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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第2章 戦争という“日常”
20/33

ⅩⅦ 湿気たマッチの火はついた

P-01“輝星ティンクルスター”通信士セルギ=アルセーニェフは、自身の思考回路が停止するのを自覚するという――矛盾した感覚を味わっていた。


切っ掛けは、独航している商船を発見したことだ。

中華民国商会の信号を発信していたが、この時間帯に、同航路を使用している(通行予定の)中華民国船を、コールサイン「キリギリス(グラス・ホッパー)03」号機長は知らなかった。


そのため機長はわざわざ機体を下げ、件の貨物船を偵察しようとした。“輝星ティンクルスター”はゆっくりと、鯨の様な巨体を旋回させながら、貨物船の上空を再通過するように進路を取った。


その時、窓から船を眺めていた救命士が、驚いたように息を飲んだ。

ヘッドセットを付けながらも、なぜかそれがわかったアルセーニェフは、救命士の方に視線を移そうとして――倒れた。



「え」



轟音と共に、機体が大きく揺れた。

操縦士パイロットも兼ねる機長は、操縦ミスを起こすようなヘマはしない。副操縦士コ・パイロットも同様だ。

冷たい飛行艇内の床に身を預けていたアルセーニェフは、ようやく、それ(・・)が異常事態だと悟った。長い髪が、風に揺れた(・・・・・)



「アル!」



渾名で呼ばれ、彼の意識はようやく動き出した。視界が空を捉える。



――空が見える(・・・・・)



彼は気付いた。

飛行艇の機首が、丸々消滅していたのだ。

その直後、彼は首を掴まれ、外に放り投げられていた。


彼が敵に邀撃されることが前提の帝國国防海軍哨戒航空団の人間だったなら、すぐにわかっただろう。飛行艇は頑丈だ。航空機搭載の大口径砲は勿論、高射砲が直撃したとしても“機首が吹き飛ぶようなこと”にはそうそうならない。これは、爆撃機迎撃用の対空噴進(ロケット)弾の直撃を受けたのだと――。




運輸省の外局であるSPO司令部は、全くの対策なしに貴重な飛行艇や巡視艦艇を極東の火薬庫たる中華大陸に派遣したわけではない。

無論“准軍事組織”を名乗っている以上、ものものしい装備を搭載するわけにもいかないし、帝國国防軍を頼ればわざわざSPOが派遣される意味が無くなる。

SPOが海上護衛総隊の成れの果てであることはすでに述べた。

つまり、SPO上層部のほとんどが、旧海軍の軍人だった。そして彼らは“民間人”となっても、中華大陸が“安全”と判断するほど平和ボケしていなかった。

対策はされていた。

例えば飛行艇を含む巡視機の場合、武装のほとんどを外すことで、誘爆を防ごうとした。さらに、国防空軍の新鋭爆撃機でも採用していないような、まさに最新鋭の自動消火装置なども搭載されていたし、全乗務員には落下傘の着用を義務付けた。


キリギリス(グラス・ホッパー)03」号も例外ではなかった。が、この機はどこまでもツキ(・・)がなかった。

機首に直撃弾を浴び、操縦士や航法士を失えば、機体の制御は不可能だし、そもそもバランスが制御できなくなり、落ちるしかない。

動かす人間が吹き飛べば、鋼鉄の怪鳥はイカロスの如く落ちるしかない。

無人機の無いこの時代の航空機の致命的欠陥を、「キリギリス(グラス・ホッパー)03」号はものの見事に体現したのだ。

輝星ティンクルスター”すなわち二式大艇は、強靭な防御装甲を誇っていたが、流石に噴進弾の直撃は荷が重かった。


結局この時、機長を始めとする五名の乗務員が失われている。助かったのは、同機通信士三等海尉セルギ=アルセーニェフと同機救命士一等海尉九頭川(くずかわ)白部しらべの二人のみであった。

もっともこの二人の生存が確認され、SPOに復帰するまでには、もっと後の話ではあるが――。






中華人民共和国天軍の爆撃機の大編隊が中華連邦との国境線上空を越えたのは、SPO巡視水上機基地の管制塔が大騒ぎとなっている、まさににその瞬間であった。

最前線の一つである浙江せっこう省第三野戦航空基地の管制塔の管制官は、即座にレーダーの反応が誤作動かもしれないという誘惑を放棄した。



『中華人民共和国赤色天軍爆撃機、多数接近!機種はB-25“ミッチェル”、機数は40、いや50機以上!戦闘機の護衛を伴う!これは演習にあらず!』



この報告は航空管制機出雲(いずも)コールサイン「厳島いつくしま」を通じて、近隣の基地全てと南京の|在中華大陸帝國国防軍総司令部《GHQC》に知らされ、そのまま東京や南京、北京が知る所となった。


さらに偵察機が、国境に向け進軍する中華人民共和国赤色陸軍(紅軍)の軍団を発見。


「厳島」統制官はこの報告を受けるや否や、これは北中国との本格的な戦争の開幕だと判断した。



「近隣野戦航空基地「朱雀すざく」、「青龍せいりゅう」、「白虎ぴゃっこ」、「玄武げんぶ」に通達、[直チニ遊撃用意セヨ]……それと後方の航空基地「麒麟きりん」に、攻撃隊の発進を要請しろ」



統制官鬼頭崎(きとうざき)温海あつみはテキパキと通信員オペレータに指示を飛ばした。

五六式航空管制機“出雲”は、いざ前線の基地が破壊、或いは占領された時に備えての臨時司令部も兼ねている。そのため最悪の場合は、鬼頭崎中佐が現場の総指揮を執る可能性もあった。だから、航空管制機統制官は航空は勿論のこと、陸戦に関する知識も必要である。

つまり、国防空軍中佐の中でも最優秀の者――それこそ大佐でもおかしくない人物――が選ばれる。鬼頭崎もその一人だった。


「朱雀」から「玄武」までは、それぞれ国境付近にある国防空軍・海軍航空隊合同野戦基地のコードネーム、「麒麟」は上海にある大規模航空基地のコードネームだ。

なお、第三野戦航空基地のコードネームは「白虎」である。



[こちら「千早ちはや01」、敵爆撃隊発見、突撃する!]


「統制官、千早隊が戦闘を開始しました」


「続いて彦根ひこね隊、姫路ひめじ隊、戦闘開始です」



誘導弾搭載の四式戦闘機“疾風はやて”Ⅲ型や四九式戦闘攻撃機“迅雷じんらい”が、熊蜂のようにB-25爆撃機の群れに襲いかかった。

爆撃機には、カ―チスP-40“ウォーホーク”やP-36“ホーク”、さらにはベルP-39“エアラコブラ”の護衛がついていた。



「バカ―チス共か……P-36の航続距離は短いはずだ。P-40も初期型だから、大した脅威にはならないだろう……残るカツオブシ(P-39)は、確か被弾に弱かったはずだし……太平洋でノースアメリカン(P-51“マスタング”)や“B王”(B-36戦略爆撃機)を相手取っていた熟練者が鍛えたウチの航空隊には脅威となるまい……」



鬼頭崎は戦況盤を眺めながら、小さく呟いた。確かに其々の遊撃飛行隊は、太平洋戦争や対ソ戦を生き抜いた者が指揮官となっているか、或いは教育を担当していた。

熟練者の大半は、今は新鋭のジェット機への転換訓練を終え、新米ルーキーにその腕を見せつけているはずだ。

だが、今の大戦時と変わらぬまま疾風や五式戦闘機などを乗っている者もいた。


今のところ帝國国防空軍は、ジェット機の導入やパイロットの確保を優先的に行いつつ、既存のレシプロ機やターボ・プロップ機の生産も続けていた。

それはUNAO諸国においては、未だに四式戦どころか一式戦闘機“はやぶさ”は主力戦闘機として需要があり、帝國でも練習機としては勿論、第一線でも需要があったからだ。


ジェット機相手には荷が重い四式戦や一式戦も、相手が同じレシプロ機なら、まだまだタメ(・・)を張れる機体である。しかもジェット機と比べて、舗装が万全ではない野戦飛行場でも活躍できるし整備も容易だ。

さらにプロペラ機ではあるが、四式戦Ⅲ型は戦後に配備が開始された新鋭機だ。二重反転プロペラを採用し、発動機もターボ・プロップエンジンを搭載している。


さらに一式戦は、Ⅲ型は防弾性能に重きが置かれて航続距離が下がっているが、初期型(Ⅰ型)やⅡ型、Ⅳ型は長大な航続距離を誇り、哨戒機としても需要があった。

無論、専門の偵察機や早期警戒機と違い、単座の軽戦闘機に過ぎない一式戦は、仮に機銃を外したとしても最新の電探などの電子機器や通信機を乗せるのは無理がある。それでも、中華人民共和国紅軍の動向を探るのには十分であった。



「統制官、誘導弾群が命中……敵爆撃機、次々と撃墜されていきます。誘導弾発射後、機銃戦へと移行します」



オペレータの声に顔を上げ、鬼頭崎はレーダー・スコープを見た。



「敵爆撃機残存機、「白虎」航空基地上空へ到達……基地防空隊、誘導弾発射、高射砲砲撃開始……」



「ほう」



赤色天軍は、友軍の損害に浮足立つことなく爆撃を開始する腹らしい。

思ったより度胸があるようだ、と思った鬼頭崎はメモに[敵赤色天軍ノ士気ハ存外ニ高シ]と走り書きで書き込んだ。






・煌鳳型航空母艦『煌鳳こうほう

 基準排水量20,000トンの中型空母で、戦後第二世代に属する最新鋭空母。コストの削減と運用性の向上を図るため、コンパクトにまとまっているがジェット機の運用が前提となっており、戦前・戦時中就役の中型空母より遥かに高性能である。アングルド・デッキ及びカタパルトを装備している。現在のところ四隻建造予定で、二番艦が現時点(17話)で起工済み。


*予定艦名(二番艦以降)……『祚鳳そほう』・『祭鳳さいほう』・『瑞鳳ずいほう



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