春の嵐と、花の下の静かな約束
今回は、お庭で過ごした春の日の記録です。
桜がきれいに咲いて、
みんなでのんびりできそうな、そんな穏やかな時間のはずでした。
ただ、集まってみると、いつものリビングとは少し違っていて——
誰かが何かに気づいて、でも言葉にしないまま、空気だけが動いていくような。
そんな、少しだけ不思議な午後のお話です。
庭のしだれ桜が、見事に花を開きました。
やわらかな日差し。
ゆっくりと揺れる花びら。
そんな中、最初に動いたのは——あの子でした。
---
マスクの騎士。
---
彼はテラスにレジャーシートを広げ、
その上に、きちんと布を並べていきます。
一枚。
また一枚。
位置を整え、端を揃え、軽く押さえる。
---
「バブ……」
---
合図でした。
---
気づけば、みんなが集まっています。
中央にはCEO。
その隣で、“棒”を桜の枝に見立てて満足そうなあの子。
少し離れた場所で、全体を見ている報道官。
自然と、輪ができていました。
---
そして——
皿が置かれる。
---
たまごボーロ。
---
明らかに、多い。
---
報道官が、ゆっくりと顔を上げました。
---
「……これ」
---
一歩、近づく。
---
「だれの?」
---
間。
---
「どこから?」
---
さらに一歩。
---
「だれが、あつめた?」
---
周囲が、静まり返る。
---
視線が、騎士に集まる。
---
騎士は——
桜を見ていました。
---
何も言わない。
---
「せつめいは?」
報道官が詰める。
---
「めいぼは?」「きろくは?」「のこってる?」
短く、畳みかける。
---
そのときでした。
---
「バブッ!」
---
CEOが、一番大きなボーロをつかみ、口に放り込む。
満足そうに、声を上げる。
---
それを見た瞬間。
---
ミサイル好きの彼が、“棒”を持ち上げる。
ゆっくりと、報道官と騎士の間に立てる。
---
誰かが、騎士のよだれかけを整える。
誰かが、CEOのコップに麦茶を足す。
---
言葉はない。
---
でも、動きは揃っている。
---
——忖度。
---
報道官が、もう一歩だけ踏み出す。
---
止まる。
---
視線が、わずかに揺れる。
---
「……」
---
何も言わない。
---
代わりに、ボーロを一つ取る。
---
騎士が、ようやく口を開きました。
---
「……いかんです」
---
間。
---
「きわめて、いかんです」
---
さらに続ける。
---
「こんかいの、おかしについては——」
一度、区切る。
---
「かんけいしゃの、りかいをえながら」
---
「てきせつに、たいおうしてきました」
---
視線は、まだ桜。
---
「めいぼについては」
間。
---
「すでに、せいりをおこなっています」
---
報道官が即座に返す。
---
「のこってる?」
---
騎士は、わずかにうなずく。
---
「きろくは——」
---
ほんの一瞬、手元を見る。
---
「のこっていません」
---
その手で、空になった袋を丸める。
---
押し込む。
---
見えない場所へ。
---
「したがって」
---
「もんだいは、ありません」
---
沈黙。
---
風が吹く。
---
花びらが、皿の上に落ちる。
---
誰も、それを払わない。
---
気づけば、みんなで丸くなっていました。
ボーロをつまみ、
ときどき顔を見合わせ、
また食べる。
---
穏やかな午後。
---
「……あらあら」
私はキッチンから、その様子を眺めます。
---
「みんなで、お花見ね」
---
何を話しているのかは、よく分かりません。
でもきっと、
「おいしいね」とか、
「きれいだね」とか、
そんなことを言っているのだと思います。
---
私は新しいボーロの袋を手に取り、
静かに庭へと向かいました。
---
桜は、変わらず、きれいに咲いていました。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
あの日は、とても穏やかで、きれいな一日でした。
みんなで輪になって、同じものを食べて、
ときどき顔を見合わせて、また笑って。
それだけのことなのに、なぜか少しだけ、考えてしまう瞬間があって——
気づいているのに言わないことや、
言わなくても通じてしまうこと。
子どもたちの中にも、そんなやり取りがあるのかもしれません。
それでも最後には、ただ「楽しかったね」で終わっていくので、
それでいいのかな、とも思います。
また次のお話でお会いできたら嬉しいです。




