ⅩⅩⅢ 南の海と鋼鉄の鳥
第一二艦隊(インド洋方面艦隊)の中核を成す四航戦(第四航空戦隊)は『麗鶴』・『旭鶴』の二隻の超大型空母で編制されている。
雷鶴型は戦後第一世代、というより対ソ戦終戦前から建造が始まっていた空母だ。大型化の一歩を辿っていた空母技術の結集とも言える艦で、基準排水量76,500トンの戦艦以上の巨艦である。改大和型(武蔵型)空母での技術が大いに生かされ、戦艦以上の強靭な防御装甲と高速(最高37ノット)を誇る、世界的にも最優秀な空母と言っても過言ではなかった。
もっともその直後に世界初の核動力推進空母聖鳳型が就役を始めたが、それでも強力な戦力であるという点では違いない。
四隻建造され、これに聖鳳型二隻が加わっているため、帝國には当分大型空母建造の予定はない。次世代中型(小型?)空母である煌鳳型の建造も始まっている。
空母に限らず、艦艇の世代交代は精力的に進められているが、流石に空母のような大型艦はおいそれと建造できない。そのため大鳳型や改大鳳型空母も、まだまだ現役に留まる予定だ。
暫くは帝國の空母は聖鳳型・雷鶴型・改大和型ら超大型空母八隻。改大鳳・大鳳型ら大型空母五隻、煌鳳型中型空母四隻の一七隻体制を整える予定である。
これに回転翼機母艦や小型空母、揚陸母艦兼用空母が数隻ずつ加わる。
帝國の空母保有数は今のところ世界で二位だ。
世界一位のアメリカ合衆国海軍は核動力推進空母を日本帝國に送れること一年で就役させ、その後続々と就役させている。具体的には80,000トンクラスのユナイテッド・ステーツ級核動力推進空母四隻を中心に、フォレスタル級、ミッドウェー級、エセックス級合わせて艦隊型空母を一九隻を保有している。
これに加え、インディペンデンス級軽空母を八隻保有している。さらに合衆国海軍は、巡洋艦にも核動力を取り入れつつあった。
イギリス連合王国王立海軍は核動力推進潜水艦は就役させたものの、核動力水上艦には興味を示していない。
ロシア共和国は敗戦により戦力を限定されつつも、通常動力ながら大型空母の就役に動いていた。
ドイツ民主共和連邦は日本帝國より空母を購入し、国産空母建造に熱意を注いでいた。
そして日本帝國との戦争状態に突入したフランス共和国海軍はというと、空母戦力はそれ程でもない。
戦艦改造の急ごしらえ的なアルザス級空母『アルザス』・『ノルマンディー』、同じく戦艦改造でしかも練習艦扱いの旧式空母『ベアルン』、そして中型空母『ジョッフル』くらいである。後はアメリカが売却したインディペンデンス級軽空母や護衛空母が数隻あるくらいである。
アルザス級は基準排水量43,000トンの戦艦改造空母で、元となった戦艦が(建造途中の)最新鋭艦だっただけに最大31ノットと健脚だが、搭載機数は五〇機前後である。これはイギリスの装甲空母に倣い、防御装甲を強化しすぎた弊害だった。
『ジョッフル』は基準排水量20,000トンの中型空母で性能的には悪くないが、所詮は中型空母であり、搭載機数はやはり少ない。
仮にアルザス級二隻と『ジョッフル』が出撃してきても、四航戦やセイロン島の戦術航空師団だけでも十分対応可能だと思われた。
幸いなことに、セイロン島方面軍は錬成軍も兼ねており、それは海軍とて例外ではない。四航戦には、最新の機体を装備した航空団が展開していた。
さらにこの時ちょうど、未だに練習巡洋艦として現役だった香取型巡洋艦『香取』・『鹿島』・『香椎』で編制された第一練習戦隊が、遠洋航行訓練のためにセイロン島トリンコマリーに来航していた。
練習戦隊は佐世保の教育総隊に属する訓練専門部隊で、主に練習艦で編制されている。
練習艦には大抵、第一線から身を引いた旧式艦が改装を受けて配属されるが、香取型は当初から練習艦として建造されたフネである。コストを抑えるために商船構造を採用しているので、武装や性能は旧式巡洋艦と比較しても見劣りする。が、“練習艦”ということで最新鋭の電探を始めとする電子装備が三隻には搭載されていた。
そのため、いざとなれば後方支援任務ならこなせる。
無論中華人民共和国そしてフランス共和国と開戦した時点で、帝國は第一練習戦隊を含む全ての部隊に警戒態勢を取らせているから、慌てて訓練用模擬弾をぶっ放すなどという間抜けな事態は起こらない。
最前線に配備・展開している錬成部隊は、大抵現地の防衛や哨戒任務も帯びている。完全に実弾を非装備の錬成部隊は、内地の一部くらいなもので、日本列島配備のの錬成部隊ですら、国境付近(千島や対馬・佐渡島など)の部隊はいざという時に備え、訓練中も(フル装備ではないが)実弾を装備している。
セイロン島には帝國国防空軍の戦術・戦略航空師団の他に、錬成航空団所属の第〇五錬成航空隊が展開していた。
日本帝國国防空軍では、錬成航空隊には〇番台の番号が振られている。「五錬空」と略称されるこの部隊は、噴式機を中心に装備している。
具体的に言うと、噴式戦闘爆撃機火龍乙型(複座型)やすでに新鋭機とは言えなくなった初期の噴式機橘花、震電改Ⅰ型(二五〇〇馬力級)などを装備していた。
橘花は試作機としての趣が強く、実戦に使用されたことはない。そして火龍や震電改も、すでに後続機や改良型が就役しており、生産も順調に進んでいる。そのため、現存機のほとんどが練習機として使われるか、他国に輸出されていた。
ちなみに現在帝國国防空軍は富士重工に依頼し、噴式中等練習機を開発中である。正式採用の際は、“初鷹”の名で採用が決まっていた。
「ふぅ、今日もよく飛んだなぁ」
ほくほく顔でコロンボ合同航空基地第三滑走路に着陸した震電改より降りて来たパイロットは、さっそく移動と整備に取り掛かった整備員と挨拶を交わして軽い足取りで歩いていった。
「空ぁいいねぇ~。キレイだし、青いし……」
青年、月見凍壬はのんびりと歩きながら、大きく伸びをした。
「しっかし、まさかセイロンに来ることになるたぁなぁ……。
彗一や津具樹、元気にしてるかなぁ……。あいつ等、なんでフネにいったのかねぇ、フネなんて、飛行機と比べたらずっと鈍いし……泳いでるだけじゃあないか」
海軍少尉月見凍壬は小首を傾げ、兵舎の方に歩いていった。
海軍少尉である月見が、帝國国防空軍五錬空に所属しているのには理由がある。
それは、国防空軍戦術航空軍と国防海軍空母航空団の関係に起因していた。
実は戦術航空軍所属のパイロットは、洋上航法や空母離着陸訓練も受けているのである。
その理由は単純で、いざという時、国防空軍パイロットを空母航空団に派遣できるようにするためだ。
国防空軍と国防海軍は、戦闘機や攻撃機、偵察機や早期警戒機などの機体については、効率化とコスト削減のために共同開発を行っていた。そしてすでに、共同開発の結果就役した機体の配備は順調に進められていた。
無論全ての戦闘機や攻撃機が共同開発されているわけではない。空軍には空軍の、海軍には海軍の運用目的がある。
例えば空母から発艦させるためには、大型すぎる機体や重すぎる機体では駄目だ。さらに航続距離の問題もある。邀撃専門機では航続距離が短すぎて、空母での運用には向かない。邀撃専門と割り切るなら話は別だが。
戦闘機や攻撃機などについては着艦鉤が装備されていることを除けば、細かい構造を含めても空・海軍機にそれほど違いはない。名称が違うくらいである。
しかも、最前線の基地でも交換キットがあれば、すぐに空軍機を海軍機に改造できる。その逆も当然可能である。
両軍の開発・研究機関が一体化すれば効率は上がるし、わざわざ別の機体を開発・生産するよりはずっとコストが削減できる。
帝國国防空軍は、元を正せば旧帝國陸軍航空隊と旧帝國海軍基地航空隊の血を受け継いでいる。大元が同じなのだから、仕事も一緒にしてしまおうというのはある意味当然の結論だった。
こうしておけば最悪、空母航空団が壊滅的打撃を被っても、戦術空軍から引き抜いて迅速な補充が可能となる。
その逆も然りで、空母航空団を陸に揚げて戦術空軍の穴埋めや共同作戦が行える。作戦運用上も、別々の機体を採用しているよりは遥かに(現場や補給などの)負担が少ない。
そんな理由で、帝國国防空軍の錬空(錬成航空隊)には海軍人、帝國国防海軍の錬空には空軍人が数割配属されているのだ。“交換留学”のようなものである。同じ戦闘機乗りでも、海軍所属か空軍所属ではだいぶ運用方法や環境が異なるのだ。
勿論他にも、双方が歩み寄る事によって無駄な軋轢をなくそうという目的もある。国防空軍と国防海軍航空隊が予算をめぐって対立しているのもまた事実だからである。
月見が兵舎に戻った後、第三滑走路に新たな機体が牽引されてきた。
それは、帝國国防空軍将兵にとっては馴染みの深い機体、景雲改だった。ターボ・プロップエンジン搭載の高速偵察機である。景雲改乗務員は二人である。この機は五錬空所属だが、性能や装備は実戦部隊に配配備されている景雲改と大差ない。
国防空軍には未だに、“双発噴式偵察機”が配備されていないのだ。国防海軍は一足早く新型噴式偵察機を採用したが、国防空軍での採用は見送られていた。
噴式機はレシプロ機やターボ・プロップ機より航続距離が低い。
国防海軍の場合、配備される場所――つまり空母――自体が移動すればどうにでもなるのだが、陸上航空基地に配備される国防空軍では如何ともし難い。偵察機にとって、活動範囲が狭い事は大きなマイナスである。
大型爆撃機を流用した戦略偵察機は保有している。当分はそれで十分ではないか――と国防空軍は考えていた。確かに景雲改は時速700キロ以上を誇る高速機であり、噴式機以外なら振りきれる。航続距離も及第点だ。
軽い点検が済むやいなや、景雲改三番機は搭乗員二名を乗せて離陸した。
・火龍乙型
噴式戦闘爆撃機火龍の複座型。練習機用のⅠ型と、機首に五七ミリ砲を搭載した対地襲撃機用のⅡ型、さらには連絡機用のⅢ型がある。
・橘花
帝國初の噴式機。試作機としての趣が強く、生産数も限定生産であるため二桁台にとどまっている。現在ではそのほとんどが練習機として錬成航空隊に配備されている。
・香取型練習巡洋艦『香取』・『鹿島』・『香椎』
基準排水量5,890トンの練習巡洋艦。商船構造のため性能は低く、武装も貧弱。だが本来の運用目的は練習艦であり、実戦に出ないのなら十分な性能を持っている。現在は帝國国防海軍艦艇の中でも古参に当たるが、数度の改修工事がされており未だに現役。