Ⅹ しんしんと積もる不信
[第一一艦隊、台湾領澎湖諸島ニテ国籍不明潜水艦ニ襲撃サル]
電文を握りしめ、一人の男が頭を抱えていた。
帝國国防海軍士官服を着込み、大佐の肩章を付けた男は、一声唸ると、後ろで控える砲術長を見つめた。
「国防艦隊司令部は戦争をする気か?」
「いささか判断がつきかねますな。相手は“海賊”ですし」
「海賊だと?一体どこの世界に、魚雷を装備した潜水艦に海賊旗を掲げる冒険野郎がいるんだ?」
男――無東銅鐸は、今にも貧血で倒れそうな表情を皮肉気に歪めた。そして大声で詰め寄った。
「どう考えても、これは南中国(中華人民共和国)……若しくはそれに見せかけようとする第三勢力の仕業じゃないか!
国境線があやふやで冷戦体制になっている島に、“海賊”らしき武装船と潜水艦が現れ、台湾の同胞たる帝國籍の軍艦を攻撃してきた。これが偶然で片付けられるかッ!」
まくし立てられ、年季が入った風体の砲術長は、困ったように眉を下げた。
無東の意見はほぼ正しい。だからこそ反論できないし、否定もできない。
「本国はこんな時に何を考えているんだ?“海賊狩り”を名目に、堂々と澎湖諸島に軍を派遣する気か?」
それこそまさかである。戦争になっても文句は言えない。澎湖諸島は、南中国福建省の眼と鼻の先だ。戦略爆撃機どころか、双発中爆撃機でも悠々と往復が可能である。
もし、澎湖に帝國の航空基地でも造られれば、南中国は喉元にナイフを突きつけられたような状態となる。
ましてや福建省は、東中国(中華連邦)と国境を接している“最前線”だ。同時に攻撃されれば、目も当てられない。
「そんなことになれば、我々は真っ先に戦場送りではないか……」
無東はそう言って、頭を抱えた。
無東銅鐸が艦長を務める大型多目的巡洋艦『天城』は、沖縄の中城湾に停泊していた。
所属は第二防衛艦隊第三遊撃戦隊だったが、『天城』そして姉妹艦『葛城』と、なぜか第一防衛艦隊所属の第三一護衛戦隊と共に沖縄に派遣され、第八艦隊を編制していた。
大型巡洋艦二、巡洋艦一、駆逐艦六というちぐはぐな編制であり、対外的にも彼ら自身にも、沖縄警備のための部隊だと説明されていたが、いざ中華大陸で戦火が上がった場合に備えての高速機動部隊であることは、誰でも想像がついた。
天城型大型多目的巡洋艦は、元は大量除籍した戦艦の穴埋めのために建艦された艦である。しかし、運用試験を行っていくうちに、戦艦との殴り合いは不可能という結論に至った上、防御力の不足が指摘された。旧式戦艦相手ならまだ戦えるが、米国のサウスダコタ級やアイオワ級と殴り合うには装甲が薄すぎる。
『長門』や『陸奥』が沈められた以上、天城型もその場にいれば沈められただろうから、帝國の判断は正しかった。高速性を重視し過ぎた結果、防御力は低く、特に魚雷防御は致命的だと判断されたのである。
しかも、工期も思ったほど短縮されず、戦艦とさして変わらなかった。
結果、本来なら、駿河型巡洋戦艦や金剛型戦艦と共に、敵戦艦との遭遇戦や防空艦として活躍する艦として大量建造される予定だった天城型は、僅か二隻で建艦終了となった。
その代わりとして、阿蘇型航空巡洋艦にも装備されたV字飛行甲板が設置され、航空機の運用も可能となった。
主砲も戦艦との砲撃戦が出来ない以上は不要である。三六センチ六〇口径連装砲三基の予定だったが二基に減らされた。
が、空母護衛の任は変わらず――そもそもそのために高速性を確保したのだが――防空艦としての機能は予定通りに備えられた。
結果、巡洋艦との殴り合い・空母護衛・航空機運用が可能と幅広くマルチな機能を備えた艦となり、“大型多目的巡洋艦”――通称「大巡」に分類された。
そんな天城型は、コンパクトな高速展開部隊を率いるには最適である。神出鬼没に南中国沿岸に現れては、艦砲射撃や航空攻撃を行える。
さらに天城型は改装により、様々な誘導弾・噴進弾を搭載しているから、攻撃手段も無数にある。
が、艦長の無東としてはたまったものではなかった。
敵は躍起になり、第八艦隊を仕留めようとするに違いない。獲物を狩る猟師の如く、付け狙われるのは目に見えている。
天城型が防御力に難があるのは周知の事実だ。
“第二次マリアナ沖海戦”で、合衆国最強のモンタナ型戦艦『メイン』が戦略爆撃機“富嶽”部隊の爆撃で煉獄に沈んだ事からも分かるとおり、戦艦でも空からの攻撃には敵わない。
ましてや、巡洋艦に過ぎない天城型はもっと敵わない。
航空支援は必須であるが、第八艦隊に空母はない。
「せめて、中型空母が二隻あれば……」
天城型の搭載機は、『天城』と『葛城』を足しても二〇機。小型空母一隻程度である。戦闘を数回行えば、たちまちすり潰してしまう。いや、一回の攻撃で壊滅する可能性も十分ある。
雷鶴型が欲しいなどと贅沢は言わないが、せめて海隼型が欲しいところである。
そんな弱気な無東を見ながら、砲術長は呆れていた。
――これが帝國国防海軍大佐、それも大巡艦長の姿か。
無東の懸念はもっともであるし、艦長は乗務員の命を預かっている。帝國の“人命尊重主義”は末端まで行き届いている(はず)だから、無東が特殊というわけでもない。
が、せめて部下の前くらいは虚勢でも良いからしゃんとしていてほしい、と林垣巡少佐は複雑な表情で艦長を見つめていた。
・天城型大型多目的巡洋艦『天城』・『葛城』
基準排水量28,000トンの大型巡洋艦。減少した戦艦の代替艦として建造されたが、防御力が低く(特に魚雷防御が致命的だと判断された)、艦隊決戦は困難であり、コストはともかく建造期間は戦艦と大差ないこともあって、二隻で建造終了している。三六センチ六〇口径連装砲二基を備えている他、後部にV字型飛行甲板を有しており、一〇機の航空機を搭載できる。防空艦としての機能も持つ。通称「大巡」。
・改松型駆逐艦(橘型駆逐艦)
基準排水量2,200トンの護衛駆逐艦(丁型駆逐艦)。松型駆逐艦の改良型・拡大型であり、速力などが上昇しているが、その分工期やコストは高くなり、松型が二〇〇隻以上就役しているのに対し、こちらは八〇隻程と数は少ない。高速のため、空母部隊や巡洋戦隊に随伴できる。