魔王が消えた世界で~勇者は失業しました~
激闘の末、勇者は魔王を滅ぼした。
人類を救った英雄が誕生した瞬間だった。
――だがその一ヶ月後。勇者は、創世神も予想だにしなかった絶望に直面していた。
「……不採用、だと?」
魔王が消えた世界は、思ったより平和だった。
暴走していた魔力は縮小し、魔物は弱体化、キモ可愛いと愛玩動物としての地位を確立した。
元魔王軍幹部たちは、もともとハイスペックな能力があった故に魔王に勧誘されていた。魔王軍の中心となって指揮をしていた将軍は格闘技ジムを開き、元参謀は投資で財を成し、暗殺者はスクープ記者、そして呪術師は美容研究家としてバズっている。魔王がいなくなったことにより、魔力は人よりも少しだけ多い程度になった彼らは、常に世界の中心で騒ぎを起こしている。
問題は「勇者の方」にあった。勇者は履歴書の「職歴:魔王討伐」欄で毎回一時面談で終了していた。
「……ほう、これはなかなかすごいですね。魔王城を一人で焦土化とは。じかにお話を聞くと、そのすさまじさを感じます」
採用担当者が驚きに目を見張る。勇者は胸を張った。
「ええ、なかなか有意義な挑戦でした」
「ですが、残念ながら弊社ではちょっと」
採用担当者は、申し訳ないような顔をしつつも普通に不採用のサインをする。勇者は口元を引きつらせながらも、まあ過剰戦闘力だから仕方がないと納得した。
だが、これは始まりでしかなかった。求人情報を手に入れて、すぐに面談へと向かうのだが、どの採用担当者も素晴らしいと褒めつつ、最後には困った顔をした。
「前職は素晴らしいですが……即戦力すぎてうちには合わないですね。どちらかというと、こう、隙間を優しくなでるような業務なので」
とうとう「今後のご活躍をお祈り申し上げます」の祈りゲージが30を超えた。
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「こんごのごかつやくをおいのりもうしあげます……」
勇者は手紙を読み上げると、膝からその場に崩れ落ちた。同時に、勇者の心が折れた。
「何故だ……何故、俺だけ次の職が決まらないんだ!?」
どんと、握り締めた拳を床に叩きつける。何度も何度も何度も。悔しさを痛みに変えるかのように。
神に選ばれ、聖女や賢者といった一流の仲間に囲まれ、死闘の末に魔王をブチ倒した。数ヶ月前まで、勇者は間違いなく世界の中心にいたはずだった。
「うるさいよ! 床を壊すんじゃないっ!」
扉が乱暴に開くと同時に、宿屋の女将が箒を持って怒鳴り込んできた。勇者はのろのろと顔を上げる。彼の拳は床にめり込んでいた。
「ああっ! 天井がみしみし鳴っていると思えばやっぱり壊してっ! 今すぐ出ていきな!」
「いや、俺は」
「言い訳無用。そもそも、昨日までしか宿代を払っていないだろうが! 傷心だろうからと温情を与えてやったのに、仇で返すなんて!」
そう怒鳴られ、強制退去になった。茫然として宿屋を見上げる。
「ほら、荷物だよっ」
時間差で、勇者の荷物が放り出された。その荷物を落とさないように受け止める。ぎゅっと握りしめると、ふいに魔王討伐に向かった時のことが思い出された。
「そうだ、こういう時こそ仲間に頼るべきだ」
勇者の仲間たち、聖女、聖騎士、賢者、盗賊はそれぞれ特技を生かして次のステップに向かっていた。とにかく彼らにうまくいくコツを教わろう、そう決めるとすぐさま元冒険者ギルドの職安に駆け込むと、会いたいということと、ちょっとだけお金を貸してほしい旨を綴った手紙を送った。
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数日後。勇者はそわそわしながら、かつて勇者パーティー行きつけの酒場へと入った。
「おお、勇者殿。久しぶりだな」
酒場の親父がそう声をかけてくる。勇者は懐かしいその挨拶に自然と笑みを浮かべる。
「酒場の親父も元気そうだ。今日は仲間たちが来ているはずなんだが――」
「ああ、全員、来ているよ。あっちの個室だ」
妙な緊張をしながら個室へと向かう。ドアを開ける前に一度立ち止まり、ささっと自分の姿を確認した。魔王討伐に向かった時と同じようにさわやかな笑みを浮かべる。
「ちょっと表情が硬いな」
そう呟き、頬のマッサージをして大きく息を吸った。何度か深呼吸をして気合を入れてから、笑みを浮かべ、扉を開けた。
部屋の中にはすでに仲間がいた。円卓にいつもの席順で座っている。
「やあ、よく来てくれた」
「勇者、お久しぶりです。こうしてのんびりと顔を合わせることができるなんて、世の中、平和になったものですわ」
そう微笑むのは、聖女と聖騎士。二人はもともと所属していた教会に戻っていた。今は教会の広告塔として、あらゆる国へ足を運んでいるようだ。
「元気そうでよかった。それに、賢者も盗賊も」
「僕の方は、報奨金で建てた学舎がようやく形になってね。子供たちに勉強を教えるのは、魔王軍を魔法で焼き払うよりずっとやりがいがあるよ」
賢者は眼鏡を押し上げながら、穏やかに笑った。
「……そうか、お前はもう『先生』なんだな」
「先生だなんて照れるな」
やや恥ずかしそうに頬をかくが、その顔はまんざらではない。しばらく仲間たちの新しい活躍を聞いていた。勇者は笑みを浮かべ耳を傾けている。だが、徐々に酒のペースは上がっていった。
各々が近況を話し終えた後、勇者は手に持っていたジョッキを乱暴にテーブルに叩きつけた。
「そうか、俺だけなんだな。まだあの戦いから一歩も進めていないのは……!」
勇者がガックリと肩を落とすと、聖騎士が苦笑混じりに続けた。
「仕方がないではありませんか。あんなに皆で止めたのに、全財産を幼馴染に譲渡して『愛があれば金などいらん!』なんて叫んで飛び出したのですから」
「そうそう。生きて帰れるかわからないからって、あれはないよな~」
と愉快そうに笑うのは女盗賊。
「だって、待っていてくれると思っていたから。普通、待っているだろう!? 初恋の相手が勇者になって死地へと旅立ったんだぞ?」
勇者が恨みがましく叫ぶ。仲間たちは皆、大きくため息をついた。
「やだなー、どんな恋愛小説読んだの? 結構勇者ってそういうのに影響されるよね?」
女盗賊がそう言って空気を和らげようとする。賢者は昔を思い出すように顎に手をやり、視線をさまよわせる。
「あの当時は、初恋の相手をけなげに待ち続けるというストーリーが大人気でしたね。ほら、私たちの愛はこの程度の試練では壊れない、とかなんとか」
「あ、覚えている! その話聞いて、ちょっと鳥肌立っちゃったんだよね」
「うぐっ……」
勇者は当時のことを語る二人の言葉にダメージを受けて呻いた。
「それ以上、からかってはいけませんわ。この平和な世界は間違いなく勇者がもたらしたものですもの。それに、どんなに神に選ばれし勇者であろうと、お金がなければ生きてはいけません」
仲間たちのことが途切れたタイミングで、聖女がそう静かに語った。勇者は期待した目を聖女に向けた。
「もしかして、お前の護衛にでもしてくれるのか?」
「ご冗談を。平和な世界になったんです、教会の聖騎士だけで充分。勇者が護衛についたら、魔王が討伐されていないかもしれないなんて思われてしまいますわ」
そう言いつつ、勇者に一枚の紙を差し出す。それに目を落とした。
【急募!
スグ働ける好条件のお仕事!
正社員、残業・夜勤なし。寮完備、福利厚生充実!
人に寄り添う、社会実現のために。君も新しい挑戦をしてみないかい?
初心者大歓迎。
――ダンジョン清掃員】
すでに30回以上面接で落とされ続けている勇者は疑いの目を聖女に向ける。
「初心者大歓迎と言いながら、面接したらやっぱり過剰戦力です、となるんじゃないのか?」
「傷口をえぐるような真似をするわけないじゃないですか。よくここを見てくださいまし」
聖女は呆れつつも、募集要項の下の方を指さした。
「魔王城の跡地にできた新規ダンジョン拡大のため……?」
「ええ。どうやら、更地にした後にダンジョンができてしまったようです。場所も場所ですから、これならあなたにも適応するはず」
「そう言われると、いける気がする! きっと天職だ!」
勇者は聖女から紙を受け取ると、お礼を言いつつ酒場を飛び出した。
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今までのお祈りゲージが嘘のように、あっさりと採用された。
「俺のすごさは、わかってくれる人にはわかってもらえるんだな」
意気揚々と、期待に応えるべくダンジョン清掃員の仕事を果たしに行く。
割り当てられたのは、魔王城跡地にできた未知のダンジョン。通称、更地ダンジョン。
突如として現れたダンジョンで、階層も何もわかっていない。だが、ひとつだけ確かなことが言える。とにかく魔物がとてつもなく強い。そして、階層のボスを倒した時に現れる宝箱の中身がおかしい。
普通ならば、宝石や金貨、希少価値のある武器など価値あるモノが出てくる。ところが、ここはそうじゃない。わけのわからない、不思議な物ばかりが出てくるという。
そのため人気がなく、なかなか攻略が進まないのだ。ダンジョン清掃員として応募したものの、勇者は攻略担当となってしまった。清掃員といえば、普通、攻略者たちの残していった諸々を拾い、ダンジョンを整備する仕事なのだが。
だが、この担当に文句があるわけではない。勇者は軽く準備運動をしてから、支給品の剣を確認した。
「まずは軽く肩慣らしからだな」
うきうきして勇者はダンジョンに潜り、出会い頭に魔物を瞬殺、そして大した苦労もなくフロアボスを倒した。
あまりの手ごたえのなさに、首をひねる。採用担当者はあまりにも魔物が強すぎて、ドロップ品もいまいちのために整備が進まないと嘆いていたのに、だ。だがすぐに、ここが一階層ということを思い出して首を振った。
「こんなものか。まだ一階層のダンジョン入り口だしな」
勇者は剣を収めると、現れた宝箱に歩み寄る。
「別に他のダンジョンとあまり変わらないが……」
訝しく思いつつも、宝箱の蓋を開けた。中に入っていたのは一冊の重厚な表紙の本。
「なんだこれ?」
手に取りぱらぱらとめくれば――今代の勇者は正直だまされやすい。戦い以外ではゴミ同然の役にしか立たないだろう。いずれ私の城の掃除でもさせるのがお似合いだ。それゆえ勇者は適当に放置、研究を進めることにした。
そんな文言から始まっていた。
「なんだ、これは……」
茫然として呟く。勇者は表紙を確認した。
『魔王の観察日記Vol1』
タイトルを読んで、勇者は嫌な予感を覚えた。
「いや、こんなものが出るのはきっとここだけだ」
そう自分に言い聞かせ、二階層へと進む。そこでも、現れた魔物を一太刀でで斬り捨て、宝箱を手にした。
息を整えてから、宝箱を開ける。
『君は筋肉を愛するべきである 著者:魔王』
「……」
これは一度外に戻り確認すべきだと判断した。
++++
上司に報告し、有識者を呼んでもらった。有識者はもちろん、魔王のことをよく知る元幹部のひとり。今は投資家として名高い元参謀だ。
彼は柔らかい笑みで勇者に話しかけた。
「久しぶり。元気そうでよかったわ」
「――これを確認してくれ」
世間話をするつもりはないため、勇者は持ってきた箱を手渡しながら、用件を切り出した。元参謀は特に文句を言うわけでもなく、箱を受け取った。そして、一つ箱から取り出した。それは『魔王の観察日記Vol1』と書かれた一階層の宝箱にあったものだ。
「ああ、懐かしいですね。これは魔王様の観察日記だ。当時、どうやれば魔物が合体するかを研究していたんだ」
「おい、なかなか物騒じゃねーか!」
勇者はつい吼えた。
「そうですね。魔王様は凝り性で、いろいろな研究をなされていたから」
懐かしそうに目を細め、次のものを取り出す。
「ああ、早々、こっちは魔王様の筋肉は裏切らないシリーズだ。これを使うと、筋肉が50倍に成長する」
「それって、世の中に出せるのか!?」
「無理でしょうね。元将軍の商売が上がったりとなると、私の投資も回収が難しくなるので」
私情の入った言葉に、勇者はがっくりときた。
「それで、あのダンジョンは何なんだ?」
「出てくる宝物で判断する限り、おそらく魔王様の遺産が眠っているダンジョンですね」
「魔王の遺産?」
「ええ。こうした害の少ない情報はもちろん、おそらく深層部にいくと人類では扱えないようなものも出てくるでしょう」
人類では扱えないもの。勇者は息を呑んだ。
「それはどういったものがあるんだ?」
「そうですね……例えば、呪いの3連ちゃん、とか。私が知っている限りだと、10連ちゃんもありましたね」
「それ、回収必須じゃねーか」
新たに出現したダンジョンから出てくる宝物は、なんと魔王の遺産だった。
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「ちぃ……っ! そんなもの、効くか!」
そう叫ぶと、勇者は己の相棒――貸与品である長剣を振り回した。がきん、という金属のこすれる音が響き渡る。聖剣に比べたら、と馬鹿にしていたが、この貸与品の長剣。非常に使い勝手がいい。ダンジョン清掃員には欠かせない清掃道具だ。
「よし! これで魔王コレクション68<誰でも簡単・呪いの巻物>の回収は完了だ!」
勇者はようやくコレクション68をもって、地上へと戻った。このダンジョンの最下層はどこまであるのかはわからない。だが、こうして、魔王コレクションを回収していく。
それが勇者の仕事だ。
魔王を倒すのが勇者じゃない。魔王の「後始末」までが勇者なのだ。
「よう、勇者の兄ちゃん。今日は上がりかい?」
同僚の清掃員が声をかけてくる。彼の様子から、これから業務にに入るようだ。
「ああ。68フロアは回収した。最後の仕上げを頼む」
「いやー、兄ちゃんが来てから進捗が良すぎて困っちまうよ。手当も増えてウハウハだ」
「それはよかった。じゃあ、よろしく」
「おっと、忘れていた。ほら、差し入れだ」
そう言って同僚が何かを投げてよこした。勇者は危なげなくそれを受け取る。
「こーひー?」
「なんだ、知らないのかい? 元魔王幹部の一人が最近発売した新作ドリンクだ。眠気が吹っ飛ぶぞ」
ははは、と大声で笑いながら同僚はダンジョンへと入っていった。
「今から、寮で寝るんだっていうのに。眠れなく無くなってどうする」
ぶつぶつ文句を言いつつ、ダンジョンの外に出た。
「くうっ、朝日が染みるぜ」
朝日を浴びて、勇者は目を細めた。
Fin.




