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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第2章 戦争という“日常”
23/33

ⅩⅩ 泥色の邂逅と朝日雲

推進プッシャ式発動機の独特の音に混ざり、雪丘奏深ゆきおかかなみの鼻歌が響いていた。

第五六七戦闘飛行隊に配属されている一二機の四九式戦闘攻撃機“迅雷じんらい”編隊は、誰もが見惚れる程の綺麗な陣形を保ちながら、澎湖諸島の上空を進んでいた。


すでに澎湖に潜入したとある部隊(・・・・・)より、すでに澎湖諸島の一部に中華人民共和国(南中国)紅軍が進出、不法占領(占領に不法も合法もあったものではないのだが)し、基地を運用していることはわかっているし、そもそも雪丘たちは以前、ここで“海賊”と交戦している。


調査の結果、やはり海賊は紅軍の手先である可能性が濃厚だった。彼らの兵器はいずれも南中国にも配備されている兵器ばかりで、件の潜水艦はフランスが輸出したルドゥタブル級潜水艦若しくはオランダが輸出したK級潜水艦のいずれかだと情報局は結論した。


現在、日本帝國とネーデルランド王国(オランダ)、フランス共和国との関係は微妙だった。一応友好関係にはあるが、蜜月ともいえない。寧ろ不仲と言える。


理由は単純で、嘗て蘭国の植民地だった東亜は、帝國に解放されてアジアオセアニア連合(UNAO)に加盟している。UNAO加盟国を、帝國の“属国”と皮肉る者は多い。実際UNAO加盟国は帝國と交易し、工業製品のほとんどを海洋貿易国家日本に依存している。それだけではなく、国防も帝國国防軍が重要な地位を占めていた。

もっともUNAOに束縛は無く、脱退しようと思えばいつでもできるが、そうすれば嘗ての宗主国が乗り込んでくることは容易に想像がついた。


さらにフランスでは未だに共産党勢力が根強く、しかも対ソ戦での欧州方面で日本帝国に手柄を取られている。おまけに共和国の宿敵とも言える英連合王国は、日本帝國と蜜月ハネムーン時代を迎えていた。


その意味でフランス・蘭両国は、日本帝国や中華連合に協力的な米合衆国・英国、そして今は沈黙しているロシア共和国を牽制する意味を込めて、南中国に積極的に武器輸出をしていた。


最近では、戦艦『リシュリュー』を始めとした艦隊が南中国を訪問するという未確認情報もある。


帝國は最悪の場合、中華大陸での戦争が対仏、対蘭戦争に“飛び火”する可能性すら考えていた。


無論そんなことは、雪丘を始めとする現場の軍人の知るところではない。



[来たぞッ]



誰かが叫んだ。

雪丘も気付く。

黒点が見えた。真正面からだ。明らかに友軍ではない。



[バカ―チスか、グラマンか……いや、露助ロスケ(旧ソ連)だッ]


[La-5か?いや……あれはLaGG-3だ!]



友軍機からの通信が次々と入る。

LaGG-3。旧ソ連が南中国に捧げた亡霊の一つだ。ソ連航空隊からは“塗装された折り紙つき棺桶”と呼ばれた機で、完全木製ではないが、生産には大量の木材が使用されている。それ故空中分解の危険が高かった。ソ連の傑作レシプロ機ラボ―チキンLa-5やLa-7の雛型とも言える戦闘機だ。

今は南中国で、改良型が多数生産されているという噂があったが真実らしい。

澎湖諸島の島に秘密裏に建設された滑走路から発進したのだろう。その数は一〇機を越えていた。



――鬱陶しいな。



雪丘は小さく舌打ちすると、飛行隊長の指示を待たずに敵機の群れの中に突っ込んでいった。

僚機である「長篠06」が慌てて続くのが見える。



[各機カク各機カク、各自自由戦闘……交戦開始ッ]



ワンテンポ遅れて、飛行隊長の指示。

雪丘は獰猛な笑みを浮かべながら、空戦へと飛び込んでいった。小声で文句を言う僚機を率いて――。







一方、沖縄を出港した第八艦隊は、南中国沿岸部を移動していた。

どう見ても挑発行為だが、これは澎湖諸島から敵を引きつける囮役デコイでもあった。


大型多目的巡洋艦『天城あまぎ』の艦橋では、副長が穏やかな海を眺めていた。



[……こちら戦闘情報中枢(CIC)、電探に感有り、方位と距離は――]



一般的に帝國国防海軍では、巡洋艦以上の艦の上級幹部の内艦長がCIC、副長が艦橋に陣取っていることが多い。これは“もしも”の時、艦長と副長が同時に戦死して艦内指揮系統が混乱することを防ぐためである。

当たり前の話だが、艦橋とCICは艦の頭脳だ。被弾すれば最悪、艦は“脳死”する。防弾対策は取られているが、絶対防御などありはしない。

軍艦の上級幹部には“席次”と呼べるものがあり、艦長が戦死した場合は副長、副長も戦死した場合は航海長が指揮権を掌握するなど決められている。最悪の場合は、准士官の曹長に指揮権が移る可能性すらあった。


“巡洋艦”とはいえ、基準排水量28,000トンの天城型は一昔前の巡洋戦艦クラスの艦である。

しかし戦艦だろうが巨艦だろうが所詮はハードウェアであり、乗り込む人的資源ソフトウェアが要と言っても過言ではなかった。


報告を受けた副長は、当直監視員を叱咤激励すると同時に“識別不明アンノウン”の究明を急がせた。

アンノウンはどうやら、沿岸部を航行中らしい。陸地と一体化してしまい、詳しいデータは表示されなかった。電探レーダー員のミスではない。この時代のレーダーは、まだまだ完璧とはほど遠かった。


暫く目を凝らしていると、急に黒い影が沿岸から現れた。此方に横を向けつつ進んでいる。沖合に出ようとしていたのだ。


この距離から“視認”できる。それは、かなりの大型艦であることを意味していた。

副長は混乱した。

南中国には、戦艦どころか重巡洋艦すらない。


しかし、見張り員の方は冷静に視認情報を分析、頭の中から該当するデータを探し出す。

腐っても帝國の誇る見張り員である彼らからしてみれば、それは決して不可能ではなかった。



「あれは……戦艦です、リシュリュー級かと思われます!」






「リシュリュー級だって?」



『天城』艦長無東(むとう)銅鐸どうたくは眉をひそめた。



「栄光ある共和国海軍の戦艦が、一体どうしてこんなところにいるんだ?」


「付け加えると、件の艦隊は戦艦『リシュリュー』とド・グラース級軽巡洋艦一隻――向こうは『シャトールノー』と名乗っております――そして駆逐艦四隻です。南中国を表敬訪問中だと言ってきております」



皮肉めいた無東の感想に、通信長が補足した。



「戦隊司令は何と?」



「現時点では、フランスは中立国ですので国際法に則り、本海域から退避するよう要請しました」


「それで返事は?」


「[本国ヨリ未ダニ新命令ハナシ。ヨッテコノママ予定通リ中華人民共和国広東(カントン)珠海(ジュハイ)ニ進路ヲ向ケル。静観サレタシ]だそうです」



「馬鹿な……」



無東大佐は頭を抱えた。

戦争が勃発した場合、戦闘海域若しくはそれに指定されてもおかしくない海域にいる中立船舶(軍艦含む)は退避するか、港に停留して母国の中立宣言を待ち、保護を求めるのが通例だ。


戦闘に巻き込まれても文句は言えない。



「ん……」



無東は思い出したように、通信長を一瞥した。



「艦隊司令部と呉鎮(呉鎮守府)には、このことを伝えたか?」


「はい、すでに送信済みです。呉鎮からは、独立第八六戦隊を臨時に派遣すると返電がありました」



第八艦隊司令部は沖縄に設置されている。そして第三遊撃戦隊を含む第一遊撃戦隊群は、編制上は呉鎮守府所属となっていた。



「“独立第八六戦隊”?聞きなれないが、何隻なんだ」



無東に言われ、通信長は手元の資料を捲った。



「え~と……ありました。訓練航海中の臨時編成戦隊です。先月就役したばかりの新造巡洋艦『那智なち』を旗艦とし、凪風型駆逐艦四隻、これに新造の高速補給艦『赤羽あかばね』が加わっています。

現在は沖縄奄美(あまみ)諸島付近を航行中……とのことです。

なお緊急時に備え、全艦実弾を装備しております」


「妥当な措置だろうな。しかし『那智』かぁ……。確か、最新鋭の摩耶まや型巡洋艦の二番艦だったな」


「我が軍が誇る、強力艦であります。いざとなれば旧式戦艦も相手取れるでしょう」


「“相手取る”ならなぁ……。しかし、フランスは何をしているのだろうな……」


[艦長、一応の警戒として、主砲及び誘導弾の発射準備をしますか?いざとなれば艦載機も使えますが]



突如入った副長からの具申に、無東は咳き込みそうになった。

ちなみに帝國と共和国の艦隊は、すでに目視で視認できる(大型艦だけだが)程接近している。巡洋艦の主砲でも楽々届く距離である。

そんな距離で主砲塔――天城型の場合は連装砲塔――を向ければ、即座にばれる。戦闘準備と見られても仕方がない。



「副長、それには及ばない。軽いいざこざ(・・・・)が国家間戦争に発展する例は珍しくはない。ここは慎重に行動すべきだ」


[しかし無東艦長、いくら36センチ砲を持つとはいえ、本艦は所詮は巡洋艦。『リシュリュー』は38センチ45口径四連装砲二基、計八門を持つ強力艦ですぞ。

大和やまと』や駿河するが型なら撃ち合え、いや圧倒できましょうが、本艦にとってはいささか手に余る相手ですな。

『天城』・『葛城かつらぎ』を足して36センチ砲八門。我が砲は大口径砲(60口径)ですから性能は互角と言って良いでしょうが、防御力には不満が残ります。

敵弾が艦内で炸裂すれば通信系統が断絶され、引火すれば廃艦同然となりましょう。戦闘能力を失った軍艦など、沈没艦と大差はありません]



潮崎うしおざき晃羅あきら副長の耳が痛い話に、無東は顔を顰めた。耳を塞ぎたいところだが、副長の意見に間違いはない。


36センチ連装砲二基を装備しているとはいえ、天城型は防空艦としての趣が強い。そのために高速性を確保するため、削れる装甲は全て削ったと言わんばかりのスマートな船体が特徴だ。言い換えれば、戦艦との撃ち合いに耐えられるほどタフではない。ある意味、日本帝國の“航空主兵主義”の犠牲者とも言えるフネが彼女なのである。

そしてリシュリュー級は、ドイツの誇るビスマルク級を仮想敵と定めた本格戦艦である。


無東も大巡の艦長に任じられているからには“大砲屋”の人間であり、戦艦の砲撃の威力は嫌というほど知っていた。


仮に沈没はしなくとも通信系統が遮断され、CICや主砲射撃指揮所からの情報が各砲塔に伝わらなければ、統制射撃は不可能となる。そうなれば、“砲台”としての命運は尽きたと言っても過言ではない。


誘導弾も戦艦を沈める程強力なモノはない。帝國国防海軍は大型爆撃機用の巨大空対艦誘導弾“さくら”を開発していたが、戦艦の出番がほとんどない現在では、一部の部隊に数基配備されているだけである。ましてや、艦載型(艦対艦誘導弾)で戦艦を仕留める程のものとなると、そもそも需要がゼロである。


もっとも『天城』・『葛城』や同行する巡洋艦『天塩てしお』には、延焼型誘導弾“業火ごうか”Ⅳ型が装備されている。これは敵艦を撃沈するためのミサイルではなく、火災を発生させて一時的な無力化を狙うためのミサイルだった。ナパーム弾の誘導弾版ともいえる。

だから仮にリシュリュー級戦艦と戦っても、手も足も出ないというわけではない。


しかし、こちらが不利なのは明らかである。

おまけにリシュリュー級は最高30ノットと健脚で、スペック上なら英米新鋭戦艦と遜色ない。


何とも嫌な予感に襲われながら、無東は警戒態勢だけは厳にするよう命じる他なかった。





・摩耶型巡洋艦『摩耶まや』・『那智なち

 基準排水量12,000トンの航空ミサイル巡洋艦。後部ヘリ甲板を備え、さらに多種多様な誘導弾を搭載している。その代わり、主砲は20センチ連装砲一門のみ。最新鋭艦で、現在三番艦『富士ふじ』・四番艦『春日かすが』が建造中。なお、先代の同名艦はすでに除籍・解体されている。



・天塩型巡洋艦『天塩(てしお)』・『石狩(いしかり)

 基準排水量9600トンのミサイル巡洋艦。様々な誘導弾が搭載されている他、テストケースとして回転翼機なども搭載されている。実験艦としての色が濃いため、二隻の建造にとどまっている。なお、摩耶型巡洋艦はこの天塩型の拡大発展型ともいえる。





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