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霞花火(短編小説)

作者: SenRi
掲載日:2026/08/14

読み切り短編小説第一弾です。

週一以上の不定期投稿です、

 ある夏の日。なんでもないはずだった夏の日。

 僕は恋をした。

 名前は教えてくれないけれど、今この時間を一緒に過ごすことが出来るだけで、僕の心は仄かに赤みを帯びていた。

「夜風が気持ちいいね。」

 そんなことを隣で言われて、「そ、そうですね。」なんて、そんな返事しか出てこない僕が情けない。

 今日は夏祭り。

 遠くの地域からも、様々な人が訪れる特別な日だ。

「あの……この桟橋、花火がよく見えるんですよ。よかったらここで……」

「ふふっ。いいですよ。」

 こんなに自分のことを格好悪いと思ったことは、記憶のどこを辿っても前例がない。

 時計を確認すると、花火が打ち上がる時間まであと5分ほど。

「君は毎年このお祭りに来てるの?」

「え、あっはい!」

「そう。」と言って、女性はどこか憂うような表情になったまま、遠くの景色を眺めていた。

 この夏祭りは、日本各地で起こった災害の犠牲者を追悼する意味が込められた、少しだけ静かで厳かな意味を持っている。

 もしかしたらこの人も、悲しい過去があってここに来たのだろうか。

 そんなことが、頭に浮かんできてしまった。

 しかしそれを聞くのはあまりにも失礼だから、遠くを見つめ続けているその横で、静かに心の水底に飲み込んだ、

「綺麗ですよね。ここの花火。」

 数分間遠くを見つめていた女性が、不意に僕に話しかけた。

 その声はか細くて、どこか震えているような儚さがあった。

「今日で納得できるかもしれません。」

 それはどういう意味だろうと、多くの人は思うに違いない。

 だけど今の僕には、この言葉が苦しいくらいに伝わってきた。

 僕たちは、同じ目的でここにいる。

 そう、確信した。


「大変お待たせいたしました。ただいまより花火の打ち上げを開始いたします。」


 これほどまであっという間の5分間は、人生で一度も経験したことのない出来事だった。

「よかった。見に来れて……」

 隣に聞こえる、真夏なのに凍えているような小さな呟き。

 それをかき消すように、花火が打ち上がった。

 一発一発魂を込めて打ち上げる花火を見ていると、嫌でもあの日のことを思い出してしまう。

 海岸線にいた僕は、間一髪のところで逃げることが出来た。

 しかしその前後の記憶が、助かったはずなのにあやふやで霞がかっているのが気がかりだ。

 ちなみになぜ海岸線にいたのかというと、遠方から海水浴に来ていた年上の男の子と、浜辺で鬼ごっこをしていた僕と友達とで意気投合して、「明日何処かで遊ぼうよ。」とか「僕の家でもいいよ!」とか、そんなことを話していた気がする。

 あれから何年もたった今、やっと自分の中で最低限の整理がついて、はじめて慰霊碑に花を手向けることが出来た。

 そしてその場所で声をかけてくれたのがこの女性で、話をしているうちに今日のお祭りを一緒にまわることになったのが、事の経緯というわけだ。

 ドンッドンッと心の奥底に響く花火がひらく音。

 ちらっと横目で見ると、女性は花火の音と姿を少し悲しげな表情で見つめていた。

「皆さんこうやって立ち直ろうとしているんですね。」

 注意して聞いていないと確実に聞き漏らすレベルの小さな声に、僕は心をかたむけ続けていた。

 一連の記憶の中には、誰が悪いという結論に至るものはない。

 しかし、それではこの気持ちをどこに運んだらよかったのか、その後数年間は自問自答をして必死に理性で堪えていたことを思い出した。

「印象的な花火ありましたか?」

 半分ほどの花火が上がったであろうタイミングで、僕はこんなことを聞いていた。

 ほんの少し考えたら、こんなことを聞くのはデリカシーの欠片もないことなど、馬鹿な僕の頭でもすぐに分かったはず。

 それではなぜこのようなことを聞いたのか。

 女性の頬に一筋の涙の跡が見えたからだ。

「……私、多分今年で最後になるんです。この花火を見るの。」

「そうなんですか?」

「はい。いつまでも私が来てしまっては、誰も幸せになれませんから。」

 僕はこの人の言っている意味が分からなくて、気の利いた返事をすることが出来なかった。

 誰も幸せになれない。

 この言葉の含みと重みには、計り知れないなにかがある。

 僕は、黙って花火を見つけるしかなかった。

「あ、次の花火は私の花火です。」

「え?」

 唐突なその言葉を咀嚼する間もなくひらいた花火は、とてもシンプルで真っ白の花火だった。

 この花火は、この地域の近くで起こった崖崩れで亡くなった人へ向けた、比較的最近の出来事を弔うものだと記憶している。

「君はさ、なんで私と一緒に花火を見てくれたの?」

「え!いや、その……」

「あははっ。ごめんね私から声かけたのに。同じなんだなって思ったから。」

 同じ……

 僕とこの人に共通点なんてあるのだろうか。

 この考えに失礼なんていうものは決して無く、むしろ失礼があってはいけないと思って必死に頭を働かせた。

「もう少しで、君もその時がくるよ。今日はありがとう。」

 何のことだろう。

 悲しいくらいに、その意味を理解することが出来なかった。


「以上で今年の花火の打ち上げを終了いたします。引き続きお祭りをお楽しみください。」


 花火が終わった。

 なんだか身体がとっても軽い。

 例えるなら、地に足がついていない感じがして、そよ風に揺られてユラユラとしているような……

 しかし地面を見ても、しっかりと地に足がついていた。

「あ、そうだこのあと!」

 忘れかけていたその言葉を言おうと横を向いたその先に、あの人はいなかった。

 ……いや、姿が見えないのに、なぜか気配だけ感じるような触れられない温もりだけが、そこに残っている気がした。

「なるほど。」

 一夏の思い出なんて、花火のように儚いもの。

 いや、花火以上に儚いかもしれない。

「忘れよう!」

 先ほどまで聞こえていた雑踏が、嘘のように消えて静まり返った桟橋を、僕は晴れ晴れとした気持ちで渡っていた。

 その先には、アニメで見るような真っ白い光を放つ扉が待っている。

 なんだろうこの感覚は。

 今まで心の中に鎮座していた柵が一瞬で吹き飛ばされて、小さな湖の上に敷かれた一方通行の桟橋を渡っている。

 扉をくぐった景色はとても晴れ晴れとしていて、あの時の友人や担任の先生、お父さんやお母さん立っていて、満面の笑みで手を振っていた。

 その瞬間僕は全てを理解した。

 

ああ、そういうことかと。

              

                                               完


次回は来週土曜日までに投稿します。

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