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05.絡めた指先:イレイside


『おじ様、起きてくださいな。・・・半年前のようには参りませんわよ。』


 揺さぶられ、耳元で声がする。

「ヨゥラ、すまない・・・私は・・・。・・・・・・・・・・ヨゥラ?!」

 勢いづいて身を起こす。

 あれは、夢だったのだろうか?

 自分が夢に囚われて、ヨゥラのいない殺伐とした世界にいるというあれは。


『はい、わたくしです。・・・おじ様、お目覚めでして?』

 漣のように空気が震えて揺れる。

 笑っているのか。

「ああ。」

 少し眠気でかすむ意識を覚ますように、イレイは首を振る。

 クリアになっていく意識と視界・・・それが、奇妙なものを捕らえた。

「・・・・ヨゥラ、なのか?」

 イレイの視線は目の前の少女の手に釘付けになった。

 

 ――光でできた、少女の手「のみ」が中空に浮かんでいる。


『ええ。・・・わたくしですの。恐ろしいとお思いにならないでくださるとよいのだけれど。おじ様には、きっと手だけが浮いてみえるのでしょうね。』

「ああ、そのように見えるが、お前だと思えば怖くない。どうしたのかね、これは?」

『おじ様をこちらにお呼びする方法は未だに見つかっておりませんの。けれど、逆に私が一時的にその界のものに触れることはできるようになりましたのよ。』

「界?」

『ええ、そこは夢の中・・・に似た非常に特殊な空間ですの。わたくし達のいる世界と、神の住まう世界、その間に虚ろに開いた何もない場所に作られているようですの』

「人口なのか?」

『人為的に生まれたのか、という意味でしたら肯定いたしますわ。でも、そこはもう独立した空間になっておりますのよ。もう人の手を離れ、外部からは手出しできない空間となってしまったようですの。変質したようですわね。』

「変質。」

『ええ、もはや異質な空間。そこを、界とわたくし達は便宜上呼んでおります。現段階では、どうしても、そちらからおじ様をお呼びすることができませんでしたの。でも、逆ならば・・・わたくしがそちらの世界に呼ばれるのならば・・・且つ一時的という制約の上であれば可能です。それが今わたくしがやっていること。・・・まだ、不慣れですので、手のみが精一杯でしたわ』

 悔しげな響きを声に乗せて、ヨゥラは語りかける。

「無理はしなくてもよいのだよ?」

『いいえ、わたくしが、したいことをしているだけですわ。』

「・・・そうか、お前も大分大きくなったのだろうね。」

 大人びた口調はもとからだが、すこししっかりとした芯が見えるようになった気がする。

 きっと、大きくなったことだろう。

 体も。心も。


『ふふ、この一年で10cmは伸びましたわ。このまま伸びたらおじ様の身長を抜く日もくるかしら?』

「ふむ、それはいけないね。どんなお前でも可愛いとは思うが、お前に見下ろされたら、私がお前に勝てるものがなくなるではないか。」

『あら、おじ様ったら、身長以外でわたくしに勝てるものはおありでないの?』

「思いつかないね。お前にはいつもこっぴどく叱られてしまうじゃないか。」

『殿方が情けないことをおっしゃらないで』

「世の男は、女性には勝てないようにできているのだよ。」

『あらあら』

「・・・だから、お前にこうして苦労をかける。」

 そっと、光でできた手に触れる。

「暖かいのだな。」

 瞠目して、イレイは手を離した。


『ええ、外見こそは光でできているように見えますけれど、もとはわたくしの手ですもの。熱も感触もそのままですわ』

「そうか」

『ええ。・・・ねぇ、触ってください。おじ様がそこにいることを感じたいの』


 感じたい。


 イレイの頬にわずかに朱が走った。

 一瞬で消え、わからない程度ではあったが。


『おじ様?』

「ああ、すまない。・・・では、少し借りるよ?」

『ええ、どうぞ』


 そっと、ヨゥラの手を自分の手でとった。

 淫らな想像を一瞬でもした自分を恥じるように、そっと。

 神聖なものを扱うようにそっと、丁寧に触れる。


『・・くすぐったいですわ。もっとしっかり握ってくださいな』

「し、しかし。」

『割れ物でもございませんし、そんなに力を込めなければ折れるものでもありませんわ』

「そ、そうかね。」

『おじ様ったら、女性の扱いに慣れていると思ってましたのに。そちらにいっている間に忘れたんですの?』

 くすくす、と笑い声が聞こえる。

「それは言わないでくれ。・・・耳に痛いから。」

『ふふ、さ、お願いですわ。握ってくださいまし』

「わかった。・・・痛くないかね?」

 さし出されたヨゥラの手を握った。

 握り返されるようにこめられた軽い力に、イレイは懐かしいものを思い出した。

 よく、こうして手を握って連れ歩いたものだ。

 その時よりは、もっと力が強くはなっているけれど、かわらない。



『昔を思い出しますわ』

同じことをヨゥラも思ったようだった。

「昔・・・確かに、一年半は前だろうが、昔、かね?」

『ええ、わたくし12ですもの、自分の10分の1ほどならば、昔といってもいい気がしますわ』

「そうか・・・お前にとってはそうだったな。」

 目を伏せる。

 19歳・・・いや、今は17歳の差か。29の自分と、今は12になるヨゥラ。

 その年の差を、こういうときに思い知る。

 彼の人生の3分の1ほどしか生きていない小さな少女にとって、一年半はどれだけ長いことだろう。

 けれども、こうして、彼を探して、彼に手を差し伸べてくれようとするのだ。

 握った手を、開いたほうの手でそっと包み込んだ。

 小さな、この手で。

 どれだけの苦労と、どれだけの努力をして、ここまでたどり着こうとしているのだろう。


『おじ様も、暖かいですわね。そちらは、寒くありませんか?』

「ああ、過ごしやすい気候だよ。お前はどうだね?」

 気候だけは。

 少女に問いかけながら、頭の中でそう呟く。

 寒々しいのは目の前に広がる光景だ。

『大丈夫ですわ。病とは無縁の体質ですの』

「それは重畳。・・・そういえば、正確な時間はわからないが、お前はもう12の誕生日を迎えたのだろうか?」

 彼女に見えるのは約半年ごとであるから、そろそろのはず。

『いいえ。でもあと僅かで時を迎えますの。その時は祝ってくださいます?』

「勿論。・・・それまでいられるのかね?」

『ええ。後ほんの僅かですもの・・・おじ様も一緒に数えてくださる?あと30、29、28・・・』


 慌てて、彼も声をそろえる。


「「25、24、23、・・・・・5,4,3,2,1」」

 包み込んでいた手の平中で、ヨゥラがきゅっと緊張したのがわかった。


「御誕生日おめでとう、ヨゥラ!」

『ありがとう、おじ様』

「12歳か・・・お前もあとほんの少しで大人の仲間入りするのだね。」

『その時が待ち遠しいけれど・・・その時は、きっと、きっとおじ様も一緒ですわよ』

「・・・そうだね。」

『勿論ですとも!そうに決まっているわ。・・・ねぇ、おじ様』

「なんだね?」

『誕生日のお祝いに、一つお願い叶えてほしいんですの』

「今の、私にできることならなんでも。」

 その場にいれば、たとえどんな無茶でも叶えてやりたい。

 この身ではそれはかなわないけれど、できる限りのことはしてやりたかった。


『それでは――手を開いてくださいませ』

「手を?」

 言われるまま、ヨゥラの手を包み込んでいた手を離し、広げる。

『指も広げてくださいませ』

「こう、かね?」

『ええ、そのまま・・・』


 そっと、ヨゥラの小さな手のひらが重なった。

 先ほどとは違い、指先はイレイの指と指の間に挟まるようにして入っていく。


「ヨゥラ?」

 狼狽して、振り払いそうになった衝動を慌てて抑えた。

 どうしたというのだ。


『わたくし、12になったから、少し大人の気分を味わってみたいんですの。わたくしにはまだまだ早いから、恋人はおりませんのよ。だから、お目付け役のおじ様が、代役を務めてくださいまし』


 小さな手と、大きな手の指がそっと組まれた。


「そんな光栄な役目を私に授けてくれるというのかね?」

 本音とは裏腹の優しい声。

 本当は、心の中は乱れていた。

 困惑と、狼狽と、嫉妬と、優越、歓喜と・・・様々な感情が心の中でぶつかって、不協和音を奏でている。

 思いを寄せている少女からの提案は心が震えるほど嬉しいのに、何故こんなことを、と思う自分がいる。

 いつかこんなことを、他の男とする少女を想像して、煮えたぎるような怒りがある。

 複雑な感情。

 こんな感情を少女に抱く資格など自分にはないのに。



『勿論ですわ。・・・わたくしが消えるまで、こうしてくださいまし。お願い、聞いてくださるかしら?』

「ああ。喜んで。」


 そうして、少女の手の形をした光が消えるまでずっと繋いでいた。


 囁くように、

「では、また半年後。次はもっと・・・。」

と告げて、少女の声はフェードアウトし、消えた。


 消えた後、少し。

 少しだけ、彼は泣いた。

 女々しいと想いながらも、一条の涙の筋が零れ落ちることをとめられなかった。


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