崩れたカベと、バブ・トゥーの行進
今回は、少しだけ空気が張りつめた日の記録です。
いつものように遊んでいるだけのはずなのに、
一つの出来事をきっかけに、みんなの動きが止まってしまって——
そのあと、誰かの言葉やしぐさが、少しずつ重なって、
気づけばいつもとは違う流れになっていました。
そんな、少しだけ特別な午後のお話です。
その日は、いつもと少しだけ空気が違っていました。
誰かが泣いても、誰かがおもちゃを取っても、すぐに忘れてまた遊び始める。
そんな当たり前の流れが、なぜか止まってしまったのです。
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きっかけは、ほんの小さな出来事でした。
テラスで遊んでいた、ピンクのスタイの女の子。
その手にあった、うさぎのラトル。
そこへ、CEOがまっすぐに近づいていきました。
いつものように、迷いなく、止まることなく。
そして、そのままラトルに手を伸ばし、強く引き寄せたのです。
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女の子は、驚いて泣き出しました。
しかしCEOは、それを気にする様子もなく、
代わりに積み木を一つ、彼女の前に置きました。
さらにもう一つ。
そしてまた一つ。
まるで、「ここは自分の場所だ」と示すように。
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「だめ!」
その空気を切り裂いたのは、報道官でした。
「それ、だめ!」「謝って!」「いま!」
鋭い声が、間を詰めるように飛んできます。
周りの子たちも動きを止め、視線が一斉に集まりました。
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CEOは、一度だけ目を逸らしました。
そして、小さく息を吐くように言います。
「バブッ……フェイク」
間を置いて、続ける。
「きょうどうかんり」
それは、謝罪ではありませんでした。
あくまで「交渉だった」と言い張る、いつものやり方です。
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そのときでした。
「……わたしも」
小さな声が、一つ。
「とられた」「いやだった」「おされた」
次々と、声が重なっていきます。
一人だったものが、二人に。
二人だったものが、いつの間にか全体へと広がっていきました。
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そして、白い布が上がります。
一枚。
また一枚。
騎士が配っていた、あの布。
今度は守るためではなく、掲げるために使われていました。
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「バブ……バブ……」
揃った声が、ゆっくりと動き出します。
列は、自然と形を作り、
CEOの築いた“カベ”の周りを囲むように進んでいきました。
ラトルの音が重なります。
シャカシャカ、リンリン。
それは抗議であり、確認であり、
そしてどこか、静かな決意のようにも聞こえました。
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CEOは、その中心で動きません。
積み木の内側に座ったまま、囲まれている。
「……バブ」
何かを言おうとしますが、
もうその言葉は、届きませんでした。
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そのとき、私はテラスに出ました。
何も言わずに、大きな皿を一つ置きます。
山のようなボーロ。
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一瞬、すべてが止まりました。
そして次の瞬間。
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崩れたのは、列のほうでした。
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誰からともなく、動き出す。
そして一斉に、皿へと集まる。
ラトルの音は消え、代わりに「もぐもぐ」という音が広がります。
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CEOも、食べていました。
そのすぐ隣で、さっきまで泣いていた女の子も、
同じ皿から、当たり前のようにボーロを取っています。
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「……あらあら」
私は、その様子を見て、少しだけ笑いました。
「みんな、おなかすいてたのね」
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さっきまで確かにあったはずの行進は、もうどこにもありません。
ただ、床に残ったボーロの粉だけが、
ここで何かが起きていたことを、かすかに示しているのでした。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
あの日は、確かにいつもと違う空気が流れていました。
一人の声がきっかけになって、
それが重なって、形になっていく様子は、
見ていて少し驚くような、でもどこか自然な流れでもありました。
それでも最後には、いつものように戻っていくのが、
この子たちらしいところなのかもしれません。
さっきまでの出来事が嘘のように、
同じお皿からおやつを食べている姿を見ていると、
どこかほっとしてしまいます。
また次のお話でお会いできたら嬉しいです。




