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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第1章 嵐の中の静けさ Ⅱ
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Ⅸ 罠に飛び込む憐れな蛙

不審武装船と交戦の報に、四水戦(第四水雷戦隊)に緊張が走っていた頃、澎湖諸島に向け航行中だった六航戦(第六航空戦隊)四護戦(第四護衛戦隊)から成る空母部隊が、攻撃隊発進を急がせていた。


小型艦艇は機動性が良く、高速だが、航空機による空からの攻撃には弱い。小型爆弾でも致命傷を喰らう。


しかし、援軍を待つまでも無く、四水戦司令蛍森(ほたるもり)水無月みなづきは戦闘命令を下していた。

当然、これは越権行為でも何でもない。自衛のための戦闘発令は、現場指揮官なら誰もが与えられている。


攻略戦ならともかく、防衛戦や突発的な遭遇戦では、事前に指揮官にある程度の権限が用意される。今回の場合も、敵と遭遇する確率は高かったから、蛍森は少将として、戦隊を生き残らせるために当然、独断での戦闘開始が認められていた。


そのため彼女は、ダルそうにしながらも、矢継ぎ早で命令を下していた。



「総員戦闘態勢、国籍不明の不審武装船を発見すればとりあえず沈めて。問答無用……いきなり噴進弾ロケットを撃つ阿呆にゃいらないわ。まぁ、少しは生き残りが出るかもしれないから、漂流者は救助して……情報をたっぷり搾り取らせてもらいましょ」



「戦闘態勢、とは?」



確認の意味も込めて、霧水むすいはな先任幕僚が聞く。

すると、蛍森は不要だ、と言わんばかりに軍帽を深くかぶり、腕を組んだ。



「無論、砲戦よ。今の陣形を維持して……よってたかってこられると面倒だし。でも、接近されたら各艦長の判断に任せるわー」



高速で動きまわる小型艇相手では、流石の誘導魚雷も分が悪いし、そもそももったいない。

誘導弾も大量生産が可能になり、コストは大幅に下がっているが、それでも高い精密兵器である点には変わりないのである。


現在、『酒匂さかわ』は戦隊の中央についていた。それを、六隻の駆逐艦が囲むように配置されている。

そして、澎湖諸島方面には、『水風みずかぜ』・『萩風はぎかぜ』・『雪風ゆきかぜ』が配置されていた。



「『水風』の霊幹れいみきクンと『萩風』の斧田おのだクン、そして『雪風ゆきかぜ』の霜柳しもやなぎチャンは優秀だからどうにでもなるでしょ」


「諒解しました、至急、その旨を伝えます」



艦隊幕僚が嵯峨川さがかわ通信幕僚を一瞥すると、彼は無言で頷いて通信員オペレータに指示を飛ばした。






「やはりか」


「そのようで」



駆逐艦『水風』の艦橋で、艦長霊幹洞吾(れいみきどうご)が顔を歪めた。それを見護るように、先任(副長代行)であり航海長でもある青年が微笑みながら見つめていた。



「砲戦、用意」



戦闘喇叭(ラッパ)が鳴り、艦内に緊張が走る。



[岩礁に注意しろ、どこに潜んでいるか知れたものじゃない]


[レーダー管制システム、正常に作動しています]


[電波妨害も警戒しておけ]


[対潜警戒を怠るなー]


[主砲発射、いつでもいけます]



連絡が次々と飛び交う中、急にサイレンが鳴り響いた。


霊幹と航海長の顔色が変わった。

“魚雷接近”を知らせる警報サイレンだった。



[右舷より魚雷接近]



水測ソナー室からの通信に、霊幹は回避を命じる。

最高37ノットを叩き出す、『水風』の機関は今日も万全だった。



「回避成功」


「敵船は?」


[発見できておりません]


「潜水艦か?」


[おそらくは]


「艦長、『萩風』が回避運動を始めました」


「何だと」



霊幹は双眼鏡を後方へと向ける。

後続している駆逐艦『萩風』と『雪風』のうち、『萩風』は大きく回頭しはじめた。


敵船は未だに発見できず、影も形もない。となれば、潜水艦の可能性が高い。



「水雷長、爆雷投下を用意しておけ」


[諒解です]


「艦長、『雪風』艦長から通信です」


「あ?何のつもりだ?」



訝しげな表情を隠そうともせず、霊幹は受話器を取った。



[どうも……ぜ』艦長霜柳少佐であります……]



雑音混じりに、高いソプラノヴォイスが響いた。

『雪風』艦長霜柳海晴(しもやなぎみはる)の声は、適度な緊張を含んでおり、それが逆に霊幹を落ち着かせた。


[本艦の右方より……若干な……ら推進音ノイズを……捉えました。国籍までは……何とも言えませんが……潜水艦です]


「攻撃は可能か?」


[命中は期待できませんが、損傷くらいは可能でしょう……こちらが送った海域に、“漁火いさりび”(八式爆雷投射機)……を撃ちこんで……下さい。斧田中佐にはこちらから連絡します]


「諒解した」



『酒匂』からも許可を得た霜柳は、律儀にも自らマイクを握ったらしい。

霜柳海晴は、四水戦で一番新任の艦長で、蛍森と同じく数少ない女性“水雷屋”だった。



「テッ」



水雷長の命令で、“漁火”より一六発の小型爆雷が扇状に発射された。それぞれ磁気探知機能を備えており、潜水艦に近付くと自動で爆発する仕組みとなっている。

また、特定深度になっても勝手に爆発する。


無数の水柱が上がり、一際大きな水柱が上がった。



「あ、大きな水柱!あ、あ、油が浮いて来ました、波紋状に広がっていきます。撃沈か、損傷を与えました」


その報告に、霊幹は小さく頷いた。





同じ頃、雪丘奏深ゆきおかかなみを含む五六七隊の迅雷六機もまた、不審船に攻撃を繰り返していた。対地兵装は搭載していなかったが、まとまって機銃掃射するだけでも、漁船程度なら打撃となる。

乗務員を殺傷すれば、唯の“浮き船”となるからだ。


紅い飛沫があがるのを見つめ、雪丘は満足げに頷いていた。

が、突然、対空砲火が上がった。



[どこだ]



柏城かしわぎ隊長の不快そうな声が響く。もっとも、雪丘は彼の機嫌が良い声を聞いたことが無かったが。


岩礁の、洞窟の中からだった。岩が天然の塹壕トーチカを築いている。


それほど大口径でも、長射程でもなさそうだ。“対空砲”ですら無いのかもしれない。



[潮時か]



彩雲改「小雨」はすでに帰還していた。

海軍の援軍もそろそろ来るだろう。



[引き上げるぞ]


「諒解」



雪丘は小声で返すと、興味が失せた目で、鮮血と弾痕で彩られた武装船を一瞥した。


甲板では、東洋系の男が片腕を失い、呻いていた。






(まつ)型駆逐艦

 基準排水量1,500トンの量産型対空・対潜駆逐艦。徹底した低コスト化や、工期の短縮によって二〇〇隻以上が大量就役している。船団護衛や対潜掃討などに活躍しているが、速力に難があるため、空母艦隊随伴は不可能。アジアオセアニア連合(UNAO)加盟国にも給与されている。




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