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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第2章 戦争という“日常”
24/33

ⅩⅩⅠ 五月蠅い序曲と静かな鎮魂歌

[航空電探に感あり、リシュリューから発進した水偵(水上偵察機)かと思われます]



天城あまぎ』CICから寄せられた情報に、艦長無東(むとう)銅鐸どうたくは顔を顰めた。



「フランス戦艦も電探は搭載しているはずだが……」


[こちらも彩雲改さいうんかいを二機搭載しております。発進させますか?]


「旗艦『葛城かつらぎ』から、指示は来ているか?」


[未だ]


「そうか……」



無東大佐は『天城』の艦橋に来ていた。交代する形で、副長がCICに入っている。接近しつつあるフランス共和国艦隊を、自分の目で確認するためだ。

彼とて海軍士官であり、海軍大佐だ。列強の戦艦の知識くらいはある。ましてや、彼は帝國国防海軍では貴重な“大砲屋”である。



[こちら防空指揮所、上空より水上機視認!単葉(主翼が一枚の機体を指す。ちなみに主翼が二枚の機を“複葉”と呼ぶ)……チャンスヴォートOS2U“キングフィッシャー”と推定!]



チャンスヴォートOS2U“キングフィッシャー”。

アメリカ合衆国製の水上観測機である。初飛行は1939年とすでに旧式化しており、性能は高いとは言えない。在庫処分を理由に共和国海軍へと流されたのだろう。合衆国は日本帝國よりも、ヘリコプタの配備に意欲的だった。


対してフランスはヘリコプタ、というより海軍整備に乗り気ではなく、水上機の開発すらロクに行っていない。それでも新型空母の整備を行ってはいたが、戦艦はほとんど後回しにされた。そして戦艦の整備も『ガスコーニュ』が優先されており、『リシュリュー』は後回しされていた。


カワセミ(キングフィッシャー)”は開発当時から日本水上機より低性能だったが、それは水上観測機に戦闘機並みの空戦性能を求めた日本がある種の“異常”なのであり、観測機としての性能は悪くない。


観測機に必要なのは高速性ではなく通信機能……そして現場の荒々しい運用に耐えうる実用性(稼働率)である。

その点OS2Uは、その両方を確保していると言えた。おそらく通信機も、改良されたものに換装されているはずだ。



[艦長、『葛城かつらぎ』が発艦態勢に入りました……あ、V字飛行甲板から発艦……彩雲改です]



「ふむ」



第八艦隊の現場指揮権は、第三遊撃戦隊戦隊司令内海(うつみ)少将に握られている。そして内海うつみ沖久おきひさが乗り込む艦――つまり旗艦――は『葛城』だ。

艦隊戦闘行動に入る場合、彩雲改から送られた情報は旗艦に送られ、それを元に旗艦から各艦に指示が飛ぶのが望ましい。

ならば、旗艦から偵察機が発艦するのはおかしなことではなかった。



[旗艦より入電!本文ッ……[万ガ一ニモ戦闘ニ入ル可能性アリ、戦闘態勢ヲ取ルベシ。但シコチラカラノ攻撃ハイカナル状況ニ於イテモ是ヲ禁ズ]……以上です]


「宜しい、総員戦闘態勢に入りたまえ」



上からの命令ならば是非も無い。慎重な無東も、躊躇うことなく戦闘態勢を命じた。

艦長が指示を出せば、後は全乗務員が艦を動かすための“機械”と化す。

先に偵察機を飛ばしたのは向こうだ。咎められることも無いだろう。



「戦闘とは、対空戦闘配置でしょうか」


「いや、対艦戦闘だ。偵察機一機を撃ち落としても意味はないだろうし、そもそもする必要もあるまい」



共和国艦隊に空母はない。航空兵力は、戦艦や巡洋艦搭載の水上機程度だ。その水上機も主任務は観測か索敵ならば、警戒する必要はない。

その索敵も、視認できる程双方が接近していては対して意味はない。そんな機を撃墜してしまい、開戦など馬鹿らしい。


そして、無東が背後に立つ通信士の確認に応えた後、悲鳴に近い報告が飛び込んできた。



[り、『リシュリュー』主砲塔旋回、此方に向いて……は、発砲ッ!]



「……な……」



無東は絶句した。そして、『天城』よりやや前方を航行する『葛城』、そして駆逐艦『石蒜せきさん』が水柱に包まれた。






「目標戦艦『リシュリュー』……撃ち方よォーい……撃ち方始めッ!」



『天城』主砲射撃指揮所で砲術長林垣(はやしがき)じゅんは反射的に叫んだ。

無東艦長の命令に従い、すでに砲術科要員は配置に就いており、砲塔には砲弾も装填済みである。

その直後、無東の戦闘開始命令が指揮所に届く。通信員が読み上げるが、林垣はそんなものを待っていはいなかった。

すでに電探との統合運用は始まっている。CICからは、“敵艦隊”の動きがひっきりなしに送られてきていた。

主砲は未だに自動化の手が伸びていない。主砲射撃システムは、緻密な計算機だった。

何人もの砲術科員の動きにより、『天城』の主砲塔はその真価を発揮できる。


もっとも、現在敵艦隊との相対距離は20キロ前後。戦艦の主砲からすれば“至近距離”だ。天城型の36センチ砲にとっても、リシュリュー級の38センチ砲にとっても。



「着弾、目標の後方100メートル!」



しかし、それと命中率は話が別だ。どれ程相対距離が短ろうと、相手は戦艦。つまり、砲台とは違う。機関を持ち、大洋を駆ける戦船いくさぶねなのだ。転舵を繰り返すなり増速するなりして敵弾をかわし命中を狙う。

無論こちらも悠長に停船して撃つなどしない。動き回っている。


戦艦に限らず、砲とは斉射してこそ意味がある。それは威力の集中という意味も勿論あるが、一番の意味は命中率の向上だ。『大和やまと』の46センチ砲だろうが駆逐艦の88ミリ両用砲だろうが、当たらなければ何の意味も無い。


二回目、三回目の斉射が続く。



「三回目か……そろそろ命中が欲しいところだな」



根っからの“大砲屋”である林垣少佐にとって、砲戦は待ち焦がれていたものだ。しかも、相手は太平洋戦争中ですら想定していなかった(そして実際に出くわさなかった)本格戦艦。

身体中の血液が熱くなるのを堪え、林垣は冷静に現状を分析する。


あの一見小心で頼りなさげな艦長も、よく指揮していた。

しかし、



[あぁッ……『葛城』に直撃弾ッ]


「くそ、先手を奪われたか」



絶叫といった方が正しい報告に、砲術長は舌を打った。彼は間髪いれず叫ぶ。



「第四斉射、撃ち方始めッ」



彼の想いに応えるように、『天城』の四門の主砲が火を噴いた。






「やったか」



無東は思わず叫んだ。彼は以外にも冷静だった。普段気弱な雰囲気を見せているが、今は轟音が響く艦橋に仁王立ちしている。部下が目を丸くするほど、彼の姿は勇ましかった。

『リシュリュー』が水柱に包まれている。

が、



「あぁ、早計だったか」



無東は後頭部を叩く。当たりを逃した子供の様な表情だ。

鋼鉄の塊によって飛び出した水柱が戻った時、無傷の戦艦が姿を現した。

戦艦『リシュリュー』が輝く。38センチ四連装砲が、共和国の魂を運びに来たのだ。



「誘導弾戦に移るか、“業火ごうか”、撃ち方始めッ!」



すでに準備は済んでいた。

ナパーム弾の誘導弾版――焼夷弾搭載誘導弾ともいうべき“業火”Ⅳ型一二基が、後部甲板に設置された一二連装発射基によって射出された。


目標は近く、そして大きい。


尚且つ、“業火”Ⅳ型は熱探知誘導方式だ。そして戦艦『リシュリュー』では、計八門の巨砲が断続的に火を噴いている。

フランス海軍にとって、誘導弾戦とは未知の領域だ。

対処の仕様が無く、慌てて主砲塔を向けるも遅すぎた。


次々と命中、共和国の誇る戦艦『リシュリュー』は炎に包まれた。

が、あれは燃えているだけ(・・・・・・・)だ。浸水も起こっていないし、沈む事はない。


しかし、延焼は止めなければどんどん広がる。軍艦とは、それ自体が巨大な火薬庫なのだ。






戦艦と大型多目的巡洋艦による異種格闘タイトルマッチが繰り広げてられていた頃、巡洋艦『天塩』率いる第三一護衛戦隊もまた、戦艦『リシュリュー』に突撃しようとしていた。


旗色は良くない。

すでに改松かいまつ型駆逐艦六八番艦『石蒜』は直撃弾を喰らい大破、沈没寸前。そして艦隊旗艦『葛城』は三発の命中弾を受けていた。

巡洋艦である『葛城』にとって、38センチ砲弾三発は荷が重い――とまではいかなくとも、無傷では済まない。

『葛城』は見る見るうちに船足を落としていった。



[本艦ハ沈マズ、攻撃ニ専念スベシ]



内海戦隊司令からの命令に、『天塩』と駆逐艦五隻は動き始めた。

目標は基準排水量40,000トン以上の巨艦だ。

『天塩』の配下は改松型駆逐艦。誘導魚雷を搭載しているとはいえ、本来は対潜・対空専門の護衛駆逐艦――いってみれば、艦隊駆逐艦からすれば“格落ち”だった。

それでも、やり方は無数にある。


第八艦隊の思惑を読み取り、共和国艦隊も阻止せんと動き始めた。ド・グラース級軽巡洋艦『シャトールノー』と駆逐艦四隻が第三一護衛戦隊へと向かう。


そこに『天塩』が必殺の艦対艦誘導弾“雷光らいこう”Ⅲ型を発射した。“業火”シリーズとは違う、生粋の対艦誘導弾である。

高性能な分調達価格が高く、その配備数は三発だけだったが、その威力は凄まじかった。


立て続けに命中弾を受けた『シャトールノー』は、ボクサーのラッシュを受けたようによろめいた。

駆逐艦部隊を率いる巡洋艦がやられ、共和国駆逐艦群は混乱する。


そこに改松型駆逐艦群が殴りこんだ。彼らは鈍足とはいえ、ここまで両艦隊が接近していればそれほど意味はない。

必殺の魚雷は温存し、誘導弾や主砲を使って共和国駆逐艦群に挑んだ。


スルクフ級駆逐艦は基準排水量2,750トン。改松型より少々大きい。対潜・対空をこなす汎用駆逐艦である。いずれも1950年代に就役したばかりの新鋭艦であった。

これら駆逐艦四隻――『ケルサン』・『デュプティ・トゥアール』・『シュヴァリエ・ポール』・『デストレー』に、改松型駆逐艦『もみじ』・『胡蝶蘭こちょうらん』・『すみれ』・『女郎花おみなえし』・『藤袴ふじばかま』が挑みかかった。


駆逐艦同士の殴り合いは、喩えるなら辻斬りだ。双方接近し合って撃ちこみ合う。

しかし、対艦誘導弾・噴進弾を持たないフランス艦隊は出鼻を挫かれた。

手始めに先頭を突っ走っていた『ケルサン』が誘導弾の直撃を浴び、落伍した。続いて『デュプティ・トゥアール』が『椛』と『胡蝶蘭』に誘導弾の袋叩きを喰らって沈没。

フランス駆逐艦群は魚雷を発射したが、動き回る駆逐艦への無誘導魚雷攻撃は難しい。しかし、運悪く次の獲物を求めていた『胡蝶蘭』が被雷した。轟沈はしなかったものの、『胡蝶蘭』は航行を停止する。

次に『菫』が『デストレー』との撃ち合いで艦橋に直撃弾を浴びて戦闘から離脱した。


そこに軽巡洋艦『シャトールノー』を下した巡洋艦『天塩』が乱入する。

巡洋艦に参戦されては、駆逐艦は分が悪い。

結局、フランス駆逐艦群は航行可能だった『シュヴァリエ・ポール』と『デストレー』のみで一目散に退避する他なかった。『ケルサン』は大炎上後沈没した。


一方、第三一護衛戦隊群の被害は『胡蝶蘭』沈没、『菫』中破、『藤袴』小破に留まった。そして、『石蒜』も既に沈没。


その後駆逐艦群は休む間もなく、戦艦『リシュリュー』に突撃した。

『リシュリュー』の副砲がそれに牙をむく。『椛』が直撃弾を受け、炎上した。

が、炎上した『椛』は最後の気力を振り絞るかのように、誘導魚雷を発射。残りの駆逐艦群もそれに続く。『天塩』もまた、誘導魚雷を発射した。


戦艦『リシュリュー』は『天城』との戦いに集中しすぎた。それが彼女の敗因だった。






戦艦『リシュリュー』沈没して間もなく、大型多目的巡洋艦『葛城』が焼け落ちるように、炎を吹き上げながら海の底へ消えた。


フランス共和国からの宣戦布告通知が日本帝國外務省に届けられたのは、それから一〇分後のことだった。


第八艦隊側の被害、駆逐艦『石蒜』・『菫』・『椛』喪失。大型多目的巡洋艦『葛城』喪失。戦隊司令内海沖久少将戦死。以下損傷艦・死傷者多数――。


後に“第一次・・・日仏突発戦”と命名された海戦の全容である。


そして、第一ラウンドは幕を下した。

第八艦隊は、そう判断した。







代々木(よよぎ)型補給艦

 基準排水量4,800トンの高速補給艦。商船構造だが高性能機関を採用しており、コストと量産性、そして性能のバランスが取れている優秀補給艦である。同型艦は五〇隻以上。東京を始めとする町名・市名が付けられている。自衛用に対潜爆雷投射基と対潜砲、高角砲、機銃を装備している。



・琵琶型補給艦『琵琶びわ』・『洞爺とうや』・『十和田とわだ』・『諏訪すわ

 基準排水量14,200トンの大型補給艦。空母状の艦で、主な任務は補給だが搭載する対潜回転翼機により対潜哨戒もこなせる。艦名は何れも湖から命名。なお大型艦だがコストと建造期間を抑えるため商船構造であり被弾には弱い。またいざとなれば災害救助艦ともなる。



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