ⅩⅧ 先の岬の青色シグナル
艦内放送で中華大陸で空戦が発生したことは、台湾の高雄港にて出師準備をしていた巡洋戦艦『駿河』の全乗務員の知る所となった。
「再び、コイツの40センチ砲の出番がやってきたってわけか」
『駿河』の主砲射撃指揮所を見学していた副長が、がニヤリと笑いながら砲術長の肩を叩いた。
「これから忙しくなるぞ」
事実、その通りとなった。
『駿河』を含む第一一艦隊(台湾派遣艦隊)は、沖縄に展開していた第八艦隊とほぼ同時に出撃命令を受けたからだ。
『駿河』と艦隊旗艦『三河』で、熱気が立ち込めていた頃、六航戦(第六航空戦隊)の三隻の空母では、飛行長や航空管制官が、副長ら幹部と共に搭載航空団のリストアップを始めていた。
そして各空母の航空関係者は、帝國統合国軍省や霞ヶ関が今回の交戦を“事件”で片付けるつもりがないことを悟った。
「派遣されてくるのは第九〇五航空団……凄いな、装備は全機最新鋭のジェット機揃いじゃないか……艦戦は五四式噴式艦上戦闘機“穹風”に、艦攻は五三式噴式艦上攻撃機“零星”か……確か空軍サンでは其々“震穹”、“鎧山”と呼ばれている、空海共同開発機だな。おまけに偵察小隊ですら、彩雲改じゃなく就役したばかりの五七式噴式艦上偵察機“虹雲”かよ、これじゃあ新鋭機のバーゲン・セールだなぁ……」
複葉機時代から軍に属していた古参の『天鳳』飛行長は、そう言って思わず感心しながら航空団の装備や人員が詳しく書かれた資料を見た。
「消耗分の機体や人員も、すでに台湾の高雄航空基地に到着済みだそうです。さらに輸送船により、爆弾や誘導弾の補充分も届けられています。……まぁ、流石に航空魚雷の補給分はありませんが……赤色海軍には精々オンボロ軽巡洋艦くらいしかありませんし、昨今の艦攻の主力装備は航空魚雷から、誘導弾に代わりつつあります。事実、航空魚雷は未だに新型が配備されておりません」
補給科から飛行科に派遣された新米少尉はそう言って、自分の年齢より軍隊生活の長い飛行長を見た。
確かに軽巡クラスの軍艦までなら、何も魚雷に頼らなくとも爆弾や誘導弾だけで十分な成果が見込める。しかも、世界でも戦艦クラスの艦艇が減りつつある今、雷撃は潜水艦の専売特許となりつつあった。
現在、戦艦を保有している国は日本帝國、アメリカ合衆国、イギリス連合王国、フランス共和国、ドイツ民主共和連邦、イタリア王国くらいである。
日本は『大和』・『駿河』・『三河』の三隻、アメリカはアイオワ級三隻とモンタナ級『オハイオ』、そしてアラスカ級大型巡洋艦(実態は巡洋戦艦)二隻の六隻、イギリスは『ヴァンガード』とネルソン級二隻の三隻、フランスは『リシュリュ―』・『ガスコーニュ』の二隻、ドイツは『ティルピッツ』一隻、イタリアはリットリオ・ヴェネト級三隻を保有している。
他にも南米三国やトルコなども戦艦を保有しているが、一次大戦クラスの戦艦であり、もはや御召艦くらいにしか使えない。
このような状態では、航空隊の矛先が戦艦に向けられるかどうかも微妙である。
しかも当の戦艦も、艦隊決戦が起こらなければ旗艦任務か、対地砲撃くらいしか出番が無い。防空任務も可能だが、肝心の空母護衛は大和型やモンタナ級、リシュリュー級は兎も角、鈍足のネルソン級などでは不可能だ。
つまり、戦艦が前線に出てくること自体が稀なのだ。実際各国は、使い道が無く費用も喰う戦艦に悩みを抱えており、日本ですら例外ではなかった。
しかし、今回の対中華戦争では、『駿河』と『三河』に仕事が与えられた。すなわち対地攻撃と空母護衛である。
要するに、今や海軍航空団の鼻先に、戦艦と言う獲物がぶら下げられる可能性は皆無となった。
ならば、彼らの獲物とは一つしかない。
「つまり我が母艦航空隊の任務は、紅軍への対地攻撃というわけか」
飛行長はそう言って、暫くは忙しくなりそうだと軍帽を深く被った。そして、横にいる新米航空管制官に微笑みかける。
「若いの、今度の戦争は、もっぱら陸軍サンと空軍サンの支援になりそうだなぁ」
「大陸の状況は、出雲を通じて常時知らされてきます。……リアルタイムで敵の動きが掴めますよ。空母の利点は高速で移動できるという点です。敵に悟られず、大規模な航空隊をピンポイントで派遣できます。……唯の“裏方”では済ましませんよ、存分に暴れられるでしょう」
初の実戦だというのに、若い航空管制官は白い歯を見せつつ微笑した。
人員的に過渡期である帝國国防軍では、戦争を経験したベテランと新人が入り混じっている。それは現場は勿論、幕僚や後方も同じだった。しかし、彼らは落ち着いていた。中華大陸での戦争は、誰でも予想できたことだったからだ。その時期は兎も角として――。
戦艦部隊や航空戦隊が、臨戦態勢を整えていた頃、四水戦(第四水雷戦隊)も準備に取り掛かっていた。旗艦『酒匂』には以前と違い、国防海軍が独自開発した対潜哨戒・偵察・着弾観測などをこなせる八式回転翼機“海鴎”を搭載していた。
「これで対潜哨戒は勿論のこと、偵察もこなせる」
『酒匂』艦長は嬉しそうに、艦橋からヘリコプタを見下ろしていた。
しかも今回、内地から軽空母改装の回転翼機母艦『伊吹』が、わざわざ四水戦を補助するために派遣されている。つまり回転翼機を消耗した場合、台湾に帰還せずとも、駆逐艦に護衛された『伊吹』が進出し、そこから飛び立った回転翼機が『酒匂』ヘリ甲板に着艦する。
『伊吹』は巡洋艦を設計変更した元軽空母であり、最高二九ノットと健脚である。そのため、迅速な展開が見込めた。
なお、『伊吹』と駆逐艦二隻で臨時編成された三五航戦(第三五航空戦隊)は第一一艦隊に所属せず、あくまで防衛艦隊司令部から臨時派遣された形を取っている。これは、海鴎の配備数がまだ少なく、回転翼機を満載したヘリ空母は引く手数多で、様々な方面で配備要求があったからだ。そのため『伊吹』は現在様々な前線を飛び回っている状態である。
しかも帝國のヘリ空母は『瑞穂』と『伊吹』、後は内地で訓練任務に明け暮れている伊吹型回転翼機母艦二番艦『笠置』の計三隻しかない。後は商船改装の特設回転翼機母艦が何隻かあるが、低性能で鈍足のため、前線まで進出するには役不足である。
また『龍鳳』は司令部戦隊直属のため、滅多なことでは動かせない。
そのため海幕(国防海軍幕僚本部)では、アメリカからインディペンデンス級軽空母を購入しようと進言する者すらいた。
第三野戦航空基地「白虎」が敵爆撃に曝されていた頃、上海の航空基地「麒麟」から飛び立った攻撃機の群れが、紅軍に接近していた。
この攻撃隊は五三式噴式攻撃機“鎧山”を装備した第二七一航空隊である。鎧山は双発ジェット攻撃機で、強靭な防弾性能と五七ミリの大口径砲を持ち、別名“空中戦車”とも言われる機体である。乗務員は三名だ。
現在は800キロ爆弾を搭載するか、対地誘導弾“強弓”を搭載していた。
それを第二九九航空隊が護衛している。この戦闘航空隊は、双発ジェット戦闘爆撃機である四六式噴式戦闘爆撃機“火龍”Ⅴ型に乗り込んでいた。計四七機の集団は、編隊を組みつつ向かっていった。
鎧山一番機コールサイン「五稜郭01」の航法員兼通信員が、機長に行った。
「隊長、東中国(中華連邦)空軍の爆撃隊が爆撃を開始したようです……なお、北中国(中華民国)空軍の爆撃隊も、そろそろ爆撃コースに入ります」
「よし、予定通りだな。……これは中華大陸の戦いだ、実際に国土を侵略されているのは同盟国の奴らなんだし、一番槍は譲らねェとな……」
攻撃隊指揮官奈倉月善郎は、攻撃機乗りには珍しい、所謂“血の気が多い”指揮官とは真逆の人間であった。
中華連合空軍は連山や飛龍、一式陸攻(一式陸上攻撃機24型)、五式襲撃機(キ102乙)、九九式軽爆撃機、五式軽爆撃機(キ93)、さらにはアメリカから購入したB-17“フライングフォートレス”、イギリスから購入したデ・ハビランドモスキート(爆撃機型)などを装備していた。今回は、連山と一式陸攻装備の爆撃隊が出撃したらしい。
攻撃の模様は、国防空軍の五式偵察機“景雲改”や連山の偵察機仕様が逐一記録、送信しているはずだ。
現在、帝國の連山はほぼ全てが輸送機か空中給油機・空中邀撃機・戦略偵察機などに改装されており、爆撃機仕様の連山は同盟国軍にしか配備されていない。
これは六発戦略爆撃機の富嶽や、ジェット戦略爆撃機斑鳩の配備が進んだためである。
前方に爆撃機の編隊と、黒煙を上げる陸上部隊が見えて来た。対空砲火が上がっているが散発的で、効果があるとは思えなかった。
「よし、各機各機、攻撃開始せよ……」
奈倉中佐は突撃命令を出した。
その頃、セルギ=アルセーニェフは船内にいた。彼は救命士と共に落下傘脱出した後、このフネに収容されたのだ。そう……「キリギリス03」号を落としたフネである。
恐らくは倉庫か何かであろう部屋に放り込まれたアルセーニェフと九頭川白部は、粗末な毛布にくるまって座り込んでいた。
「白部先輩、このフネは一体何なんです……商船じゃあないんですか?」
大分体力と気力を取り戻したアルセーニェフは、そう言って物珍し気に辺りを見渡した。彼の目の前では、長身でスマートな男性が腕を組んで座っている。
「恐らく特設巡洋艦……“仮装巡洋艦”の類だろうな。沿村機長はまんまと騙されたというわけだ。コイツは中華民国商船旗を掲げていたし、どうやら12センチクラスの高射砲を備えていたようだ」
九頭川一等海尉(大尉相当)は、SPO設立前から海上護衛総隊に籍を置いていたベテランだった。常に冷静で仙人の様な雰囲気を発し、鋭すぎる目は、彼が救命士だとは信じられない要因の一つとなっている。恐らく殺し屋と言って紹介すれば、大部分が信じるのではないか、とアルセーニェフは考えていた。はっきり言って、陸戦師団で戦車に乗り込んでいる方が似合いそうな男だった。
彼はアルセーニェフと同じく、九州地方隊から派遣されてきた人間である。そのため、アルセーニェフは九頭川を先輩と呼び、慕っていた。実際彼は、入隊したてのアルセーニェフより遥かにベテランだった。
今回も、彼が呆けている自分を海に叩き込まなければ、文字通りの意味で海の藻屑となっていただろう。
「……南中国(中華人民共和国)ですか?戦争が始まるのですね……」
「予期されていたことだろう。戦争はある種の機械だ。オイルがある限り、止まる事も無い。おまけに欠陥の機械だから、すぐに暴走を始める」
「オイルって何です?」
「“命”だよ、人のな」
事も無げに言い切る九頭川を見て、アルセーニェフは頭を抱えた。彼は実戦経験など持たない戦後入隊組だ。しかも、SPOが想定する“敵”とは不法入国者のボートか武装船、海賊位である。正規軍との戦いなど想定外もいいところだった。
「でもこれっていいんですかね……宣戦布告はされたのでしょうか?」
「恐らくされていないだろうな。されていたら、とっくに管制塔から連絡が入り、退避命令が出たはずだ。もっともこうして助けられたのだから、完璧に礼儀知らずでも無いだろう」
「……これ、問題じゃあないですかね?」
問題どころの騒ぎではない。
SPOは軍事組織ではない。そして彼ら二人も軍人ではない。権限的には警察だが、旧式駆逐艦や巡洋艦を“巡視艦”と称し運用している。無論、装備は大部分が外されているが、主砲や高角砲は健在な艦が多い。傍から見れば、16センチ砲や12センチ砲を搭載したフネが“警察所属”と聞いても戯言にしか聞こえまい。
戦争が起これば、SPOは国防海軍に管轄が移るが、宣戦布告がされていない状態では微妙だった。少なくとも「キリギリス03」号乗務員は、管轄が国防海軍に移ったという報告を受けていない。
つまり南中国軍は、『警告なしで民間機を撃ち落とし、民間人を殺傷した』事になる可能性が高い。
言うまでも無くそれは致命的なミスである。国際世論からあの手この手で叩かれるのは目に見えている。
それを防ぐ方法は唯一つ。
生き残り――すなわちアルセーニェフと九頭川の口封じである。
「仮にこのフネが仮装巡洋艦だとすれば、臨検用に武装要員が乗り込んでいるはずだ。脱出しようとすれば、間違いなく銃殺されるだろうな」
仮装巡洋艦の用途の一つが、商船に化けて敵国商船に接近しての臨検、或いは拿捕や攻撃である。特に大戦時のドイツは多数の仮装巡洋艦をUボート(独潜水艦)の補給任務や通商破壊に駆り出した。
臨検する場合、反撃を喰らわぬよう、武装した戦闘員を臨検班に随伴させるのは常道である。
「先輩、詳しいのですね」
「なに、『報国丸』に乗り込んだ同僚がいてね」
『報国丸』は、帝國が保有していた特設巡洋艦(帝國では仮装巡洋艦を“特設巡洋艦”と称していた)で、ドイツを見習い太平洋で通商破壊戦に従事していた。
「それにしても、南中国は仮装巡洋艦なんてこしらえていたのですね」
「俺も知らなかったな、統情(統合国軍省情報局)がしくじったのか、俺にまでは伝わらなかったのか……」
仮にも帝國防衛の一翼を担っている以上、SPOにも情報局の情報は入っているし、SPOにも分析や情報収集の専門部門はある。が、流石に近隣諸国の軍艦の詳しいデータまではベテランと言えども一介の救命士である九頭川まで知らされることはないだろう。
「……どうします?それとなく、ここの奴らに聞いてみますか……自分は北京語なら喋れますが」
アルセーニェフはそう言って、扉の方を見た。恐らく扉の横では、中国水兵が銃を持って見張っているだろう。
広大な中国大陸は、様々な民族が住んでいる。それだけでなく、“公用語”である中国語ですら幾つもの種類があり、それらは訛りと言うよりほぼ別の言語と呼べるものも少なくなかった。
大陸出身のアルセーニェフは中国人とも面識があり、彼は日本語とロシア語の他に北京語もある程度は話せる。どうやら今になってようやく、撃墜されたショックで萎えたSPO機構員としての使命感がせり上がってきたらしい。仲間五人を殺された怒りも沸いてきて、アルセーニェフはやる気満々だった。
それを見て、無表情だった九頭川はうっすらと微笑んだ。
「どの道このフネが沈められるか、戦争が終わるまでは暇だからな……戦時捕虜一号と二号としての責務を果たしておくか……」
彼はそう言うと、猛禽類の様な眼を光らせた。
・五三式噴式攻撃機“鎧山”/五三式噴式艦上攻撃機“零星”
最新鋭の双発のジェット爆撃機。乗務員は三名で、防弾性能が高く、大型対地(対艦)誘導弾も装備可能。五七ミリ大口径砲を装備している。通称「空中戦車」。なお、空海軍共同開発機でもあり、国防海軍では“零星”の名で採用されている。
・五式偵察機“景雲改”
ターボ・プロップエンジンを搭載した偵察機。最高時速700キロ以上の優秀機で、国防空軍では噴式偵察機の配備が遅れているため、今尚主力偵察機である。
・四六式噴式戦闘爆撃機“火龍”
帝國初の実用噴式機。ジェット機黎明時代に開発されたため、その性能は新鋭ジェット機と比べると低い。が、Ⅴ型は大幅なバージョンアップを受けた最新型である。双発単座機の甲型と複座型の乙型がある。戦闘爆撃機型だけではなく、偵察機型なども開発されている。なお、戦闘爆撃機型はそのほとんどがⅤ型であり、Ⅰ型などの旧型は主に錬成航空隊に配備されるか売却されている。
・伊吹型回転翼機母艦『伊吹』・『笠置』
基準排水量12,000トンの回転翼機母艦。元は巡洋艦を設計変更した軽空母だが、戦後改装された。搭載機数二四機。