08.過ぎ去った時間の重さ:ヨゥラside
葬送の鐘が鳴る。
七年目、という言葉が重くのしかかった。
ぼぉーんぼぉーんぼぉーん。
「貴方ったらまだ諦めていなかったの!」
信じられないわ、と友人――シオーラはあきれた顔をした。
「だって、おじ様はまだ生きていらっしゃるもの。」
頑なにこの7年言い続けた言葉をヨゥラは繰り返した。
そう、彼は生きているのだ。
諦められるはずなどない。
唇を引き結んで挑むようにじっと見上げるヨゥラに、シオーラは深いため息を一つ吐き出した。
「また、それ?いいでしょう、仮に貴方の”おじ様”が生きているとして、さぁ、どこにいるの?夢の中?
・・・誰がそれを生きているっていうのよ。人はそれを思い出というの。貴方ったら若くて美人なのにすっかり
しょぼくれた未亡人みたいに、亡くなった人に操を立てて!」
「まだ亡くなってはいらっしゃらないわ!」
「亡くなったも同然よ。・・・例の病で貴方の”おじ様”が消えたことは聞いたわ。でもね。7年なのよ。7年ってどういうことかわかる?
人は失踪して7年経ったら死んだものとして扱うっていう法律があるのはご存知?」
「・・・。」
「ねぇ、ヨゥラ。もう7年よ。7年ってどういうことかわかる?赤ん坊が生まれてから初等学校に入るくらいなの。
10歳の時から17のこの年まで、よく頑張ったわ。・・・でもね、諦めなさい。」
シオーラはヨゥラの手を取ると、鏡の前まで引っ張っていった。
「身長はどのくらい伸びた?体重も変わったでしょう・・・すっかり年頃の娘らしい体になっているもの。しかも、極上のね。
全くこの胸!羨ましいったらないわ!・・・それから・・・」
この長い髪、とヨゥラの長く長く伸びた髪を彼女は持ち上げた。
「確かに面影はあるでしょう。でもね、7年経ったらもう別人もいいところよ。特に10歳からの7年なんて成長期じゃない。17歳だなんて、一番の花盛りじゃないの。ねぇ、現実を見なさいよ。貴方のおじ様の思い出は綺麗に胸にしまいこんで、新しい出会いを探すべき時よ。」
手始めは今夜の夜会よ、と張り切る友人に、ヨゥラは残念だけど、と首を振った。
「今夜は駄目なの。」
「・・・・・・今夜も、に訂正なさい。・・・全く。貴方は本当に強情ね。」
しょうがない人、とシオーラは苦笑して引き下がってくれた。
「ごめんなさい。」
「だったら、夜会の一つや二つ出なさいよ。貴方を紹介してくれって言われてるのよ?」
「・・・それは・・・。」
「はいはい。・・・全く、それじゃあ、代わりに今度私と一緒に舞台を見に行きましょう。それならいいわね?」
「ええ。それならば、お約束するわ。」
「約束よ?・・・また、連絡するわ。」
「ええ、お待ちしているわ。」
「・・・程ほどになさいね?体壊すわよ。」
去り際、少し痛みを堪えるような顔でそれだけ言い捨てて、シオーラは去っていった。
「ほどほどに・・・ほどほどってどれくらい?時間はもう余り残されていないの。」
ヨゥラの囁きは誰の耳にも届かず、空気を揺らしただけだった。
+ + +
「ジョゼフ=バッグラが亡くなったそうよ!」
「それじゃ、明日、送別の儀式かい?」
「多分そうだろう。手伝いを送ってやらないといけないな。」
「ああ、俺の所もそうするとしよう。しかし、あのジョゼフがね。」
「全くわからないものだねぇ。」
ざわめきの中に投げ込まれた言葉。
一瞬静かになったかとおもうと、何倍にも大きくなったざわめきが広がっていく。
今夜の夜会は年齢層が余り高くない。
堅苦しくなくていいが、しかし、一人の生命の終焉を語るには少し浮つきすぎだ。
「明日は大変だろうね。」
少し興奮したような顔の青年に、シオーラは返事の変わりに黙って微笑んだ。
――7年前の【病】が脳裏に蘇る。
あの病を止めた「勇者」が今夜なくなったというのか。
都に広がった奇病。その原因となった呪いを止めた彼。七年が経過したが、それでもまだ若かったはずだ。
死因はなんだろうか。
病気にかかっているという噂は聞いていなかった。事故だろうか。
(なんにせよ、私には関係ないけれど。ただ…)
今夜の夜会も顔を出さなかった可憐な友人を思い出し、シオーラは俯いた。
彼女はこの知らせをどうやって受け止めるのだろう?
「そう、ジョセフが。」
淡々とヨゥラはその言葉を受け止めた。
街中に広がった話は、ヨゥラの耳にも間もなく届いた。
「今夜が式だそうですよ。お嬢様は顔を出されますか?」
「いいえ、私は結構よ。」
「然様ですか、畏まりました。差し出がましいようですが、あの、今夜も・・・?」
「・・・何か問題でも?」
「・・・いいえ。使用人にそのような言葉は許されておりません。」
「・・・許されていたら、何か言いたいことでもあるのかしら・・・?」
「いいえ、お嬢様がしたいことであれば口を挟むことなどございません。」
「そう。・・・では、下がって頂戴。」
「・・・はい、畏まりました。」
深々と頭を下げ、この家に長く勤める執事は下がっていった。
彼の本来の主は、自分ではない。
自分は引き継いで守っているだけだ。
彼の主人はイレイであって、自分ではない。
それなのに、あの執事は自分に仕え続けてくれている。
「あの・・・」
「はい、何か?」
ヨゥラの言葉に従って下がろうとしていた執事を引き止める。
「あの、ありがとう。そして、ごめんなさい。」
ヨゥラの言葉に執事は少しだけ口元をほころばせた。
そしてそのまま無言で一礼して下がっていった。
「ジョゼフが・・・」
自分以外誰もいなくなった居室で、ヨゥラはソファに体重を預けてもたれかかった。
これでイレイに繋がる鍵が又一つ減っていった。
時間はもう余り残されていない。
それがさらに減っていった。
「今夜、やるしかないのね。」
ドレスの長い袖に隠されていた左腕を、ヨゥラは肘までむき出しにする。
奇妙な文様が緻密に描かれていた。
この7年掛けて徐々に徐々に増やしていった、それは魔法陣だった。
葬送の鐘がぼぉーんぼぉーんと音をたてた。
街中に響き渡るそれは、まるで泣き声のようだった。