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LaLa7~深淵の帝國と硝子の世界~  作者: 長良 橘
第1章 嵐の中の静けさ Ⅱ
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Ⅷ 上から降る雷

雪丘奏深ゆきおかかなみは、内心怒り狂っていた。


最愛の恋人との時間を邪魔され、しかも、下された命令が国防海軍の支援だ。


本来なら、緊急時に備えて緊急離陸(ホット・アラート)態勢で、高雄たかお航空基地に戦闘機の二機や三機は待機しているはずだ。

それを飛ばせば良いとは思うが、この日待機していたのは、“震電改しんでんかい”Ⅱだった。この機は邀撃機としては優秀だが、航続距離は長くない。元々渡洋出撃など度外視しているから当然なのだが。

そのため、“迅雷じんらい”を装備している雪丘達第三九八航空団第五六七戦闘飛行隊に白羽の矢が立った。


御蔭でこの様だ。


六航戦(第六航空戦隊)の艦載機はどうしたと文句を言った雪丘だったが、作戦会議ブリーフィングに来ていた飛行長エアボスに、ジェット機があまりに速すぎるため、海軍の彩雲改さいうんかいを護衛できないという理由でにべもなく追い返された。


雪丘奏深は、一度キレると彼女の恋人――藍原彗一あいはらすいいちが慰めるしか、機嫌が直らない。


それは、五六七隊の搭乗員パイロットから整備員エンジニアまで、誰もが知っていた。


そして、キレている雪丘奏深が、とてつもなく恐ろしいということも。


普段は、御淑やかな名家の令嬢という皮を被っている雪丘だが、彼女の本性は酷かった。

それはそれは酷かった。


彼女は、自身を藍原彗一のための“道具”と割り切っていた。


自分も、富も、名誉も、家柄も、金も、何もかも。



[各機カク各機カク、こちら「長篠ながしの01」。そろそろ澎湖ほうこが見えてくるはずだ……海軍サンの偵察機(カメラ野郎)が覗き見している時に、しっかり護衛しろよ]



通信機から飛行隊長の声を聞き、雪丘は顰め面をさらに歪めた。


機体を純白に塗り、尾翼に赤い矢が描かれた六機の四八式戦闘攻撃機“迅雷”は、綺麗な陣形を維持しつつ飛んでいる。

推進プッシャ式六翅プロペラが、独特の音を鳴らすが、それはエンジンが快調である証である。


双胴式双発戦闘機である迅雷のコックピットで、雪丘は、知らず知らずのうちに機銃引き金(トリガ)の安全カバーを指で押し上げていた。



――あぁ、殺したい。



雪丘奏深は殺戮者だ。

彼女は藍原のための道具となり、無機質な戦闘マシンとなることに快感を覚えていた。

そんな自分自身が、大嫌いだった。

自分も、親も、家も、祖国も、世界も、何もかも嫌いだった。

唯一好きなのは、彼だけだった。






ボーッとそんな事を考えていた雪丘は、ふと下を見ると、彩雲改が飛んでいるのが見えた。

彩雲改は、ターボ・プロップの高速偵察機だ。

流石にジェット機となると厳しいが、レシプロ機なら振りきれるだろう。


偵察機は“生きて情報を持ちかえること”が至上命令である。護衛があって困ることはない。



[「長篠05」……「小雨こさめ」につけ]


「諒解」



雪丘は返答して、機体を彩雲改付近までもっていく。その後ろを、僚機の「長篠06」がくっついてくる。

二機に挟まれた形となった彩雲改――コールサイン「小雨」――は、低空飛行しつつ、無人の島、というより岩礁を偵察している。


澎湖諸島の中でも、大きな島は住民がいる。が、そのほとんどは、今は一時的に避難している。

一種の疎開であり、台湾が、澎湖諸島を戦場にする気満々であることが窺える。


が、もちろん元から無人で、人間を養えない島も無数に存在する。

元々戦略的には重要だが、資源的には、それ程価値の無い島である。獲れるものは魚くらいだろうが、島国の台湾は、元々水産資源が豊富だ。

戦争という危険リスクを犯してまで、手に入れたい宝箱でもない。


何より台湾は、対ソ戦後に独立したばかりの新興国だ。国軍も整備されていないし、兵器は日本帝國のお下がりである。戦争などできる状態ではない。

さらに、国内統治も順風満帆とはいかなかった。


だからここで、中華人民共和国(南中国)が触手を伸ばしてくるのは非常に困る。






彩雲改は、大きく翼を振ると、雪丘機の真横についた。

通信が入る。



[こちら「小雨」……どうも様子が……変だ……人工物が多数……確認……]



雪丘は眉を顰めた。

同じことを飛行隊長も考えたらしい。



[カク、カク、全員戦闘準備……空気が悪いな、くるかもしれん]



柏城かしわぎ蒼樹そうき飛行隊長は熟練搭乗員ベテランだ。そういう(・・・・)勘は大抵当たる。

雪丘は無意識に、目の前に映し出される標準レクティルを確認。レーダーと連動しているかをチェックする。

そして機銃の安全カバーを完全に押し上げ、周囲を警戒した。

レーダースコープを見ても、異常は見受けられない。敵味方識別装置(IMF)も異常なし。



[あっ……こちら「長篠04」、海面に航跡を確認しました。位置は――]



その中心が終わる前に、隊長機――「長篠01」が動いた。

海面へと急降下し、波を舐めるような低空飛行で直進する。僚機の「長篠02」も、さも問題無いと言わんばかりにそれに続く。

双発機で無茶をやるものだと雪丘が感心していると――もっとも迅雷は、それが可能な設計となっているのだが――柏城大尉から続報が入った。



[確認した、小型艇だ……砲……サイズはわからんが、多分戦車砲クラスだ……発射筒(ランチャー)が見えるッ]


「あ、死んだかな」



雪丘はボソリと呟いた。

死ねばよい。その分だけ、自分が嫌いな人間が一人減る。



――一人でも多く、死ね。



雪丘は口元を歪め、純白の肌に皺を刻んだ。



白線が天へと昇っていく。誘導弾――いや、無誘導の噴進弾ロケットが発射された証だろう。

空へ咲くはずの花は咲かない。

隊長機は避けたらしい。

いや、“向こう”が外したのか。



――役立たずが(・・・・・)



雪丘は、機体を急降下させた。



[――ちょっ、雪丘さんッ!?]



僚機の声を無視し、雪丘奏深は、視界に小型艇を捉える。


小さい。漁船に毛が生えたような船だ。

確かに砲と発射筒ランチャーらしきものが見える。旗は掲げていない。



機銃の引き金(トリガ)を引く。


機首の四門の30ミリ機関砲が火を噴いた。閃光を曳いた火線が、標準レクティルの中心に吸い込まれていく。


命中。

激しい金属音が響く。

発射筒ランチャーが吹き飛んだ。アンテナも倒壊する。


[どうゆうことだ、「長篠05」]



「邪魔でしたので」



雪丘は涼しい声で、そう答えた。










・四五式局地戦闘機“震電改(しんでんかい)”Ⅱ

 震電に三〇〇〇馬力のジェットエンジンを搭載した改良型。その中でもⅡ型は、エンジンをさらにチューニング・アップさせ、空対空誘導弾の搭載も可能であり、帝國国防空軍が世界に誇る強力機である。邀撃機として運用される。



彩雲改(さいうんかい)

 彩雲の発動機をターボ・プロップエンジンに換装した艦上偵察機。


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