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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第2章 戦争という“日常”
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ⅩⅩⅣ 渚の閃光泥のフネ

美浜みはま』から射出機カタパルトで射出された“瑞雲ずいうん”水偵(水上偵察機)一番機コールサイン「常雪とこゆき」は、規定された航路通りに澎湖諸島上空へと向かっていた。


この瑞雲は、太平洋戦争中に空母と滑走路不足を補うため、南洋諸島向けに生産された水上機で、250キロ爆弾を搭載できる水上急降下爆撃機でもあった。


南洋諸島の島々は、全てが滑走路が建築できるほど大きいわけではない。爆撃機は勿論、単発の戦闘機を運用できる小型滑走路ですら、建設できる島は限られている。

それに引き換え、カタパルトがあれば滑走路なしで離陸でき、尚且つ穏やかな海面ならどこにでも着水可能な水上機は、南洋諸島にいくらでもある岩礁内やラグーンに展開が可能だ。

しかも滑走路を整備しなくて済む分、展開は早いし負担も無い。おまけに偽装すれば、喩え米軍の偵察機が飛来しても容易に発見されないし、仮に爆撃されても新たな機体と機材を輸送すれば一時間足らずで再活動できる。

尚且つ離陸と回収が簡単なため、夜間でも運用できる。


どうやら旧帝國海軍には、瑞雲で夜間爆撃隊を編成し、いざとなれば敵空母に夜間爆撃を仕掛ける計画もあったようだ。しかし幸か不幸か、太平洋戦争ではハワイが帝國の手に落ち、太平洋の制海権が帝國に握られたため、瑞雲爆撃隊がエセックス級やミッドウェー級といった合衆国大型空母に突っ込むことは起こらなかった。


しかし太平洋戦争が終戦を迎え、現在南洋諸島の部隊は防衛用の陸軍兵力に戦闘航空団、三個警備戦隊群、そして三航戦(第三航空戦隊『雷鶴らいかく』・『雨鶴うかく』)を主力とした第九艦隊、そして五個潜水戦隊が遠洋訓練も兼ねて配備されているに留まっている。


当然、戦後大縮小された水上機部隊はほとんどが回転翼機部隊に再編されるか、解体された。数少ない生き残りの水上機部隊も、ほとんどが内地か亜細亜方面に配置換えとなった。

この瑞雲を含む第八〇九航空隊もその一つで、搭乗員も南洋諸島を飛んでいたベテランだった。



「機長、対水上電探に感有りです。恐らく水上艦隊だと思われます。

反応は……軽巡洋艦が一、二隻、あとは駆逐艦か水雷艇かと思われます。計三〇程」


「よぅし、捉えた……。恐らくは、南中国(中華人民共和国)赤色海軍に違いねぇ。流石に連中も、澎湖諸島を無視できなかったか」


「どうしましょう……? もっと近寄りますか?」


「連中は商船改造型空母を就役させたという話があるが、そいつは確認できるか?」


「未だ。別働隊がいるかもしれません。輸送船団の可能性が大ですね」



唯でさえ小規模である南中国艦隊の戦闘部隊を、さらに分割運用するのは下策だ。戦力の逐次投入は愚策中の愚策。


そんなことは、“戦略”や“戦術”の二文字とはほど遠い奉職をしている瑞雲パイロットでも承知している。

もっとも古参搭乗員は、新米幕僚よりも軍隊事情に精通しているものだが。


階級編制変更により、空・海軍問わず、そして陸軍の回転翼機パイロットやSPOすら、航空機搭乗員(パイロット)は最低でも少尉以上の階級に任じられるようになった。

もっともだからと言って、給料や待遇が少尉並になったというわけではなく、搭乗員には搭乗員独自の給料制度などがあった。


無論それでも、パイロットの給料が高い、そしてパイロットそのものが選抜部隊だという点には変わらない。


水上機乗りとはいえ、彼らは“ドイツ空軍(ルフトヴァッフェ)も裸足で逃げ出す(と自称している)”帝國国防海軍航空隊だ。


それ以前にパイロットにとって、階級など飾り以外の何物でもない。



「とにかく、接近してみるか」



機長はそう言って、フットバーを蹴った。






日本帝國は欧州諸国の内、イギリス連合王国、ドイツ民主共和連邦、イタリア王国、さらにはトルコ共和国などと集団安全保障条約を含む各種の軍事同盟を締結している。


特にイギリス、ドイツとの関係は蜜月ハネムーンの域に達していた。

彼らにとっては日本帝國は軍事力(特に海軍・空軍)、経済力、技術力、どれをとっても優秀なパートナとなり得る大国だった。


そして戦後、いの一番に日本帝國に接近した組織がある。

他でもない、ドイツ海軍だった。






潜水艦(Uボート)だけ海軍”……そんな屈辱的な渾名を拝命していたドイツ海軍は、技術は兎も角水上艦隊の運用については稚拙すぎた。

戦艦運用は円熟する前に『ビスマルク』やポケット戦艦を失い、戦力と言えば『ティルピッツ』一隻。

空母は何とか建造したグラーフ・ツェッペリン級二隻のみで、おまけに艦載機は空軍所属。

マトモなのは巡洋艦・駆逐艦戦力のみだ。しかし、やはり水上艦隊の骨子は戦艦若しくは空母である。

しかし、そこに日本帝國が参入したのだ。


アメリカ合衆国海軍、イギリス連合王国王立海軍などの強敵を軍門に下した帝國の海軍技術・技量は、文句なく優秀だった。

同盟国となった以上、ドイツがそれを求めたのは当然ともいえる。


日本帝國もまた、原子力を含むドイツの技術力に興味を示していた。ここに、両国の利害は一致したのである。


ドイツが真っ先に求めたのは、空母を始めとする海軍航空分野であった。彼らですら、戦艦の時代が終わったことを悟っていたのだ。

応じた日本帝國は手始めに護衛空母、そして酷使されすぎたため(そして姉妹艦を失ったため)除籍予定だった中型空母『飛鷹ひよう』を譲った。


次に技術者や教導官を派遣し、艦載機も輸出した。

ドイツは瞬く間に、国産空母グラーフ・ツェッペリン級やベルリン級を含む、六隻の空母(内一隻が小型空母)を保有するにいたった。


すでにドイツとイギリスも、日本帝國が仲介を務めることで軋轢も起こらず、友好な関係を維持している。


そして生まれ変わったロシア共和国は、欧州侵攻など全く頭にない。


つまり一応、欧州は平和を維持していた。

しかし、それもフランス共和国が日本帝國に宣戦布告をするまでの話だ。


集団安全保障条約――つまり、二カ国以上に攻め込まれた場合は、此方も二カ国以上で相手取ろう。

そんな関係を、日本とドイツ・イギリス・イタリアは結んでいる。


そして実質的に日本帝國とUNAOは、南中国と共和国の二カ国との戦争に巻き込まれた。

しかも、両方とも日本は“受けて立つ”側の自衛戦争だ。


この時点で、日本帝國は有利である。

今や一方的な主張による侵略行為が、正当化される時代ではないのだ。


共和国は「先に攻撃を受けた」と主張しているが、帝國は耳を貸すことなく、証拠映像を国際連合に提出している。

そしてすでにスウェーデンやハンガリーを始めとする中立国が、証拠映像が正当なものであると認めている。


さっそくイギリスやドイツ、さらにはアメリカ合衆国などがフランスと南中国への経済制裁へと動いていた。






「フランスのカエル喰い野郎共は、一体何を考えているのでしょう?」



ドイツ一の軍港、キール軍港に停泊していた大型巡洋艦『チューリンゲン』の艦橋に、二人の男が立っていた。


話しかけた方は民主共和連邦海軍中佐の階級章を付けている。



「さてな」



長身で細身、一目でゲルマン風だとわかる、大佐の階級章を付けた男がそれに応じる。


『チューリンゲン』副長ヨハン=シュナイダーと艦長オスカー=ウィーヒェルトである。



「我ら欧州十字軍(反ソ連合の通称)は、嘗てあの東洋の大国と共闘し、彼らの技量と技術を学びました。

日本帝國ヤーパンの空母航空隊の技量は円熟の域を越えています。多くのソ連艦艇・戦車軍団が灰燼かいじんに帰しました。

さらに彼らは英国旗ユニオン・ジャックを掲げた戦艦群を水雷戦隊と航空攻撃で撃破し、星条旗スターズ・アンド・ストライプスを掲げた新鋭空母・戦艦群を太平洋に葬り去りました。

あのモンタナ級ですら、『ヤマト』と空襲の前に敗れたのです」


「その通りだな副長」



年季の入った風体の艦長は、静かに首肯した。



「実際我が軍と共和国軍が空母戦力の整備に身を乗り出したのは、ヤーパン空母群の活躍に触発されたのが大きいはずです」


「そうだ。潜水艦の魚雷で陸上は攻撃できん。ミサイルの威力にも限りがある。

まぁ遠くない未来、核を搭載したミサイルが潜水艦に積まれるかもしれんが……」


「ヤーパンの海軍力は凄まじいの一言に尽きます。そして、そのヤーパンの協力もあってドイツ海軍はこれだけの戦力を手に入れる事が出来ました。

デーニッツ大統領も、水上艦隊整備に意欲を見せてくれています。

……そんなヤーパンに牙をむくなど、連中は莫迦なのでしょうか?」



副長の疑念はもっともだった。

単純に考えて、帝國国防海軍(IDNJ)(海外ではIDNJ(=Imperial Defence Navy of Japan)という呼び名が一般的)と共和国海軍の戦力差は圧倒的だ。

尚且つ遠征せず、防衛に徹すればよい日本帝國は、沿岸警備用の近海水上戦闘艇コルベットや国防空軍も使える。


対してフランス共和国艦隊は、コルベットなどの小型艦は補給上の問題で連れて来れない。さらに共和国から帝國まで行く航路上には、幾つもの難所(海象が凄まじく悪い海域)がある。小型艦では容易く転覆するだろう。


おまけにすでに共和国は戦艦『リシュリュー』と巡洋艦『シャトールノー』、新鋭駆逐艦群を喪失している。代償として『葛城かつらぎ』以下駆逐艦を撃沈したが、割に合うか合わないかで言えば合わない。


つまり、共和国本国艦隊に属する改リシュリュー級戦艦『ガスコーニュ』、アルザス級空母、『ベアルン』、そして巡洋艦に駆逐艦・潜水艦しか手駒はない。


勿論本国を空になどできようはずもないから、上記の戦力全てを投入する事も出来ない。


誰もが無謀だと思うだろう。

何しろ日本帝國には一〇隻を超える艦隊型空母と戦艦『大和やまと』、巡洋戦艦二隻、潜水艦群などが健在なのだから。


仮に日本帝國が“攻め”に入ったら、ハワイ占領戦やダッチハーバー攻略戦、ウラジオストック攻略戦などの幾重にも渡る遠征作戦をやってのけた精強な軍隊に押しつぶされるのは必至だろう。


そして日本帝國には揚陸艦隊や陸戦師団、国防陸軍大洋師団(上陸・攻略作戦専門師団)も存在するから、それが可能なだけの戦力を投入できる。


勿論実際にやるかどうかは不明だし、日本帝國からすればフランス本国を占領しても旨味は無い。


が、可能性はゼロではない。楽観は莫迦のすることだ。戦時に置いては尚更と言える。



「しかし、実際にフランスは我が同盟国へと喧嘩を売ったのだ。独日の友好は永久に続くべきものである。無下には出来ん」


「では、我が軍も動くのですか?」


「潜水戦隊はすでに動いている」



ウィーヒェルト大佐の突然の独白に、シュナイダー中佐はギョッとした。



「新鋭艦で固めた部隊だ。潜水母艦も出撃させている。長期的に、共和国に張り付くだろう」


「挑発行為ですよ」


「同盟国に戦争を仕掛ける方が、余程挑発行為ではないかね?」



正論を言われ、若い副長は肩をすくめた。



「今頃ドイツ外務省アウセンミニステーリウムは、日本大使館ボートシャフトと頻繁に連絡を取り合っているのでしょうな」


「恐らくはそうだろう。あの国に恩を売って困る事は無い。ヤーパンは約束を反故にしないからな」



艦長はそう言って、水平線を睨みつけた。






瑞雲ずいうん

 急降下爆撃もこなせる複座の水上偵察機。日本帝國海軍が採用した水上機の中ではもっとも最新である。生産は中断されているが、多くの機体が現役で任務に従事している。



・ベルリン級航空母艦『ベルリン』・『ミュンヘン』

 基準排水量46,000トンのドイツ国産大型空母。日本から譲渡された改大鳳かいたいほう型航空母艦の設計図を元にしており、外見上は改大鳳型と瓜二つ。ドイツ最大の空母でもあり、その性能は高い。搭載機は八〇機。



・ヒンデンブルク級航空母艦『ヒンデンブルク』

 基準排水量24,000トンの中型空母。元は日本帝國客船改装空母『飛鷹ひよう』だが、戦後ドイツに売却された。現在では、強襲揚陸艦も兼ねている。



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