魔法少女追放学級
「10月20日、木曜日。本日の学級会は魔法少女の追放について話し合いたいと思います」
黒板の前に立つ日直の坂下君がそういうと、30人以上のクラスメイトのほぼ全員が目を丸くした。
放課後前、生徒だけの学級会で6年2組の教室は静まりかえる。ほかの教室からの楽しげな声が遠い世界のことのように聞こえていた。開かれた窓からそよぐ風が、10月も半ばを過ぎており長袖でも寒気を感じさせた。
ひどく静かで冷えた教室で、誰となく声を上げ始める。
「魔法少女ってさ」
「マナリボンのこと?」
「それより追放ってさ」
「助けてくれてるのに」
「なんでそんなこと」
普段から皮肉が多く、人の嫌がることを気にせず言う坂下君だったが、誰もが耳を疑った。
しばらく戸惑いの声をもらして互いを見合わせていたが、徐々に坂下君へ疑いの目を向ける。
「みんなの言いたいことはわかる。俺だって助けられたことはある」
そこで言葉を切り、ぐっと教卓に手をつき体重を預ける。担任が大事なことを言うときと同じ仕草であっても、誰も笑う気にはなれなかった。
「でもさ、俺たちが怪異に襲われるのってさ。クラスに魔法少女がいるからじゃないのか?」
坂下君の発言に、クラスメイトのほとんどが「あっ」と声を出して固まった。その中で1人の女子が、肩をすぼめ震えながらうつむく。
ゆっくりと、クラスメイトの視線が1人、また1人と、うつむく女子に向かい始め……
「みんな、こっち見てくれ」
視線が集まりきる前に、坂下君は自分に視線を求めた。
「一応さ。俺らはマナリボンに約束しただろ?」
集まる視線を確認し、いさめるように首を振った。
「修学旅行で見ちゃったけど、マナリボンの正体は誰も知らないよって」
坂下君の言葉に、うつむいた少女が青ざめた顔を上げる。もう誰も少女のことを見てはいなかった。それでも少女は苦しさに息を乱し、目尻に涙を浮かべて胸を押さえた。
「みんなも約束を守ってくれて、俺も嬉しいよ」
対照的に満足げに笑う坂下君に、皆は気味の悪さすら感じていた。
「じゃあ、やり直すよ。魔法少女の追放についてだけど」
話を戻そうとする坂下君にクラスの真ん中から手が上がる。
「それは、その生徒に学校に来るなってことか?」
いつもふざけている川田君は不機嫌そうに言った。
「そうじゃないよ」
坂下君も困ったように眉を寄せてみせ、小さく首を振った。
「何が違うんだよ」
「追放って追い出すんだろ?」
「来るなって言ってんじゃん」
反論の野次が飛んできても彼は気にしなかった。
「学級会で生徒に来るななんて、それはただのイジメだ」
「でもお前は」
さらに突っかかろうとする川田君を、坂下君は制するように手をかざした。
「だから、俺たちは魔法少女の正体を知らないんだ」
何を言っているかわからず、川田君は何か言い掛けた口を止めてまばたきする。
「生徒を追放しようとしてるんじゃない。魔法少女がもういらないってことだよ」
やはり川田君には伝わらない。
それはほかの生徒も同様だった。
「だからいらないってのはひどいだろ。修学旅行だって、俺たちを守るためだったじゃないか」
「それはわかってる。感謝もしている。だから皆も約束を守っているんだろ?」
そこには誰も反論はなかった。
「約束は守る。でも巻き込まれるのは別だ」
さらに坂下君は続けた。クラスメイトの口は重くなり、理解し始めたことを示していた。それでも表情は暗く、眉を寄せたり、口をへの字に曲げ、追放という言葉を受け入れてはいなかった。
再びの沈黙に教室の窓辺、一番手前から手が上がる。
長い黒髪と切れ長の目で大人びた雰囲気のする弓親さんだった。立ち上がり、前の坂下君ではなく、クラスメイトのみんなに向き直る。
「私は、坂下君に賛成する」
静かだった教室に落ち着いた声が響くと、クラスメイトは口々にまた混乱を始める。
「賛成するって?」
「なんで弓親さんが?」
「でも追放するってこと」
「しなきゃいけないのかな?」
クラスの女子リーダーと目される弓親さんの言葉に、女子だけではなく男子も肯定的に傾いた。
「みんなも考えてみて。ほら加奈子はどう思う?」
弓親さんの後ろの女子は急に話を振られてガタッと席を揺らす。視線を一身に受け、少しひるみながらも口を開く。
「私は、閉じこめられたのを助けてもらったし。追放なんてのは」
「でも今も暗いところや狭いところが怖いんでしょ?」
「それは、うん……」
「そうだよね。夜も毎日怖いって嫌だよね」
つらい事実を突きつけられ、肩を落としてうつむいてしまう。
「それに小林も」
次とばかりに隣の男子を指す。
「妹さんと一緒に襲われたって」
呼ばれた小林君は少しムスッとした態度になる。
「そうだよ。でも俺たちは助けられた。ちゃんと感謝してる」
「でも妹さんは怪我をしたでしょう? 松葉杖ついてるの、私見たよ」
「ぐ……」
そうして弓親さんに言われるまま、小林君は押し黙る。
「みんなも気づいて欲しい。私たちは確かに怪異から助けてもらっている。でも犠牲は増える一方で、狙われるのは決まってクラスメイトか、その周り」
クラスメイトたちもそろって周りを見渡す。
思い当たる節ばかりだと誰もがうなずき、賛同の声が聞こえ始める。
そんな中でまた1人の女子が視線を落とし、膝の上で握ったスカートの端を見つめ続けていた。
「弓親さん、ありがとう」
坂下君がお礼をいうと、弓親さんは目を伏せて席に座り直す。その姿を見届けてクラスメイトの視線は一斉に前を向いた。
坂下君は満足げに口元を歪めた。
「それでは決を採りたい」
開いた窓からひときわ強い風が吹き込んだ。
教室の中がさらに寒くなり、まるで冬の足音が聞こえるようだった。
うつむく女子だけは、1人で涙をこらえて震えていた。
それから、6年2組の周囲は平和だった。
1日経ち、2日経ち、1週間経ち、1ヶ月経った。いつの間にか、もう誰も怪異の話は噂にもしなくなった。以前なら1週間待たず、誰かが襲われたという話が出ていた。
松葉杖を突いていたクラスメイトの妹は元気に校庭を走り回っているし、暗闇を怖がっていた女子ももう影に怯えなくなっていた。
クラスメイトの皆は怪異を忘れ、誰もが明るく学校に通っていた。
教室に来なくなった1人の女子生徒など、以前からいなかったかのように。
12月になって本格的な冬がやってきた頃、6年2組は少し元気がなかった。クラスメイトの何人かがうつむいて、常に周りを気にしていた。
日の沈むのが早くなり、放課後に校庭で遊んでいた生徒はそそくさと帰り、影に怯えていた少女は薄暗い場所には近づかなくなっていた。
何かがおかしくなっている。坂下君も異変に気づいていた。
でも、そんなものは気のせいだと決めつけていた。
だから居残り仕事を任された生徒が嫌がったのを見て、それを自分に押しつけられても、坂下君はばかばかしいと呆れていた。
皆が教室から出ていった放課後、1人で教室に残ってみんなの習字半紙を順番に壁に貼り付けていた。
人がいなくなった教室は窓を閉め切っても徐々に冷えてくる。日が沈み始めて冷たい風が窓を揺らし、気温以上に寒さを感じさせた。
「わっ」
不意に足下をひんやりする何かが横切る。
足下に目をやるも、そこには何もいなかった。窓から差す夕日に、色の濃い影が足元から廊下の方へ伸びていた。
背筋を冷たい物が駆け上がり、身震いする。
廊下の方、遠くから足音が聞こえる。それは近づいてきているような、遠ざかっていくような。
持っていた習字半紙をロッカーの上に置いて廊下に飛び出す。
長い廊下にいくつも教室が並んでいるだけで、人ひとりの影もない。
また影が足下で動いた。
「ぎゃっ!」
飛び上がってもその黒い影はついてくる。
そして床に張り付いて何もせず、坂下君の動きに合わせて形を変えていた。動きを止めて睨みつける。
「なんなんだよ」
悪態をついて教室に戻ると、仕事もほっぽって鞄を掴む。
「ついてくるなよ!」
床の影を踏みつけても、そいつは何もしてこない。
ただそこで、足の下からじっと、こちらを見上げている。
色の濃くなったただの影である。
たまらず走り出す。
影から逃げるため、誰かの助けを求めるため。
そして彼は思い出す。
もう、助けてくれる相手はいないのだと。
影はどこまでも追いかけてくるのに。




