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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第1章 嵐の中の静けさ Ⅱ
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ⅩⅣ 闇夜の灯篭

高雄警備司令部(HQ)の談話室に設置されているラジオから、雑音混じりに低音が響き渡った。



小澤おざわ国軍相(統合国軍大臣)……」?



何度か聞き覚えのある声に、藍原彗一あいはらすいいちとサリアを始めとする士官・下士官兵達は耳を傾ける。


小澤おざわ治三郎じざぶろう国軍相の声に違いなかった。



『この度の、台湾民主連邦沖、澎湖諸島での海賊との遭遇戦は――』



「ねぇ、彗一」



未だに『酒匂さかわ』の帝國国防海軍将兵服を着ているサリアが、藍原彗一あいはらすいいちの袖を引っ張った。



「この声の人は?」


「小澤国軍相。帝國軍事のナンバー2さ。“旧世代”の重鎮でもある」


「“旧世代”?」


「戦前――つまり国防軍設立以前から、旧帝國軍にいた軍人の事。ちなみにあの人は海軍出身。前の戦争では、提督クラスもけっこう戦死したし、残った人も引退した人が大半だから、あまりいないんだけどなぁ」


「戦死……」



サリアが複雑そうに顔を歪める。



例の交戦の後、藍原達は喪失戦力の補充も兼ねて高雄に帰還していた。

国防海軍艦艇が海賊と交戦し、喪失艦、死者が出たのは話題性十分なニュースである。

すでに帝國中のメディアは、台湾民主連邦が非常事態宣言を発令。自軍の水雷戦隊を出撃させたことを明らかにしていた。


また、表敬訪問も兼ねて来日していた米合衆国艦隊と英王立艦隊も、出撃準備を整えているとの話もあった。



「藍原」


「ああ」



蝉林せみばやし津具樹つぐきが藍原の肩を叩き、一枚のペーパーを見せた。



「これは?」



「第二〇五警備戦隊(ウチ)に新しく配属される艦のデータだ。それと、フィリピンの方に行った独立第六八戦隊が合流してくる」


「何だ、もう来るのか」


「そうらしい。随分と手回しが良いな。いや、俺がおかしいのか?」


「……で、一体どこのどいつが仲間になるんだ?」


「ああ――」



小首を傾げていた蝉林は、ペーパーを藍原に見せつけてため息をついた。



「特型戦闘艦『永祚えいそ』。竣工したての、超高速海防艦だよ」






深夜。

澎湖諸島のとある島付近の海を、数隻の軍艦が航行していた。

よく見ると、それは帝國国防海軍の象徴たる旭日旗をあげている。


よく見ると、それは改松型かいまつがた駆逐艦だった。四隻が、中央に浮かぶ平べったいシルエットの軍艦を護るように進んでいる。

灯火管制が敷かれた薄暗い艦橋では、数人の軍人たちが話し合ったり、混沌とした闇に目を向けたりしている。


艦橋の男達が見守る中、平べったい軍艦から何かが下された。

大型のボートだった。見る者が見れば、それは帝國国防軍自慢の大発(大発動艇)だとわかるだろう。

艦首が前扉となっており、当時としては非常に画期的な揚陸艇だった。


これは通称“大発ⅣD型”と呼ばれる四式超大発動艇D型で、新鋭の七式中戦車(37トン)は勿論、56トンの二式重戦車をも運べるように設計されている。


そして、中央を陣取る艦は『知床しれとこ』。嘗ては『蒼龍そうりゅう』と呼ばれていた、航空母艦改装の揚陸母艦であった――。






基準排水量15,900トンの中型空母『蒼龍』は、空母黎明期に建艦された、ある意味では完成途中の軍艦だった。しかし、この艦の設計で日本空母のモデルが完成したといっても過言ではなく、世界で初めて(実験的な意味で)アングルド・デッキ(斜め飛行甲板)を設置したフネでもあった。

しかし、戦争で姉妹艦『飛龍ひりゅう』を失い、しかも中型空母である故に、主力の顔を大鳳型以降の大型空母に譲った。もっともそれが、『蒼龍』が生き残った理由といっても過言ではない。戦争末期の『蒼龍』は、もっぱら航空機輸送や対潜警戒に従事していた。


戦後、この『蒼龍』は次世代艦建造に向けてのテストベットに選ばれた。そして、国防海軍が目を付けたのが“揚陸母艦”という新しい艦であった。具体的に言うと、戦後誕生した“陸戦師団”の母艦となることが決定したのである。


空母の積載能力は素晴らしい。何しろ多数の航空機とそれらの兵装・交換部品だけではなく、空母自体の兵装や燃料なども搭載している。並の輸送艦を凌ぐ積載能力である。


実は戦時中、日本帝國軍はガダルカナル攻略時に、輸送船舶不足を理由に空母『赤城あかぎ』を輸送任務に駆り出した事がある。実はこれが、案外と図に当たった。もっとも『赤城』は図体ばかりがでかく、スピードも出ない旧式艦だったので輸送任務に投入されたのだが。


現在、国防海軍配属の陸戦師団は北海道・東北・関東・中部・関西・中国四国・九州の七つの地方(ごと)に一個師団ずつ編制・配備されている。

そして陸戦師団の主任務は、敵に占領された帝國領奪還のための敵前上陸である。つまり島嶼上陸も主任務であり、島嶼上陸のためには当然母艦が必要となる。

それは唯の輸送船では務まらず、積載能力を誇りながらも、通信設備が充実しており、司令部移動のためにも回転翼機や小型機が運用できなければならない。

つまるところ、空母状の艦艇が最も好ましい。


無論、専用の揚陸艦の建造も行われているが、さすがに最低でも10,000トン以上の母艦の建造には、コストも時間もかかる。ならば、使い所が難しくなった中型空母を改装するのがもっとも手っ取り早い。

それが、国防海軍が揚陸師団司令部との協議の末に、下した結論だった。


改装され、新たに『知床』と命名されたこのフネは、輸送用回転翼機や小型連絡機、そして戦闘爆撃機を数機搭載した多目的艦として生まれ変わった。勿論、空母としての対潜哨戒や航空支援なども可能となっている。

そしてこの『知床』は、東北の第二陸戦師団配属となり、第二揚陸艦隊旗艦にもなった。

また、第二揚陸艦隊は『知床』と揚陸艦艇六隻、巡洋艦一隻、改松型駆逐艦一個戦隊(六隻)で編制されている。

が、今この場を航行しているのは『知床』そして護衛の駆逐艦四隻だけだった。





とある小島の砂場に到着した大発、そして航続した小型の揚陸艇から人員、そして戦車が飛び出してきた。人数はそれほど多くなく、精々十人前後。戦車も二輌だけだった。


七式中戦車は、太平洋戦後に配備された傑作中戦車で、88ミリ45口径砲を搭載し、傾斜付き前面装甲も備えている。それでいて自重は37トンまで抑え込まれており、速力も文句はない。

現在、陸戦師団及び帝國国防陸軍の主力戦車である。


将兵は、これまた国防陸軍でも採用している五一式自動小銃を構え、周囲を警戒しながら辺りを見渡している。

その中に混じっている異様な雰囲気の長身の男が後ろに控える部下を見た。



「中尉、ここに臨時観測施設を設置する。準備に取り掛かってくれたまえ」



彼は戦闘服を着込んでおらず、陸戦師団所属であることを意味する青色の鉄帽ヘルメットも被っていない。そしてあろうことか、彼は背広を着込んでいた。どう見ても、正規の軍人には見えない。

しかし、それが彼の狙いでもあった。


その後、再び大発が砂浜に到着した。

今度は、どう見ても軍人には見えない、ブルーのラインが入った白を基調とした服を着込んだ男女・・が、倒れた前扉から出て来た。その数は一五人程。

彼らの制服には、右胸に“海洋観測部”と書かれている。


どうやら背広の男は、この異様な制服組のリーダーらしい。


そんな彼らを眺めながら、先程背広の男に命令を受けた中尉に、後方に控える部下が話しかけた。



「中尉殿、本当なんですか?……彼らが、“統情”(統合国軍省情報局)に属する特殊部隊って」


「そう聞いているぞ軍曹……連中は“五課”だ」


「五課?」


「ああ、海洋観測部第五課、通称“海洋五課”だ。海洋観測部は文字通り、観測艦とかのデータを集めて海水の温度や波を観測、さらに海底地形の調査をする部だそうだが、五課は生粋の戦闘部隊……“海賊狩り”のエキスパート集団らしい。

注意しろよ軍曹……ああいう人種やつらは、同胞を同胞だと思っちゃいねェ。とくに“統情”の特殊部隊なんぞ、戦場をゲームに喩える奴らでひしめいてやがる」



三剣みつるぎ陣朗じんろう中尉はそう言って、背広の男に嫌悪感丸出しの視線を向けた。








・四式超大発動艇D型

 帝國国防陸軍が開発した揚陸艇。戦時中に活躍した大発を拡大したもので、新型戦車や自走砲なども輸送できるようになっている。



知床しれとこ型揚陸母艦『知床しれとこ

 基準排水量21,000トン(改装後)の揚陸母艦で、元航空母艦『蒼龍そうりゅう』。第二陸戦師団の移動司令部と母艦を兼ねる。また、戦闘爆撃機も搭載しており航空母艦としても活躍できる。



・七式中戦車

 太平洋戦争後の帝國国防陸軍主力戦車。88ミリ45口径砲を搭載し、敵弾を防ぐために傾斜付きの前面装甲を備える。攻撃力と防御力、そして量産性が高次元でバランスがとれた世界最強クラスの戦車で、自重37トン。

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