Ⅱ 蒼穹を駆ける恋人
今作における細かい設定は、少しずつ表記していくつもりです。
「スイ君」
名前を呼ばれ、藍原が振り向くと、銀色の帝國国防空軍将校服を着込んだ少女が立っていた。少尉の肩章をつけている。
「あれ、今飛んでるのは君じゃなかったか」
「違うよ……私は今日は非番」
雪丘奏深は、笑顔で首を振った。それほど長くない、艶やかな黒髪が揺れる。
名家の令嬢なだけはあり、その立ち振る舞いは清楚で、様になっていた。
「どうだい、台湾の空は」
「悪くはないかな。本土から飛ばされたのは気に喰わないけど、御蔭でイイ整備員を引っこ抜けたよ。内地と比べて、ここの航空基地は本格的とは言い難いから」
雪丘は後方――基地方面――を指差しながら、藍原に近付いて手を取った。
「それに、スイ君も来てくれたからね」
恋人と離れるのは大変だし、と雪丘は呟いて、藍原を見つめる。
元華族の家を飛び出し、中国で紅軍(旧共産党軍・現中華人民共和国)機を叩き落していた少女は、藍原をひたすら見つめていた。
いつものことなので、藍原は気にせずに言葉を紡ぐ。
「君はまだいいさ。僕なんて、アレだぜ?」
藍原はそう言って、停泊船のうちの一隻を見つめた。
帝國国防海軍色に塗装された小型艦が、静かに錨を下している。
「あぁ、あれが手紙に書いてた……え~と、『K12号』だっけ?」
旧帝國海軍には、“海上護衛総隊”という、海上航路防衛専門の部隊が存在していた。
それは、戦後は帝國国防海軍の設立と同時に海軍組織から外され、“海上治安維持機構”通称「SPO」に再編された。
合衆国の沿岸警備艦隊と同じようなもので、警備任務に漁業管理・海難事故防止・救助、密漁・不法入国取り締まりなどが加わった組織である。
あくまでも准軍組織であり、統合国軍省ではなく、運輸省の管轄下にある。
しかし、国防海軍に警備任務の部隊が無いわけではなく、対潜哨戒が主任務の警備戦隊群が数十個単位で編制・運用されている。
『K12号』を含む鵠型海防艦は、そんな警備戦隊群、そしてSPO向けに量産されている海防艦だった。
基準排水量920トン。対潜兵装こそ充実しているが、主砲を除く対艦・対地兵装は一切搭載されていない。装備は爆雷投射機や対潜短魚雷発射管、対空・対不審船両用の機銃と、対空誘導弾発射管が一基。あとは、高角砲も兼ねる88ミリ砲が一基のみ。
レーダーやソナーは一応完備されているが、コストダウンのため、駆逐艦に搭載されている新型ではない。
数だけは多く、200隻近くが就役している。
ちなみに鵠型海防艦は、SPOではおおなみ型巡視船と呼ばれている。
そんな、国防艦隊の巡洋艦や駆逐艦と比べれば、どうしても格落ちするフネを、雪丘は興味深げに見つめていた。
「海上交通路確保は皇国の骨子さ。途絶えれば帝國は滅ぶ。だからといって哨戒任務では、大型空母や巡洋艦なんて邪魔になるだけさ。松型や改松型駆逐艦がベスト。それはわかってるんだけど、やっぱりなぁ……せめて旧式の陽炎型でもいいから、警備戦隊群に回してくれないかなぁ……改装すれば、結構使える対潜艦になると思うんだけどなぁ。
君の迅雷はどうだい?」
「いいマシンだよ。まぁ、機動性にちょっと不満が残るけどね……」
軽くため息をつき、雪丘は、上空を乱舞している航空機を見上げた。
四九式戦闘攻撃機“迅雷”
推進式六翅プロペラに垂直尾翼。前進翼が特徴の、双胴式双発戦闘攻撃機である。
現在、先進国の航空機はジェット化が進んでいるが、ジェット・エンジンは航続距離が短くなり、整備も難しくなる。まだまだ欠点も多かった。
そのためプロペラ機、特にターボ・プロップ機は、未だに先進国から消えていない。
この迅雷は、その長大な航続距離と充実した防弾設備・軽爆並みの爆弾搭載量が武器である。対空誘導弾や対艦(対地)誘導弾も搭載できるので、使い勝手の良い機体なのだ。
哨戒任務や偵察任務にも投入され、長距離護衛にも駆り出されることが多い。
国防空軍には、“火龍”や、最新鋭の“震穹”などのジェット戦闘機、果てには“斑鳩”戦略爆撃機などのジェット爆撃機も配備されているが、プロペラ機が消えたわけではないのだ。
一式戦闘機“隼”Ⅲや四式戦闘機“疾風”シリーズは、練習機として未だ現役であるし、他国に輸出され、生産され続けている。
そして今でも、帝國の荒鷲として活躍していた。
・鵠型海防艦
基準排水量920トンの量産型海防艦(沿岸警備艦)。海上治安維持機構(SPO)の主力巡視船にもなっている。強力な対潜兵装を保有している。また、SPOの所属艦はおおなみ型と呼ばれる。
・四九式戦闘攻撃機“迅雷”
プッシャ式六翅プロペラ搭載の双胴型双発戦闘攻撃機。ターボ・プロップ機である。長大な航続距離を生かし、爆撃機や輸送機の護衛任務などをこなす他、軽爆や哨戒機としての任務もこなせる万能機。前進翼で、垂直尾翼を採用している。
*映画『スカイ・クロラ』の染赤のような機体です。