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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第2章 戦争という“日常”
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ⅩⅨ 曙は終わりか始まりか

その日、台湾高雄警備HQでは大勢の海軍人が、興奮した様にそこらかしこで話し合っていた。



「聞いたか、あの話……先日“晴空せいくう”(二式大艇輸送機型)に乗って、樋端といばな防衛艦隊(DF)参謀長がここに来たらしいぜ」


「何だって?樋端といばな久利雄くりお少将の事か……そんなお偉いさんが台湾に、一体何の用なんだ?」


「噂では、ここ台湾に連合艦隊が進出してくるとか……」


「連合艦隊……」



第二一警備戦隊群幕僚候補生は、呆然としたように呟いた。


“連合艦隊”――通称「GF」は、二個以上の常設艦隊からなる非常設艦隊である。確か現在では、連合艦隊司令長官は防衛艦隊司令長官を兼務するはずだ。

“防衛艦隊”は一防艦(第一防衛艦隊)を始めとする三個常設防衛艦隊の総司令部を指す通称で、正式には“防衛艦隊司令部”と言う。統合国軍相直属の組織である。帝國国防海軍実戦部隊の実質的トップであり、ほかの現場司令部より権限は遥かに強大だ。


そして連合艦隊が編制されると、防衛艦隊司令部は事実上消滅し、連合艦隊司令部がその代わりを務める。そして連合艦隊はその特性上、国防海軍のあらゆる部隊――航空団から警備戦隊群、さらには陸戦師団まで――指揮下に置くことが可能となる。

どの部隊を配下に置くかはGF司令部の自由であり、戦力運用上はかなり流動的且つスムーズになる。


無論、平時はそんな巨大組織は創られない。必要も無い。

つまり連合艦隊の設立は、それだけで平時ではなく――“戦時”となったことを意味していた(ただし一時期、連合艦隊が常設だったこともある)。


付け加えるなら、連合艦隊を設立する権限は、DFにも海幕(国防海軍幕僚本部)にも統合国軍相にも、軍事のトップである内閣総理大臣(首相)にもない。

その権限を持つのは、国事の最終決定をする者――天皇だけである。



「東京は……いや、陛下が御決断なされたということか」



幕僚候補生が呻くように言うと、彼に噂を話した同期生が神妙な面持ちで頷いた。


すでに地獄耳の下士官や古参士官が広めたこともあり、この噂は藍原あいはら彗一すいいちを含む艦艇乗務員にも届いていた。



「面倒なことになってきたなぁ……」


「どうせ台湾海域ここの主力は一一艦(第一一艦隊)だろうさ。俺達は潜水艦狩りとゲリラ狩りしかできねェよ……いや、やはり違うのか?俺がおかしいのか?」


「おかしくはないだろ津具樹……。台湾の海防も、主役は台湾海軍さ……。自国の防衛を同盟国とはいえ他国に丸投げしては、台湾の面子にも関わる」


「中華大陸はどうなるんだ……?やはり内地の艦隊が担当するのかな」



藍原は蝉林せみばやし津具樹つぐきら同僚と話し合いながらも楽観していた。いや、それは第二一警備戦隊群の大抵の将兵に言えることだった。


戦場が大陸となれば、海軍艦艇の活躍の場は限られる。フネにとって大陸とは、巨大すぎる障害物にしかならない。艦砲射撃か航空攻撃がやっとだろう。


唯一の例外は川河砲艦くらいだが、帝國は川河部隊を保有していない。対ソ戦の頃はあったのだが、すでに解体されている。



「まぁ、僕達は海にいれる分だけマシかもな」



藍原は小さく呟いた。


海軍人の仕事場は、何も海だけではない。陸上に居を構える通信隊や司令部はあるし、統合国軍省海軍部の職員も海軍人である。教育機関の教官にでもなれば、完璧に陸上勤務だ。

航空隊も、空母に派遣されることもあるが、あくまで本部は陸上基地である。


海軍人、特に士官の役職はある程度決まっている。上記のような、教育機関の教官や司令部(陸上)幕僚などの後方支援勤務を“軍政ぐんせい”、艦隊・戦隊司令部(旗艦)幕僚や軍艦艦長などの海上勤務を“軍令ぐんれい”と呼ぶ。


軍政の人間は一生陸上にいるというわけではなく、海軍人は軍政と軍令を交互にこなすことにより、経験やスキルを身につけ人脈を形成し、あらゆる部署(職場)に通じた上級指揮官を目指す者というのが通例だ。これは理想で実際はそうバランスよくいかないものだが、そういうものである。軍人の役職や配属先は、けっこう頻繁に変わる(つまり異動する)ものなのだ。


つまり本人の希望通りになるとは限らないし、何より軍令は人気だった。

海軍人になった以上、フネに乗り込み海に繰り出したいと思う人間が大半なのである。


無論、国防将兵学校を始めとする軍の教育機関での専攻先によって、配属先と言うのはある程度限定される。潜水科出身の人間がいきなり空母に配属されるようなことはないし、その逆も然りだ。もっとも、“潜水空母”といったどっちつかずの艦だったらならば話は別だが。


また、藍原のような若年士官(国防高校出身の尉官)は海上勤務(飛行科出身者は航空団勤務)と各種教育機関を交互に行き来することが多い。そして経験を積み、最終的には艦長や戦隊司令を目指す。


それにこれも当たり前の話だが、軍人の総数の方が軍艦の配備人員数よりも数は多い。特に士官は、軍艦によって事細かく配属数も部署も決められている。例えば『K12号』には飛行科はないので、飛行長や航空管制官なども乗り込んでいない。


つまり、軍艦に乗り込める人間には限りがある。艦長はその最たる例で、佐官になったからといって艦長に任じられるとは限らないのである。


そしてこれも当たり前の話だが、洋上勤務の多い人間は同じ中将でも艦隊司令長官などに任じられやすく、陸上勤務の多い人間は海幕次長などに任じられやすい。



「あのフネの飯は美味いしな」



軍艦での食事を担当するのが主計科であり、調理をするのが主計兵である。海防艦の調理場など高が知れているが、それでも腕の良い主計兵が配属されているのは幸運といえよう。


これは余談だが、軍の主計兵を侮ってはいけない。彼らは料理人顔負けの専門知識と技術を叩き込まれている。和洋中何でもありだ。

ついでに言うと英連合王国王立海軍の弟子たる帝國国防海軍の士官は、テーブルマナーをとことん叩き込まれている。“士官は紳士であれオフィサー・ジェントルマン”は帝國の伝統でもあった。

誰だって、海の上で不味い飯は食いたくない。洋上勤務では食事は数少ない楽しみなのだ。

なまじグルメな日本人にとって、食事事情の向上は大切な問題である。



「これで酒が飲めれば文句はねェ」



航海士はそう言って豪快に笑う。が、酒が苦手な藍原と蝉林は、顔を見合わせて苦笑するだけだった。






しかし、そんな藍原達を待っていたのは、澎湖諸島に軍を派遣する台湾艦隊の護衛任務だった。

どうやら台湾政府はこれを機に、澎湖諸島を前線基地化する腹のようだ。

すでに中華大陸では戦争が勃発し、帝國政府は宣戦布告を行った。

ジャカルタ(インドネシア)のUNAO軍司令部では、インドネシア軍を中心にUNAO軍の再編が行われているはずだ。当然、UNAOもまた、南中国(中華人民共和国)に宣戦布告をするだろう。


台湾は巡洋艦『西寧さいねい』を旗艦とした台湾艦隊――通称“T部隊”を出撃させた。それは第188航空戦隊や輸送船団も含み、事実上、台湾水上部隊の全戦力と言ってもよかった。


上空では、台湾海軍の二式大艇(二式大型飛行艇)に軽空母『台北たいぺい』から飛び立った陣風じんぷうや台湾空軍の一式陸攻(一式陸上攻撃機)、そして零戦(零式艦上戦闘機)52型が艦隊を援護している。


そしてそれを護衛する形で、第二一警備戦隊群が進んでいた。


なお、第二〇五警備戦隊群に増援として加わった『永祚えいそ』は、整備のために高雄に留まっていた。

その代わり、今まではフィリピンにて支援任務をしていた統合支援艦『美浜みはま』と『桂浜かつらはま』で編制された独立第六八戦隊が合流し、艦隊に加わっている。


この二隻は高速輸送船改造の支援艦で、補給任務から搭載している水上機による対潜哨戒・偵察、さらには16センチ単装砲一門を搭載しているため砲撃もこなせる艦である。見かけは、巡洋艦と補給艦と水上機母艦をごっちゃにしたような姿をしている。基準排水量は7800トン。



「暇だなー」



CICの定位置に付きながら、藍原はポツリと呟いた。


最近は恋人である雪丘奏深ゆきおかかなみとも会えないし、同居人のサリアとも出撃してしまっては会えなくなる。


雪丘は雪丘で、今回も長距離出撃任務を帯びていると聞いていた。

恐らくは今頃、澎湖周辺の空を飛びまわっているだろう。


帝國は連山改造の四八式空中給油機“空鯨くうげい”まで持ち出したという話まであった。


蚊の鳴くような音が響く。航空機の発動機音だ。



「心配するな、『美浜』から飛び立った紫雲しうんだよ」



船務長五弓(ごゆみ)弓尋ゆみひろが落ち着かない様子の船務科兵に囁いた。

海防艦にとって最も恐ろしいのは空襲だ。今は多数の駆逐艦が周囲を航行しているから、日台合同の対空網が形成できるだろう。しかし、南中国軍が爆撃を仕掛けて来ないという保証はない。基準排水量1000トンにも満たない海防艦にとって、双発爆撃機の空襲は脅威である。駆逐艦や巡洋艦とて同様だ。



「でも、相手が潜水艦となると大暴れできる。対潜掃討戦では戦艦や大型空母は邪魔にしかならないからなぁ」



南中国軍は噂によると、ソヴィエドからの亡命者が使用した潜水艦を接収して研究したらしい。しかもソヴィエド潜水艦は、拿捕したドイツUボートの技術が使われている。

なお、この情報は情報立国たる英国から、情報局経由で外務省にもたらされたと聞く。

おまけにソヴィエドの新鋭潜水艦は、太平洋・亜細亜方面に集中配備されていた。その大半は日本帝國により撃沈されたのだが、帝國も護衛空母『神鷹しんよう』を失うという失態を犯している。



「“紫雲”って何です?」


「帝國の水上偵察機で、二重反転プロペラを採用している。こいつは哨戒だけでなく、対潜攻撃もこなせる」



現在の帝國では回転翼機が主流であり、水上機の生産・配備は年々下火になりつつある。そのため新米の兵は、水上機に関する知識がほとんどなかった。

そのため駆逐艦『白百合しらゆり』の航海員は、ベテランの古参兵に聞いていた。



「美浜型は八機の水上機を搭載していて、今回は紫雲三機、瑞雲ずいうん三機、そして藍嵐あいらんニ機を搭載している……。

“瑞雲”は偵察機だが急降下爆撃もこなせるから武装船も仕留められるし、三式戦(三式戦闘機“飛燕ひえん”)改造の“藍嵐”は戦闘爆撃機でもある。航空戦力としてはなかなかのものだぞ」



零観ゼロカン(零式水上観測機)が飛んでいた頃から軍にいたベテランの曹長はにこやかに笑った。


こうして艦隊は、澎湖諸島へと向かっていく。






・美浜型統合支援艦『美浜みはま』・『桂浜かつらはま

 基準排水量7800トンの支援・戦闘艦。補給艦だが八機の水上機を搭載でき、偵察や哨戒も可能。さらに16センチ単装砲一門を搭載しているため砲撃もこなせる。

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