自分ブッ壊しの旅
山陽と近畿の間らへんにある、けっこう規模の大きいサービスエリア。建物のむこう側には青々とした森林が広がっていて、野外の休憩スペースやドッグランも充実している。以前AIに聞いてみたけれど、憩いの場としてもなかなか人気があるらしい。
ごはん時にこのサービスエリアを利用することはよくあるけれど、今回はトイレのために立ち寄っただけ。自動販売機から出てきた微糖の缶コーヒーを手に取り、そのまま駐車場に待機している車へと向かう。
ドアハンドルを握り、目を覚ました車の中へ乗り込むと、助手席に誰かがいた。
「よう、ひさしぶりじゃん」
私の記憶とは少し違う姿だったけど、こいつの格好が変わるのはいつものことだったし、指紋と鍵からの電波で解錠するこの車に入れるのは、一人しかいない。
「実、か」
「うん、実だよ。当たり前のこと聞くじゃないか」
「格好はともかく、喋り方は変わってないな」
「それで、今日はこれからどこに行くの」
「ん、まあ、特には。適当に遠い所だよ」
「まあ、僕はどこだっていいけど」
車の電源を入れ、バックで出庫するまでの間にそんな会話をした。慣れたもんだ。
いつも一人で出発する私のドライブは、いつの間にか二人になるのが、もう何年も続いている。
「こんなのはどう。中学校のクラスがまるごと、地下に眠っている神に導かれて悪夢を見るストーリー」
「地下に眠っている神って、クトゥルフっぽいやつなん。最近はそういうのも手垢が付いてるんじゃないの」
「そこをちょっと捻ってさ、日本の土着信仰と組み合わせて――」
高速道路を気持ち速めの速度で巡航して小一時間。助手席の実は自分が発案したという企画を延々と喋り続けていた。
「それで、ゲームシステムと連動させるってわけよ。僕としては、ソシャゲとしてもイケると思うんだけどね」
「ちょっと、いきなり買い切りと課金の二段構え想定なの。夢がある、というよりリスキーすぎない、それ」
「企画はそれぐらいでいいんだよ」
実のちょっと飛躍した企画話を聞くのは、楽しい。本人の喋り方も生き生きしていて、元気というか、活力の波動が私に伝播していくような感覚がある。
「タイトルはどうしよう、クライシスクラス、とか。製作費は、どれくらいかな」
「製作費うんぬんよりも、その企画、どこかの制作会社で採用してくれないとね」
私がそういうと、ずっと喋り通しだった実の口が、少しの間だけ開かなくなる。
残念なことに、今まで実が話してくれた企画の内容は、どれも実現には至っていない。
ドリンクホルダーに入れていた微糖の缶コーヒーは、半分くらいになっていた。
「やっぱ時間だなあ。時間がもっと必要なんだ。時間さえあれば自主制作だってできる」
「そうだね」
外はすっかり日が落ちて、車窓から見える景色も黒に塗りつぶされようとしていた。ここらへんはずっと山道だから、しばらくこの景色とともに実の話を聞かなきゃいけないと思うと、うんざりする。
「貯えは十分すぎるぐらいなんだよ、うん。今からニートになって、一年、いや、三年は創作活動に専念しても、余裕でしょ」
「だと、いいけどね」
いつもこうだ。
中盤あたりまではまだ楽しい企画の内容とか、建設的な現状の打開策とかを話し続けるから、まだいい。日が沈んでからは、現状に対する不満の裏返しのような、突拍子もない提案や愚痴がほとんど。私の返事も適当にならざるを得ない。
「だからさ、もういい加減走り出そうよ」
実の声が、今までよりくぐもった感じになる。
もう始まったのか。今回は早いな。
「誰に向かって言ってるんだい、実」
「お前だよ、実」
シートベルトを着けていない助手席の実は、運転席へと身を乗り出して、私の耳元に顔を近づける。
「今月、残業やばかったでしょ。あんな創造性も何もない仕事、よく終電近くまで続ける気になれるね」
「別に。今月は病欠があってみんなピンチだったんだ。これぐらいなら全然問題ない」
「そんなことを言ってるから、上にいいように使われるんだって。そんなに頑張ったってさ、今後の待遇を良くしてくれる保障がどこにあんの」
ハンドルを握る手が強くなる。目の前に表示されている時速も徐々に上がっていく。
「もう全部やめちゃおう。このままずっと遠い所にいってしまおう。何もかも捨て去って、もっと純粋な人生を始めようよ。こんなの実らしくないじゃん。テレビやスマホとかでも、みんな言ってるじゃない。もっと自分らしく生きようって。自分らしくない実なんて、このまま生きていても――」
「降りろ」
この時だけ、私は実際に声を出していた、と思う。
「あれ、もう自分との旅は終わりなの」
「降りろって言ってるんだ」
「毎回だよね。最後は僕を、自分を放り出して終わる。いつものこと」
ハンドルから左手を離し、実の首根っこを掴むと、助手席へ投げ飛ばす。この実は、あまりにも軽い。
「でも結局、実はまたドライブをするんだよね。一人で、何かを求めるように。そしたらまた、僕を助手席に乗せることにな――」
少しブレーキを踏んで、周りの安全を確認したあと、私は一瞬だけ顔を助手席に向け、何もかもわかっているかのようなムカつく表情をしている実を、左のストレートで思いっきり殴りつけた。
実は表情一つ変えないまま、助手席のドアを通り抜け、黒塗りの景色の向こう側へと飛び散っていった。
車内に、静かな空間が戻ってきた。
私はすぐに前方へ意識を戻すと、少し走行して、それから大きなため息をつく。
ドリンクホルダーの缶コーヒーを手に取ったが、すでに中身は無くなっていた。
「ただいま」
「おかえり」
実家に帰ると、しわがれた母の声が私を迎えた。
「今日はどこに行ってたの」
「いや、特に、ちょっと遠い所だよ」
「また一人でドライブかい。何か買い物するわけでもなく、ただ車で走って戻ってくるだけ、そんなんでストレス解消になるの」
余計なお世話だよ、これで十分休息になってるんだ、と言おうとしたけど、毎度のやり取りなので、今回はうんという返事だけですませた。
「お父さんの病院、最近コロナが流行っているみたいだからね。面会に行く前から、しっかり感染対策しておかないと。あ、そうそう、今度の日曜日の昼に、先生が特別に時間をとって、病状説明してくれるみたいだから」
「今度の日曜日ね、わかった、空けとくよ」
そう言いながら私はリビングに移動し、スマホのスケジュール帳を開く。
来月もなかなかハードなスケジュールだ。色のついたTODOリストやタイムラインで埋まっている画面を見ていると、その奥に、あいつのニヤけ面が見えてくる。
出てきては、ブッ壊している自分。
いくらブッ壊しても、また会いたくなる自分。
いずれ、あいつを完全にブッ壊せる日が来るのだろうか。
それとも、もっとあいつと仲良くなれる、そんな道筋が見つかるのだろうか。
私は長時間のドライブで固まった背筋を伸ばすと、車の鍵をポケットから取り出し、冷蔵庫にとり付けているマグネットのフックへ、そっとかける。
その隣には、入社したばかりの自分と、家族との写真があった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。




