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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第2章 戦争という“日常”
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ⅩⅩⅡ 三色と紅白の喜劇

フランス共和国との戦争が始まったという凶報は、瞬く間に帝國国防軍全ての部隊に広まった。

作戦行動中のT部隊(台湾水上艦隊)を護衛する第二一警備戦隊群とてそれは変わらず、『K12号』のCICでは船務科員が小声で話し合っている。


現在、警戒態勢は取られているものの、戦闘態勢命令は出されていない。よって、私語を交わしても特に問題はない。常時警戒・私語厳禁は軍人だろうが誰だろうが不可能である。


しかし、藍原彗一あいはらすいいちを含む士官・将兵らは今一つ実感がわかなかった。


それもそのはずで、フランス共和国は欧州の国家である。植民地も日本近辺のものはすでに失っている。

そんな状態で開戦と言われても、今一つ危機感がわかない。


そもそも“戦争”というからには交戦するのだろうが、一体何処で交戦しろというのか。

まさか、欧州まで攻め入る事はあるまいし、共和国の方もおいそれと日本近海まで接近できない。


大体宣戦布告された以上、仮にフランス共和国艦隊が攻めて来たとしても、インド洋に浮かぶセイロン島に居を構える日本帝國国防軍印度(インド)洋方面軍が黙って見逃すわけがない。

仮に喜望峰廻り(太平洋行き)で攻めて来たとしても、南洋諸島の帝國国防軍が対処するだろう。


それ以前に帝國の同盟国で、実際に“中華大陸戦争”(今のところ今戦争はそう呼ばれていた)に参戦する動きを見せている英連合王国が、宿敵とも言える共和国艦隊の出撃を座視しているとは思えない。

イギリスとフランスは伝統的に仲が悪いのだ。それが、日仏関係の悪化にも深く関わっている。特に最近のフランスでは共産党が幅を利かせ始めたので、共産党嫌いのイギリスとの関係は冷え切っていた。


また、戦時中は帝國からの輸出物資に頼っていたドイツ民主共和連邦も日本帝國との関係は良好だ。現にドイツは帝國より空母を購入するなどしているし、帝國もドイツ技術を導入している。

対してフランスとドイツの仲はというと、円満とは言い難い。これは少し前までは敵同士だったからというのは勿論あるが、それ以前の幾度かの戦争や対立が底辺にはある。


勿論日本帝國は、こういった欧州事情にはノータッチだ。亜細亜の島国日本では、欧州事情は別の世界なのである。陸上に国境線が引かれ、長い年月をかけてその国境線が生き物のように変わってきた歴史は、島国日本の想像を超えている。そして欧州人には欧州人なりの価値観やスタンスがあるのだ。


一時期とはいえ植民地・占領地経営に手を伸ばしていた日本帝國は、余所様の事情に首を突っ込んでもロクなことにならないことを自覚していた。


明治時代、日本帝國には“脱亜入欧”という言葉があった。これは近代化を急ぐ過程で生まれたスローガンの様なものだが、今では“近亜遠欧きんあえんおう”という言葉が流行っている。

これは現帝國の外交方針、すなわち亜細亜を重視するというものだ。そして欧州事情には手を引き、静観する。アメリカ合衆国や連合王国、ドイツなどと軍事同盟は組むが、それは俗に言う“集団安全保障”的な軍事同盟であり、個々の事情には帝國は関わらない。

日本帝國も、欧州に深入りしすぎていざこざ(・・・・)に巻き込まれるなど御免だった。


ちなみに当時の欧州では、アジアオセアニア連合(UNAO)に倣って欧州で一つの国家複合機構を造るという構想が囁かれ始めていた。


が、欧州は未だに対ソ戦のダメージが抜け切っていない。しかも、旧ソヴィエド連邦から離脱したばかりの国々(東欧国家)は未だに政権も国力も安定していない。

さらに共産党が根強い国家も多く、王権国家やカトリック総本山(ヴァチカン)との仲は険悪だった。

他にもイタリア王国は王政が復興したばかりで、国土の復旧に熱心だった。彼らからすれば、欧州統合など二の次だ。


かように、欧州には欧州の事情があった。

だからこそ実感がわかない。



――なぜ今になって、フランスと戦争をせねばならないのだ?



現場の将兵ですら首を捻っていた。

もっとも彼らも軍人であり、始まった以上は戦うことに異論など持たない。国家が定めた相手なら、中立国だろうが友好国だろうが相手になる。

そこに意味など求めない。戦争自体に意味などないのだから。戦争など、大いなる無駄……口にしないだけで、そんなことは誰でも知っている。



「藍原船務士、第八艦隊が大金星を挙げたとは本当ですか?」


「あぁ、やっこさん、『リシュリュー』を撃沈したそうだ……だが、手を離して喜べないなぁ」



交代要員との打ち合わせを済ませてCICから士官室に行こうとした藍原彗一は、電探管制員に話しかけられた。



「はい。『葛城かつらぎ』と戦隊司令閣下を失ったそうであります」


「他に駆逐艦もやられたらしい。護衛戦隊が頑張ったんだな」


「水雷戦隊の連中が聞けば悔しがるでしょうなぁ」


「全くだ。戦艦に肉薄して誘導魚雷をブチ込むのは、本来なら水雷サンの花形だからなーぁ」



そう言って、二人揃って苦笑する。

このような光景は帝國国防海軍籍の艦艇や軍事施設に留まらず、T部隊所属の台湾民主連邦海軍籍の艦艇内でも見られた。


T部隊の旗艦である巡洋艦『西寧さいねい』(旧『神通じんつう』)には、連絡士官である帝國国防海軍士官も乗り込んでいる。彼から帝國外務省に送られた宣戦布告通知は、T部隊指揮官レン・ホルトク提督へと知らされたのである。



「なんにせよ、今回の作戦が終われば……暫くは対潜任務だな。共和国三色旗トリコロールを掲げる潜水艦を相手にすることになるのかな……。まぁ、何でもいいか」



藍原は小さく独り言を呟くと、背伸びをして士官室へと足を進めた。

艦隊司令部が第八艦隊の損害に震え上がっていたなど、藍原には知る由もなかった。





インド半島の南東に位置するセイロン島は、欧州方面からすればインドの入り口であり、UNAO勢力圏内への入り口と言ってもよかった。

このセイロン島は現在日本帝國が直接統治している。一応インドから租借という形になっているが、実際は太平洋戦争中に英連邦軍を駆逐した後占領して以降、つまり約一〇年ずっと帝國の統治下にあった。

後、インド領となるか独立するかはまだ決まっていない。が、少なくとも帝國はこの島を永久統治するつもりはなかった。


このセイロン島には日本帝國国防軍三軍が駐屯・展開していたが、その戦力は申し訳程度のものに過ぎなかった。それは、欧州諸国や中東諸国との軋轢を避けるという意味もあった。

が、その後、混沌する中東への“抑止力”として、米英からの大軍派遣要請があった。


無論帝國は良い顔をしなかった。大軍の派遣はコストがかかるし、日本の防衛が疎かになる。

が、結局押し切られ、中東そのものへの軍事遠征を要請されるよりは(米英は中東に莫大な軍を派遣していた)マシということになり、セイロン島のインド洋方面軍は増強された。しかしそれでも、英米の要求ギリギリの戦力だった。


その内容は国防陸軍一個師団+数個旅団・大隊(内一個機甲化連隊)他。

国防空軍二個戦術航空師団(戦闘機・攻撃機・偵察機など)・一個戦略航空師団(爆撃機など)他。

国防海軍一個方面艦隊(第一二艦隊)・一個警備戦隊群(第二三警備戦隊群)・二個潜水戦隊他。


第一二艦隊は四航戦(第四航空戦隊)を主力とする空母機動部隊で、一水戦(第一水雷戦隊)なども所属していた。


もっともセイロン島は帝國領土ということになっており、セイロン島住民(シンハラ人他)は“帝國国民”となる。当然住民には帝國国民としての義務、すなわち納税や教育や兵役の義務が課せられる。その代わり、彼らには帝國政府より、東京都民となんら変わらぬ待遇や援助を受ける。

そのためセイロン島の“帝國国防軍”には、現地出身のシンハラ人やタミル人が少なからず含まれている。当然、彼らには日本人軍人と同じ待遇と給与が与えられる。その給与はなかなかのものなので、兵役の義務期間(二年)を終えた後も軍に残る者も珍しくはない。


寧ろ、現地のシンハラ語やタミル語を話せる地元出身者は、住民との意思疎通などの面でセイロン司令部からは歓迎されていた。

日本兵にとってはシンハラ語など未知の言語だった。セイロン島は嘗て英国の支配下にあったため、英語が通じたのがせめてもの救いだ。


現在のところ、ここセイロン島では英語に次いで日本語が普及している。公用語は英語・日本語・シンハラ語・タミル語である。


そしてセイロン島はUNAO勢力の入り口として、文字通りの意味で“玄関”の役割を果たしていた。欧州や中東諸国との貿易である。


しかし、日本帝國国防軍にとって、セイロン島とは哨戒基地や最前線基地とは別の意味も見出していた。

詰まる所、実験基地であった――。






「そろそろかな」



一人の男が、迷彩に彩られた戦車の車体から上半身を出していた。白い狼がペイントされ、その下に大きく“106”と書かれた戦車は外見こそ帝國国防陸軍主力戦車である七式中戦車に酷似していたが、実態は違う。


七式指揮通信戦車改乙型――通称「七指揮戦車改乙」或いは「七指揮車」とも呼ばれる指揮官専用戦車である。

88ミリ45口径砲は健在だが、実際は搭載された強力な電探や通信機器を駆使して戦車部隊を統率する戦車だ。そのため装弾数はかなり少なく、防弾性能が充実している。


そして真剣な眼差しで空を見ているのがこの戦車の戦車長と戦車部隊指揮官を兼ねる御神みかみ春彦はるひこ中佐だった。



「部隊長殿、対空電探に感有り……「空狐くうこ隊」かと思われます」


「おう……見えたッ」



御神部隊長は嬉しそうに笑うと、上空のある一点を凝視した。

黒い点が見える。一つや二つではない。

大きくなっていくそれは、独特のモーター音を撒き散らしながら接近してくる。


回転翼機だ。五式偵察回転翼機“ふくろう”。国防陸軍が独自開発した、偵察哨戒用小型回転翼機だった。



「電装手、どうだ」



御神は車内に戻り、子供のように顔を輝かせながら電探と睨めっこをしている青年を見た。

電装手、つまり通信機や数種類の電探を一元管理・担当する役である。



「……はい、でました。目標の位置・座標が対地電探に表示されました……かなりの遠方です、訓練用目標のある場所だ、間違いありません」


「そうか」



御神は満足そうに頷いた。






彼らは日本帝國国防陸軍独立第一〇六戦術大隊である。

“独立戦術大隊”は表向きはコンパクトに纏められ(つまり大隊規模)迅速な派遣が見込め、尚且つある程度のマルチな任務をこなせるための部隊編制だった。そして現に、そう言った性格を持っている。

が、実態は次世代陸軍戦術や新兵器を運用・研究するための実験部隊である。

そして同時に、最新の兵器と優秀な人材が惜しげも無く集められた精鋭部隊でもあるのだ。


独立第一〇六戦術大隊の発足目的は、戦車部隊と回転翼機部隊の統合運用の開発やテストだった。

より具体的に言うと、回転翼機を戦車部隊の“目”とし、遠方の目標を察知したり、迅速に対応したりするための運用訓練を行う部隊だ。


戦車部隊は「白狼はくろう隊」、回転翼機部隊は「空狐くうこ隊」と呼ばれている。御神は「白狼隊」の指揮官だった。


セイロン島はそれなりの面積を誇り、人口はそれほど多くなく、地理的にもインドに近い。尚且つ気候も良い。資源も豊富で、食料もある程度は自給が可能だ。

補給物資はインドから送るなり海運で送るなりすればいくらでも届く。

実験には最適の場であった。


そう、セイロン島は新兵器や新戦術のテストの場として、帝國統合国軍省から注目されていたのだ。


そしてそれが、セイロン島を救うこととなったのである。






・七式指揮通信戦車改乙型

 戦車部隊指揮官専用の指揮専用戦車。七式中戦車の改造型で、八八ミリ砲を搭載しているが、大量の通信機器や電子機器を搭載している。通称「七指揮戦車改乙」或いは「七指揮車」。



・五式偵察回転翼機“ふくろう

 偵察哨戒用小型回転翼機。回転翼機としては低性能だが、稼働率が高く偵察なら十分にこなせる。コストも低く量産性も高い。




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