友に捧ぐ離乳食の歌:不在の騎士と、桜の下の誓い
今回は、少しだけ特別な一日の記録です。
いつもそこにいるはずの子がいないだけで、
こんなにも空気が変わってしまうのかと、少し驚きました。
遊びの中で生まれる言葉やしぐさが、
ときどきとても大きな意味を持っているように感じられて——
気づけば、ただの一日が、少しだけ重たい時間になっていました。
そんな、春の午後の出来事です。
しだれ桜の花びらが、乾いて床に張り付いていました。
いつもなら、そこにいるはずの彼。
真っ白な布を配り、
「いかんです」と静かにうなずいていた、あの子が——
今日は、いない。
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風邪。
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ただ、それだけの理由で。
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しかし。
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その“不在”は、あまりにも大きすぎました。
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この小さな庭は、いま、確かに——
ひとつの時代を失っていました。
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レジャーシートの中央に、一人の赤ちゃんが立ち上がります。
騎士のすぐ後ろにいた、あの子。
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手にしたマグを、強く握る。
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そして、誰もいないその場所を、まっすぐに見つめる。
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「……バブ」
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静かに、しかし、はっきりと始まりました。
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「しんじられないです」
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間。
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「あんなに、つよかったひとが」
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「このばに、いないなんて」
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周囲の赤ちゃんたちが、動かない。
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誰も、音を立てない。
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「しかし」
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一度、深くうなずく。
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「わたしたちは、まえをむかなければなりません」
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少しだけ、声が強くなる。
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「あなたが、のこしたものを」
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「うけつがなければ、ならない」
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間。
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「この、しろいぬの(布)は」
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「ただのぬのではありません」
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掲げる。
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「それは、あなたの、いしであり」
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「このくにの、かたちです」
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周囲が、わずかにざわつく。
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「あなたは、いいました」
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「きょうよりも、あした」
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「もっと、たべられるくににする」
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「もっと、わけあえるくににする」
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「もっと、ひろがるくににする」
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一度、息を吸う。
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「そのことばは」
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「いまも、ここに、のこっています」
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手を胸に当てる。
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「わたしたちは、それを」
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「まもらなければならない」
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沈黙。
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風が吹く。
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花びらが舞う。
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そして——
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「……あと」
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少しだけ、声がゆるむ。
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「やきとりや」
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間。
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「いきましたね」
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空気が、少しだけ崩れる。
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「3じかん」
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指を立てる。
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「ずっと、はなしました」
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「たべろって、いいました」
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「そしたら」
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「たべました」
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強く、うなずく。
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「それが、あなたです」
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「だから」
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声が、少しだけ上がる。
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「だいじょうぶです」
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沈黙。
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そのとき。
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一つ、ボーロが置かれる。
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また一つ。
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また一つ。
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誰も、何も言わない。
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でも、止まらない。
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——忖度。
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気づけば、そこには小さな山ができていました。
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まるで、それが当然であるかのように。
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語り終えた彼は、袖で鼻水を拭います。
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「……バブッ」
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それだけ。
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私は、キッチンからその様子を見ていました。
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「……あらあら」
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少しだけ、目を細める。
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ただの風邪なのに。
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こんなにも、時代が動いたように見えるなんて。
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「明日には、来るのにね」
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小さく、つぶやく。
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レジャーシートの上には、ボーロ。
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整然と、並んでいる。
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その真ん中に——
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空席。
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誰も、座らない。
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そこは、まだ。
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彼のための場所でした。
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私は、一番いい麦茶を用意しました。
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この小さな国の、次の一日のために。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
あの日は、誰か一人がいないだけで、
こんなにも“世界が変わったように見える”のだと、改めて感じました。
とても大げさに見えるやり取りも、
きっと本人たちにとっては、本気で大切なことなのだと思います。
それでも、ふと我に返ると——
ただの風邪でお休みしているだけで、
明日にはまた元気に戻ってくるはずなのに、と少し笑ってしまいました。
大きな言葉と、小さな現実。
その間を行き来しながら、今日もまた一日が過ぎていきます。
また次のお話でお会いできたら嬉しいです。




