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《カオス》な短編シリーズ

自分ブッ壊しの旅

作者: ウナム立早
掲載日:2026/09/17


 山陽と近畿の間(あいだ)らへんにある、けっこう規模の大きいサービスエリア。建物のむこう側には青々とした森林が広がっていて、野外の休憩スペースやドッグランも充実している。以前AIに聞いてみたけれど、憩いの場としてもなかなか人気があるらしい。


 ごはん時(どき)にこのサービスエリアを利用することはよくあるけれど、今回はトイレのために立ち寄っただけ。自動販売機から出てきた微糖の缶コーヒーを手に取り、そのまま駐車場に待機している車へと向かう。


 ドアハンドルを握り、目を覚ました車の中へ乗り込むと、助手席に誰かがいた。


「よう、ひさしぶりじゃん」


 私の記憶とは少し違う姿だったけど、こ(・)い(・)つ(・)の格好が変わるのはいつものことだったし、指紋と鍵(キー)からの電波で解錠するこの車に入れるのは、一人しかいない。


「実(みのり)、か」

「うん、実(みのり)だよ。当たり前のこと聞くじゃないか」

「格好はともかく、喋り方は変わってないな」

「それで、今日はこれからどこに行くの」

「ん、まあ、特には。適当に遠い所だよ」

「まあ、僕はどこだっていいけど」


 車の電源を入れ、バックで出庫するまでの間にそんな会話をした。慣れたもんだ。


 いつも一人で出発する私のドライブは、いつの間にか二人になるのが、もう何年も続いている。




「こんなのはどう。中学校のクラスがまるごと、地下に眠っている神に導かれて悪夢を見るストーリー」

「地下に眠っている神って、クトゥルフっぽいやつなん。最近はそういうのも手垢が付いてるんじゃないの」

「そこをちょっと捻(ひね)ってさ、日本の土着信仰と組み合わせて――」


 高速道路を気持ち速めの速度で巡航(クルージング)して小一時間。助手席の実(みのり)は自分が発案したという企(・)画(・)を延々と喋り続けていた。


「それで、ゲームシステムと連動させるってわけよ。僕としては、ソシャゲとしてもイケると思うんだけどね」

「ちょっと、いきなり買い切りと課金の二段構え想定なの。夢がある、というよりリスキーすぎない、それ」

「企画はそれぐらいでいいんだよ」


 実(みのり)のちょっと飛躍した企画話を聞くのは、楽しい。本人の喋り方も生き生きしていて、元気というか、活力の波動が私に伝播(でんぱ)していくような感覚がある。


「タイトルはどうしよう、クライシスクラス、とか。製作費は、どれくらいかな」

「製作費うんぬんよりも、その企画、どこかの制作会社で採用してくれないとね」


 私がそういうと、ずっと喋り通しだった実(みのり)の口が、少しの間だけ開かなくなる。


 残念なことに、今まで実(みのり)が話してくれた企画の内容は、どれも実現には至っていない。


 ドリンクホルダーに入れていた微糖の缶コーヒーは、半分くらいになっていた。




「やっぱ時間だなあ。時間がもっと必要なんだ。時間さえあれば自主制作だってできる」

「そうだね」


 外はすっかり日が落ちて、車窓から見える景色も黒に塗りつぶされようとしていた。ここらへんはずっと山道だから、しばらくこの景色とともに実(みのり)の話を聞かなきゃいけないと思うと、うんざりする。


「貯(たくわ)えは十分すぎるぐらいなんだよ、うん。今からニートになって、一年、いや、三年は創作活動に専念しても、余裕でしょ」

「だと、いいけどね」


 いつもこうだ。


 中盤あたりまではまだ楽しい企画の内容とか、建設的な現状の打開策とかを話し続けるから、まだいい。日が沈んでからは、現状に対する不満の裏返しのような、突拍子もない提案や愚痴がほとんど。私の返事も適当にならざるを得ない。


「だからさ、もういい加減走り出そうよ」


 実(みのり)の声が、今までよりくぐもった感じになる。


 もう始まったのか。今回は早いな。


「誰に向かって言ってるんだい、実(みのり)」

「お前だよ、実(みのり)」


 シートベルトを着けていない助手席の実(みのり)は、運転席へと身を乗り出して、私の耳元に顔を近づける。


「今月、残業やばかったでしょ。あんな創造性も何もない仕事、よく終電近くまで続ける気になれるね」

「別に。今月は病欠があってみんなピンチだったんだ。これぐらいなら全然問題ない」

「そんなことを言ってるから、上(・)にいいように使われるんだって。そんなに頑張ったってさ、今後の待遇を良くしてくれる保障がどこにあんの」


 ハンドルを握る手が強くなる。目の前に表示されている時速も徐々に上がっていく。


「もう全部やめちゃおう。このままずっと遠い所にいってしまおう。何もかも捨て去って、もっと純粋な人生を始めようよ。こんなの実(みのり)らしくないじゃん。テレビやスマホとかでも、みんな言ってるじゃない。もっと自分らしく生きようって。自分らしくない実(みのり)なんて、このまま生きていても――」


「降りろ」


 この時だけ、私は実(・)際(・)に(・)声(・)を(・)出(・)し(・)て(・)い(・)た(・)、と思う。


「あれ、もう自分との旅は終わりなの」

「降りろって言ってるんだ」

「毎回だよね。最後は僕を、自分を放り出して終わる。いつものこと」


 ハンドルから左手を離し、実(みのり)の首根っこを掴むと、助手席へ投げ飛ばす。この実(みのり)は、あまりにも軽い。


「でも結局、実(みのり)はまたドライブをするんだよね。一人で、何かを求めるように。そしたらまた、僕を助手席に乗せることにな――」


 少しブレーキを踏んで、周りの安全を確認したあと、私は一瞬だけ顔を助手席に向け、何もかもわかっているかのようなムカつく表情をしている実(みのり)を、左のストレートで思いっきり殴りつけた。


 実(みのり)は表情一つ変えないまま、助手席のドアを通り抜け、黒塗りの景色の向こう側へと飛び散っていった。


 車内に、静かな空間が戻ってきた。


 私はすぐに前方へ意識を戻すと、少し走行して、それから大きなため息をつく。


 ドリンクホルダーの缶コーヒーを手に取ったが、すでに中身は無くなっていた。




「ただいま」

「おかえり」


 実家に帰ると、しわがれた母の声が私を迎えた。


「今日はどこに行ってたの」

「いや、特に、ちょっと遠い所だよ」

「また一人でドライブかい。何か買い物するわけでもなく、ただ車で走って戻ってくるだけ、そんなんでストレス解消になるの」


 余計なお世話だよ、これで十分休息になってるんだ、と言おうとしたけど、毎度のやり取りなので、今回はうんという返事だけですませた。


「お父さんの病院、最近コロナが流行っているみたいだからね。面会に行く前から、しっかり感染対策しておかないと。あ、そうそう、今度の日曜日の昼に、先生が特別に時間をとって、病状説明してくれるみたいだから」

「今度の日曜日ね、わかった、空けとくよ」


 そう言いながら私はリビングに移動し、スマホのスケジュール帳を開く。


 来月もなかなかハードなスケジュールだ。色のついたTODOリストやタイムラインで埋まっている画面を見ていると、その奥に、あ(・)い(・)つ(・)のニヤけ面(づら)が見えてくる。


 出てきては、ブッ壊している自分。


 いくらブッ壊しても、また会いたくなる自分。


 いずれ、あいつを完全にブッ壊せる日が来るのだろうか。


 それとも、もっとあいつと仲良くなれる、そんな道筋(ルート)が見つかるのだろうか。


 私は長時間のドライブで固まった背筋を伸ばすと、車の鍵(キー)をポケットから取り出し、冷蔵庫にとり付けているマグネットのフックへ、そっとかける。


 その隣には、入社したばかりの自分と、家族との写真があった。



最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
なるほど、実の言うところの「もう自分との旅は終わりなの」や「最後は僕を、自分を放り出して終わる。」は、そういう事だったのですか。 自分と向き合い現実と折り合いをつけていくというのは、なかなか容易ならざ…
リアルだな……と思い、背筋がゾクりとしました。 自分をブッ壊そうとする自分をブッ壊し続ける日々、経験あります(-_-;) でも、こうやって自制している人達の力で世の中は回っているんですよね。 だから…
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