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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第1章 嵐の中の静けさ Ⅱ
15/33

Ⅻ 水色に消えて縹色

「何だって?もう一度言ってくれないか」



『K12号』の戦闘中枢(CIC)で、受話器を取りながら藍原彗一あいはらすいいちは聞き返した。



[だから、空母だそうだ。中華人民共和国赤色海軍の空母が台湾に向かっているらしい]



嘗ては、ソヴィエド海軍を指していた“赤色海軍(レッド・ネイヴィ)”は、今は中華人民共和国海軍を指す言葉として定着していた。


藍原は小首を傾げ、『K12号』通信士蝉林(せみばやし)津具樹つぐきに聞き返した。



「連中に空母があったのか?」


[空母といっても、輸送船の上部構造を全部取っ払って飛行甲板をとっ付けたような代物だ。カタパルトがあればレシプロ機なら運用できる。複葉機ならさらに容易だ]



蝉林の返答を聞き、藍原は諒解を返すと受話器を置いた。

通信士は船務科の役職だが、航行中は艦橋にて艦長の補佐を行う。そのため、蝉林は船務科の根城たるCICにはいない。

もっとも、海防艦のCICなど窮屈の一言に尽きるため、入ろうにも入れないだろうが。便宜上は“CIC”などたいそうな名で呼ばれているが、実際は通信機とレーダースコープが置かれているだけである。

あとは透明なボードがあちこちにあり、マジックを持った船務科将兵が情報を書き込んでいるくらいだ。


藍原は見た事が無かったが、日本帝國には輸送船の設計図を流用した「商船型空母」というものが存在した。主に船団護衛に投入されたが、確かにレシプロ機なら運用可能だろう。今は、全隻が除籍されたはずだが。


厄介なことに、嘗ての南中国(というより中国共産党)は米合衆国より支援を受けていた。航空機も大量に輸出されたはずだ。

パイロットさえ確保できれば、容易に運用できるかもしれない。



「船務長、高雄警備HQから情報です。赤色海軍の空母が台湾に向かっています」


「うん、レシプロ機でもやっかいだね」



眠そうな目をこすりながら、船務長はため息をついた。


警備戦隊群は潜水艦狩りが主任務で、防空戦闘はそれなりのものでしかない。

まつ型駆逐艦はともかく、くぐい型海防艦に防空能力はない。いや、あるのだが、八八ミリ高角砲一基と誘導弾発射管一基、そして機銃ではいかにも心細い。



「『竜胆りんどう』は何か言ってきてる?」


「何も」



第二一警備戦隊群の指揮を執るのは、最先任の『竜胆』艦長である。

現在、『竜胆』が先陣を切り、その後ろに『山茶花さざんか』・『K12号』・『K18号』・『K45号』・『K05号』が続き、最後尾に回転翼機母艦(ヘリ空母)の『瑞穂みずほ』。それを『向日葵ひまわり』と『白百合しらゆり』が護衛エスコートしている。



浜北はまきたの親爺なら、空母に特攻とか平気でやりそうだなぁ……」



船務長の呟きに、藍原を含めた船務科員は顔を引き攣らせた。

浜北はまきた岳志たけし『K12号』艦長は、先任の水雷長曰く“お伽噺で奇計を弄する奴をそのまま煮た様な人”だった。つまりあくどいことを考えては、嬉々として実行するタイプの男である。

あの人なら、対空誘導弾を空母の艦橋にブチ込むくらいやりそうである。


しかも『竜胆』艦長も、それを咎めるどころか乗っかるのだから始末に負えない。


古参の機関長曰く、浜北少佐と『竜胆』艦長は同期で、しょっちゅうつるんでは碌でもないことをしでかしていたらしい。


特に『竜胆』艦長利井(りい)火鮫ひさめは、上司を酒の席でぶん殴って警備戦隊群に左遷されたという噂すらあった。しかも藍原達からしてみれば、その噂もあながち嘘とも思えなかった。要は、そういう(・・・・)風に見られてもおかしくない人間なのだ。


まぁそれと比べれば、大胆不敵で茶目っ気がありすぎる(・・・・・)浜北少佐の方がまだマトモかもしれない。同情すべきは『竜胆』先任と乗務員である。



五弓ごゆみ中尉殿」



航海管制員が船務長の方を向いた。天井から吊るされ、固定されたボードには近辺の海図チャートが描かれ、部隊の航路が逐一描き込まれている。

航海管制員は、そんなボードに指を当てながら言った。



「現在我が部隊は、澎湖諸島沖を航行しつつ対潜警戒を行っておりますが……」



そして彼は、指を北東に向けてなぞらせた。



「この付近より、先程『仁淀によど』からの通信にあった地点ポイントです。正確には、『ごうしお』が謎の推進音(アンノウン)を捉えた場所です」


「その通り」



五弓ごゆみ弓尋ゆみひろ船務長は小さく頷いた。欠伸を噛み殺しているのか、目に涙が溜まっている。



「だからこそ、我々は澎湖諸島沖(ここ)にいるわけだ」


「――しかし」



口を挟んだのは、実習で『K12号』に乗り込んでいる士官候補生だった。

いや、航海管制員の態度からして、恐らく事前に口裏を合わせていたのだろう。



「未だに、本艦及び本部隊は、件の“敵潜”を捉えておりません」



候補生はわざと“敵潜”の部分を強調した。

世間では冷戦だの何だの騒がれているが、彼ら軍人からしてみれば、すでに中華人民共和国との戦争は始まっている。そこは、国民と“最前線”にいる軍人の差だった。



「滅多な事を言ってはいけないよ、候補生殿」



五弓中尉が微笑し、首を振る。



「帝國国防軍は“文民統制シビリアン・コントロール”の元にある。我々軍人は、拳銃に装填された弾丸にすぎないんだよ。拳銃の引き金(トリガ)を引くか、どんなを装填するか、そもそも拳銃を懐に忍ばせるかどうかも国民が決めることだ。

外務省はまだ希望を捨てていない。戦争での決着は最終手段だ」


「外務省?大使館どころか公使館も置かれていない国相手に、どう交渉するというのですか!資本主義と共産主義は水と油です。彼の地で赤旗が翻っている限り、亜細亜に平和はありません!」



藍原は顔を顰めた。

上官に口答えすること自体が問題だし、話している内容も問題である。軍人に、国家の外交方針に口出しする権利はないし、出したところで意味はない。そもそも防衛力と国家は切り離されるべきである。そうしないと、何事においても武力を持ちだす“ならず者国家”となってしまう。


軍人の本分とは戦争をすることではない。戦争を防ぐことだ。

巨大な“抑止力”となることで、軍隊は祖国に奉公する。祖国に血に塗れた勝利を献上するのは最後の――本当に最後の手段なのだ。


が、この候補生の言っていることも間違いではない。

中華大陸は今や、“暗黒時代”を迎えている。

それに南中国との外交も、一向に進展しないのが実情だった。

夢想家ではない現実主義者リアリストは、戦争でどちらかが滅びでもしない限り進展はないことに気付いていた。


そして軍人は、その現実主義者リアリストの最たる例である。一回でも実戦を経験すれば、嫌でも現実主義者になるものだ。誇りや正義を述べているだけでは生き残れない事に、誰でも気付くからである。



「何より、陛下が賛成されていない」



日本帝國は、明治憲法(大日本帝國憲法)を大幅に改正していた。後に、“昭和憲法”とも呼ばれる新大日本帝國憲法である。


明治憲法との最大の違いは、天皇の統帥権の放棄と、天皇が“現人神あらひとかみ”ではなく、帝國の“象徴”となったことだ。日本軍は、天皇の軍である“皇軍”ではなくなった(ついでに近衛軍も予算の無駄という結論で廃止され、近衛隊(非軍事組織)が設立された)。

天皇は国家元首となりつつもその権力は大幅に狭められ、内閣総理大臣が天皇に権限を委譲される形で(・・・・・・)政治を行う。


しかし、国家の基本理念や戦争に関わる大事になる場合、他にも他国と同盟を組む場合などは首相は天皇に謁見、許可を取らねばならない。

当然開戦する場合は、天皇の了承が必要となる。

そのため最終的には、天皇の意思=帝國の意思となる。これだけ聞くと、君主制が強められたようにもみえるが、実際に天皇が首相(というより政府)の指針や政策に反対する事はほとんどなく、あまりにいきすぎた場合に限られる。つまり首相が行うべき御前会談は、ほとんど形だけのものであった。


皮肉なことに、これ程の改革が行われた原因が対ソ戦だった。

ソヴィエドの工作員の侵入を防ぐため、手っ取り早い方法が“民主化”であり、帝國では男女ともに参政権・選挙権が与えられ、男女格差もなるべく是正された(真っ先に軍が女性を採用したため、たいした混乱もなく是正は行われた。国民の大部分が、軍こそ最大の“男組織”と考えていたからである)。

つまり民主化さえすれば、わざわざ祖国を裏切ってソヴィエドにつく者も出ないわけだ。


ちなみに大韓共和国も帝國に倣い、民主化を進めていた。


無論、先制攻撃を受ければその限りではなく、現地指揮官の権限で反撃も許される。領空・領海侵犯においても同じである。実際、対馬や九州には中華人民共和国の偵察機が毎日のように侵入していた。

日本帝國は特に非難をしていない。

なぜなら帝國も、全く同じ事をやりかえしていたからだ。


陛下を出されては、候補生も黙るしかない。

帝國で“不敬罪”はすでに廃止されているが、未だに禁忌タブー扱いされていた。罪にはならないものの、周囲から白い目どころか殺意の目で見られること確実である。






「話を戻しますが――」



航海管制員は、強引に話題を本線に戻した。

中尉と候補生の白熱議論に平然と割り込むつわものに呆れつつも(人の事は言えないが)藍原は彼の言葉に耳を傾ける。



「件の潜水艦・・・が、帝國や合衆国の最新鋭の潜水艦と同性能だと仮定したとしても……これほどの警備を完璧に潜りぬけられるとは思えません」



対潜機器は日進月歩で進化しているが、同様に潜水艦の性能も進化している。しかし、いくら艦の性能が高くとも、碌な海軍を持っていない南中国のサブマリナーが、それを扱えるとは考えられない。当然、南中国が高性能の潜水艦を保有していること自体考えにくいのだが、そこは航海管制官の考える領分ではない。



「つまり、そのアンノウンは別ルートを通ったと?」


「それも考えにくいのですが――判断するのは戦隊群司令部や中尉殿です」



もっともな意見だったので、五弓は寝ボケまなこ(のような瞳)で航海管制官を一瞥しただけだった。



「ですが――」



落ち着いたらしい士官候補生が言葉を引き継ぐ。



「考えにくい……とは思います。なぜなら、この航路ではないとなれば――」



ペンを取り出し、ボートに赤線を入れる。



「台湾からさらに北上するか、大周りで南シナ海にでるしか。いずれにしろ帝國若しくはUNAO諸国の領海に侵入することになります」


「なーるほど」



五弓船務長が全然嬉しそうではない表情で膝を打った。



「ですが、有り得ません」



候補生の言葉に、藍原は頷いた。南シナ海は、UNAO加盟国がひしめきあっている上に、しょっちゅう合同訓練(というなの対中華人民共和国訓練)を行っている。

フィリピン共和国海軍にいたっては、日本帝國から軽巡洋艦『五十鈴いすず』と夕雲ゆうぐも型駆逐艦を購入しており、立派な水雷戦隊を保有していた。なかなかの戦力である。



「しかし、ここで空母が出て来ました」



候補生はニヤリと笑った。



「確か我が軍の水上機母艦や特設巡洋艦(仮装巡洋艦)は、潜水艦への補給任務も帯びていたはずです」



それを聞いて、五弓は大げさに驚いた顔を見せた。



「ほぉーッ成程ねぇ……確かに件の空母は、元は輸送船だ。補給機能を持たせることは難しくない……でも、だからといってどうするんだい?」


「ああ。まさか、その空母を攻撃しようだなんて言わないよな?」



いい加減に心配になった藍原は、そう言って士官候補生を見た。

が、彼は首を振った。勿論横にである。



「まさか。件の空母は赤色海軍旗を掲げているのでしょう?海賊は兎も角、これを攻撃すれば――」


「外交問題じゃあ済まないな」



藍原はそう言って頷く。



「船務長」



通信員が船務長に電文を渡した。



「んあ?……ふむ……」



五弓は独りでに頷くと、通信機をとった。艦橋へと繋げる。



「通信士。『竜胆』宛てに「独眼竜」より連絡がきた。ようやく来たよ……件の空母が引き返したそうだ。空母は目算で基準排水量8,000トン前後だそうだ。甲板に艦載機は出ていなかった」


[諒解]



蝉林が淡々とした口調で返す。



「『鳳翔ほうしょう』クラスですね」



藍原が言った。

日本初と同時に世界初の空母(設計段階から空母だったという意味で、巡洋艦改装の空母は既に存在していた)である『鳳翔』は練習空母として運用されていたが、流石に旧式化が著しく、すでに除籍・解体されている。

なお、『鳳翔』の名は聖鳳せいほう型核動力推進空母二番艦の名前に引き継がれるという噂もある。

ちなみに、『鳳翔』は基準排水量7,470トン、満載排水量10,500トンである。






一方、台湾西の海上を、一機の大型機が航行していた。

四発のエンジンに、円型レドーム(レーダー・ドーム)を搭載し、機体を純白に塗装している。


五六式航空管制機“出雲いずも”。

富嶽ふがくの配備により、余剰となった連山れんざんの機体を流用した航空管制機――空飛ぶ司令部である。



「機長、『竜胆』に送信しました」



ヘッドマイクを装備した通信員オペレータ凛鳴(りんめい)雫玖しずくが言うと、航空管制官から返信が来た。



[よくやった少尉。これより我ら「独眼竜」は「日の出」の報告を順次送信する……]



しかし、現在出雲の任務は“空中通信中継所”のようなものになっている。本来は、空中・地上・海上の友軍を統合的に管制し、情報を一元化させるための最新鋭機なのだが、そのような大会戦など早々起こるものではない。

そのため運用試験も兼ねて、中華大陸やカムチャッカ、セイロンなどの各地に送られ、データを採っていた。

もっとも出雲は高価な機体のため、まだ六機しか完成していない。


なお「独眼竜」は出雲三番機、「日の出」は南中国空母を監視している偵察機“景雲改けいうんかい”のコールサインである。



単調な任務になりそうだ、と凛鳴は誰にも悟られないようにため息をついた。













・五六式航空管制機“出雲いずも

 連山の機体を流用した航空管制機。大量の通信機器と広範囲を探知する大型レドームを搭載し、空中で航空隊の指揮を行う機。しかし、最新装備を詰め込んだ結果、戦略爆撃機並みに高価な機体となってしまった。




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