?僕たちじゃあない」


「いいじゃないか、引き金(トリガ)を引いたか引かないかは些事さ。大切なのは、その“空気”を吸ったかどうかだ。その瞬間の“空気”に触れることだ。

いや、違うのか?やっぱり違うのか、俺がおかしいのか?」


「さぁ」


「おい、来たぞ」



藍原と蝉林の間に、もう一人が割り込んできた。

つられて二人が見ると、シルエットがくっきり見える程近付いた軍艦を視認できた。



「四水戦(第四水雷戦隊)か……ということは、あれは『酒匂さかわ』だな」



四水戦。帝國国防海軍に四個しかない、水雷戦隊の一つ。阿賀野あがの型巡洋艦『酒匂』を旗艦とする、駆逐艦六隻を率いる戦隊である。

水雷戦隊は、元は魚雷戦による敵部隊殲滅が主任務だが、現在は、対艦誘導弾と誘導魚雷を駆使したコンパクトな高速機動戦闘が主任務となっていた。

レーダーの発達で、魚雷の射程内まで敵に(気付かれず)接近することが不可能となり、「敵と差し違えようとも大物を屠る」指針を、“人命軽視”として変換してからは、帝國水雷戦隊は大きく形を変えた。


駆逐艦の主力が、魚雷兵装よりも防空・対潜哨戒に重視した設計になっていくことが、それに拍車をかけた。要するに、対水上艦艇用の魚雷を、潜水艦以外のフネが乗せることが疑問視されるようになったのだ。


重雷装艦である島風しまかぜ型駆逐艦は、量産性が低いこと、そして何より秋月あきづき型・弓月ゆみづき改秋月かいあきづき)型防空駆逐艦などの量産が優先されるようになり、僅か六隻で建造が終了した。


そのため四水戦に配備されている駆逐艦は、改装されたとはいえ、少々旧式化が進んでいる陽炎かげろう型駆逐艦である。もっとも、四水戦の陽炎型は改装を受け、対艦誘導弾を含む新兵装を装備しているはずだから、その戦闘力は無視できない。腐っても、陽炎型は日本が誇る名鑑だった。


しかし、藍原達からしてみれば、陽炎型駆逐艦ですら、基準排水量2,000トン近い。乗艦と比較すれば十分大型艦である。






もっとも、藍原達が四水戦を――四水戦だけ(・・)を注目しているのは、『酒匂』や陽炎型駆逐艦が理由ではない。

戦隊指揮官だった。



「さて、どうするのかねぇ、あの“鯱姫シャチヒメ”様は」



先程、藍原と蝉林の間に割り込んだ少尉が、ニヤリと笑いながら呟いた。


“鯱姫”こと蛍森ほたるもり水無月みなづきは、四水戦指揮官であるが、彼女・・は帝國国防海軍では有名だった。

国防海軍に女性軍人は珍しくないが、大抵、彼女達は(なぜか)空母航空団搭乗員(パイロット)か潜水艦勤務を志望する。


そんな中、蛍森提督は、女性の人気が壊滅的にない“水雷屋”を志し、しかも、現場肌の人間として地位を築いていった。駆逐艦、それも水雷戦隊配属のフネに乗り込む女性は本当に少ない、というよりいないのである。

結果、彼女は水雷戦隊唯一の女性提督となり、ついた渾名が“鯱姫”。その指揮ぶりは、最先任の一水戦(第一水雷戦隊)を任されても良いとすら言われている。

しかし、帝國国防海軍一の“変人”という噂もあり、四水戦指揮官に甘んじている。






「……ん?」


「どうした?」


「……いや」



そんな提督が乗り込んでいる(はずの)『酒匂』を見つめていた藍原彗一は、小さく首を捻った。

『酒匂』以下、戦隊構成艦艇は、後ろに控えているであろう航空戦隊に追い立てられるかのように、湾口内にその身を滑らせていく。

そして、もはや細部まで詳しく確認出来る程近付いてきた『酒匂』に、藍原は違和感を覚えた。

一瞬、小さな少女が見えた気がしたが、藍原はすぐに首を振った。



――いるわけない、褐色肌の女の子なんて(・・・・・・・・・・)



藍原は再び、『酒匂』の巨大な船体に目を向けた。






・阿賀野型巡洋艦『阿賀野(あがの)』・『能代(のしろ)』・『矢矧(やはぎ)』・『酒匂(さかわ)

 基準排水量6,700トンの巡洋艦。水雷戦隊旗艦用として建艦された巡洋艦だが、防空艦としての機能も持ち、通信設備も充実している。また、対艦誘導弾も搭載している。が、帝國国防海軍は水雷戦隊自体を縮小しているため、四隻の建艦にとどまっている。





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