ⅩⅩⅥ 足元を掬われ放られる
T部隊は、中華人民共和国赤色艦隊と交戦に突入していた。
空海合同戦闘と言える戦いで、上空では戦闘機同士による戦闘が行われている。
海防艦『K12号』のCICでは、藍原 彗一を始めとするメンバーが戦況を見守っていた。
とはいっても、戦艦・巡洋艦や空母、戦隊・艦隊旗艦のCICと違い、海防艦のCICは狭いし配備人数も少ない。
が、戦闘中は戦闘中なので、新しい情報が次々と表示されたり報告されたりする。
鵠型海防艦のCICは、艦橋のすぐ下に位置していた。密閉されている空間だ。
装甲に守られてはいたが、その装甲も実用的に意味のある装甲と言えるのかは微妙だ。
直撃弾を受ければ、唯では済まされないだろう。もっともそれは、海防艦全体に言えることではあるが。
一昔前の基準でいえば、重巡洋艦もない補助艦艇同士の“小競り合い”も、これだけの戦闘となれば双方に大きな影響を与える。
つまり、澎湖諸島が南中国・台湾のどちらの手に渡るか、である。
[敵オマハ級巡洋艦、沈みます!]
が、少なくともT部隊は優勢だった。赤色艦隊は急激にその数を減らしていく。
無論、脱落艦が出るのはT部隊も同じだが。
[台湾駆逐艦『高砂』に直撃弾ッ! 落伍します!]
[敵双発爆撃機、爆撃を開始しました――]
直ぐに情報が艦橋に伝わり、各艦が回避行動を開始する。
爆撃コースに入った敵を高射砲や対空誘導弾が狙いうち、“陣風”などの戦闘機が群がっていく。
その時だった。
轟音と同時に、『K12号』の船体が微かに揺れた。
「爆弾が海面に着弾した?……違うかな」
五弓船務長が小さく呟き、CICにいた面々は一斉に口を閉じた。
暫しの静寂ののち、水測室から絶叫が伝わってきた。
[ぎょ、魚雷発射音、三、いや五! 接近します――――]
報告が終わると同時に、艦がぐぐっと揺れた。
先程の音が、『K12号』の左翼を担当していた僚艦『K18号』が被雷した音だと気付いた藍原は、額から流れる汗を拭った。
頭が勝手に回転する。
敵の狙いは此れか。
小艦艇同士の撃ち合いは、海上を縦横無尽に駆け巡っての殴り合いだ。
しかし、戦闘速度で複数の艦艇が動き回れば、海面は騒がしくなってソナーは使い物にならなくなる。
おそらく敵は、澎湖諸島近辺に潜水艦を忍ばせていたのだ。
回転翼機母艦『瑞穂』から発艦した哨戒ヘリは、すでに澎湖近辺で敵潜水艦を撃沈している。しかし、敵潜水艦の数はもっといた。
いや、待ち構えていたのかもしれない。
莫迦な。
藍原は絶句した。
潜水艦は、建造が最も難しい軍艦といっても過言ではない。水上艦と違い、建造のノウハウはあまりにも違いすぎる。
つまり、南中国のみで、このような潜水艦運用を行うのは困難だ。
ソヴィエド海軍の生き残りが、南中国にフネほと亡命した――――という話は聞いていた。
が、それにしても、そうそう簡単に運用できるわけもない。
しかも、現在敵機が爆撃に入っている。つまり――――。
「海空合同攻撃か! 器用なことをするなぁ」
藍原は思わず天井を仰いだ。
普段なら容易い魚雷回避も、爆撃を回避しつつとなると難易度は跳ね上がる。
敵は爆撃で牽制しつつ雷撃で屠るつもりなのか、それとも魚雷で注意を惹いてから空襲する腹だったのかは藍原にはわからないが、真相はどうであれ、『K12号』にとっては脅威だった。
雷撃だろうが爆撃だろうが、喰らえば大惨事を免れない。
「不味い……」
こんな時ですら、眠そうな表情を隠そうとしない五弓 弓尋船務長に、藍原はある意味で感服した。
「浜北の親爺も、さすがにこれは……操舵手の腕にかかっているな……」
が、その声は空しかった。
凄まじい轟音と揺れに、CICにいた殆どのものが転倒した。堪えたのは、五弓中尉だけだった。
「命中したぞ」
他人事のように船務長は呟く。
爆弾が命中したのか、魚雷が命中したのかはわからないが、はっきりしていることはある。
音からして、命中したのは艦尾かその辺りだ。
要するに。
[機関停止、舵破壊! 艦尾から喫水が下がっていきます!]
つまり、後ろから沈みかけているということだ。
[総員、退艦!]
放送が始まり、藍原たちは最低限のもの――書類など――を持って、外に飛び出した。
後に“澎湖沖海戦”と命じられた今回の海戦の結果、南中国は澎湖諸島占領のための水上戦力をほぼ喪失した。日台連合軍の勝利である。
特に台湾海軍は、初勝利ともいえる此の海戦の勝利に覆いに奮起した。
しかし、日台側も駆逐艦・海防艦などに少なくない被害を出した。
そしてこれは、鵠型海防艦の限界点を、ものの見事に体現する結果となったのである。
・陣風
日本初のターボ・プロップ機。艦上軽戦闘機で、二重反転プロペラを採用している。小さいが、あらゆる面で烈風及び紫電改シリーズを上回っている他、空対空誘導弾も搭載可能。噴式機にくらべ小型なため、小型空母でも十分運用できるのが強みである。