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7 閑話休題:光の落書きペン

星屑の天球儀(アストラル・オーブ)』の地下、『天球の灯(スフィア・ランタン)』の訓練場には、先日ギルドに加入したばかりの少年たちがいた。


 ギルド内はおろか、国内でも屈指の戦士であるレオンが、その才能を認めてスカウトした二人組だ。


星屑の天球儀(アストラル・オーブ)』の鑑定士であるオスカーは、件の二人について、さほど情報を得ていない。ならば、と二人のもとへ訪れたのである。


「まだだ!ガイもっと早く!!」


 広い訓練場に響く怒声。


 リンが空中に走らせた光の線が、複雑な幾何学模様…『魔方陣』へと結実した瞬間、ガイがそこに指を触れる。凄まじい轟音とともに訓練用の標的が跡形もなく消し炭と化した。


「誰も魔方陣(これ)を認識できないくらいの早さで打て!じゃなきゃ。生き残れねぇぞ!」


「うぇぇぇ。きつーい!!!」


 一瞬、双子のようにも見える年格好のよく似た少年たちだった。


 片方は、知的な光を宿す涼やかなアーモンド型の目。サラサラとした髪は黒曜石を思わせる艶を湛えている。


 もう一人の方は、少し大きな目を子犬のようにキラキラと輝かせ、ダークブラウンの癖毛をふわふわと揺らしている。


 ……目か。


 形こそ違えど、二人の瞳の奥に潜む色は、どちらも深いダークブラウン。


 強い信念を映し出すその色彩と、生命力の塊のような輝き。それこそが二人の共通点となり、見る者に『似ている』と感じさせる正体なのだろう。


 そう分析しながら、オスカーが観察を続けていると、不意に二人の動きが止まった。


「あぁ、くそ。…エネルギー切れだ」


 報告でリンだと聞かされた方の少年が、忌々しげに『光の魔道ペン』を振った。


「あー、拾ってからずいぶん経つもんね。結構もった方じゃない?」


 リンの側に走りよったガイが、その手元を見つめる。そうしてピタリと二人並んだところで、オスカーの方へ視線をやった。


「で、あんた、誰?」


 縄張り意識の強い野良犬のような目で用心深く唸る。その警戒心の強さは、なるほど拾い物なのかもしれない。慎重さはオスカーの好む美徳の一つであった。


「私はオスカー・グレイ。『星屑の天球儀(アストラル・オーブ)』の鑑定士、…というよりは『天球の灯(スフィア・ランタン)』の金庫番といった方が分かりやすいかな?」


「ああ、上のボッタくりの骨董屋か」


「悪徳商人だねー」


 人の自己紹介に実に失礼な反応を示す礼儀知らず達であったが、オスカーは敢えてそこには触れずに、リンに向かって手を伸ばす。


「魔方陣構築用のペンが壊れてしまったのでしょう?ギルドの所属魔導士に必要な道具は、経費で賄いますよ。同じものを用意させるから見せてみなさい」


 リンとガイは顔を見合わせて、肩をすくめる。警戒はしているものの、このギルドに連れて来られてから少しの時間が経っている。内部の人間に、ペンを見せるのを渋るほどの抵抗感はない。


「ほらよ。珍しいもんでもねぇと思うけど。新品くれんの?」


 受け取ったオスカーは、モノクルを押し上げてペンを凝視して戦慄した。


 そのペンが「ただの光るだけのおもちゃのペン」であることに。


 ……訓練場の空気が一瞬止まった。


「これは、どこで…?」


「貴族の家のゴミ捨て場。前にも言ったけどな。あぁ、俺らが使ってた路地裏から行ける抜け道は、あんたんとこのボスが塞いじまってるぜ」


「え、捨てられたおもちゃも取ったらまずかった?」


 そもそも、貴族の家の廃棄物を窃盗すること自体が問題なのだが、オスカーは既にそれどころではなく動揺していた。冷静であることを自らに課し、滅多なことでは平静を失わないと自負していたのだが、改める必要があるようだ。


「……念のため、確認しますが『ただのおもちゃ』ですよね?」


「え、何に見えてんの? 高級万年筆? すげぇな、鑑定士」


 鼻で笑うような態度は、路地裏で生き抜くために身につけた、大人に対する彼なりの防衛本能なのだろう。そんな歪んだ経歴に一瞬の憐憫を覚えながらも、オスカーはプロの鑑定士として、目の前の「異常事態」を問い正さずにはいられなかった。


「先ほどの魔道数式は……いえ、そもそも魔方陣を『描いて』構築するなどあり得ない。君は……魔法という現象を、あの一瞬で自分の手で『設計』しているのですか? そして、それを魔方陣へと完成させる異常なまでの速度……。それはこのペンの性能によるものではない、ということですね?」


「当たり前だろ、おもちゃにそんな性能があってたまるか」


 リンが心底つまらなそうに鼻を鳴らす。ガイは既に飽き始めたのか小さく欠伸をかみ殺していた。


 しかし、二人がどんなに興味のないことであろうと、オスカーにとってはそうではない。


 魔法とは、天から与えられた資質をそのまま放出するものだ。指を動かせば火が出る。理由など誰も考えない。


 魔導士の誰もが天賦の才として「無意識」に使う力を、持たなかった彼は、ただ自力で構築する道を選んだだけなのだ。その、魔法を「設計」するという神業を、彼は「当たり前の手段」として平然とやってのけている。


 ペンはそのための筆記用具ということ以外の意味を持たない。


 愕然と、手にしたペンを凝視する。何度見たところで、少し古びただけのどこにでも売っている落書き用のペンであった。


「知ってるか、ガイ。あのペン、新品は一年は持つらしいぜ。ギルドで買ってくれるってんなら、儲けもんだな」


「えー、騙されてるよ。絶対三か月くらいだって」


 実に毒気を抜かれる、平和な会話である。


「君の考えた魔道数式は卓越した学者の考えるレベルです。誰の目にも触れる空中に描くということは、それを無償配布しているようなものですよ…」


 あれほどの知的財産に対する警戒心のなさにオスカーが震える。しかしリンはやはり肩をすくめるだけだった。


「アレを見て、すぐに自分の魔力で再現して発動できる奴が、ガイ(こいつ)以外にいるかよ。それに、すぐ消えるから『光の魔道ペン』使ってんだろうが。視界に入ったって覚えきれるかよ」


 それは、確かに否定のできない事実でもあった。


 魔法は「己の魔力」で発動したい魔法の「魔方陣」を描き、魔力を込めることが必須条件だ。


 子どもの演習用の単純な魔方陣ならともかく、記憶するどころか、内容を把握することすら困難な複雑な魔方陣である。さらに、それを寸分たがわず再構築するなど、もはや不可能だ。


 だからこそ、魔法の構造を理解し、言語化できるリンも異常だが、それを「見たまま」に自分の魔力にトレースさせてしまうガイもまた、理解不能だ。


 二人は、魔法を「才能の行使」ではなく、高度な「図画工作」のように扱っている。


「超高速演算に呼吸を合わせるように魔力を流し込む少年。…このガイという少年もまた、底の知れない化け物ということですか……」


 ギルド最強の男が、野放しにするのは危険だと判断した理由に背筋が凍る。


 あどけない表情は、自らの危険性を理解しているかどうかすら、こちらに読み取らせない。


「ガイ、お前、化け物だってさ。でも聞いたろ?このオッサンはあの魔方陣の中身を少なくとも把握はできてんだよ、もっとスピード上げろ」


「えー、化け物って言われたのはリンだろ?つーか、もっと早くなの?アレすっげぇ腹が減るんだけどー」


「知るか、燃費悪ぃな」


 不貞腐れたように、お前が化け物だと押し付けあう無邪気さと、その中にある理解の範疇を超える能力にオスカーが呆然としていると、リンが「…で?」と首を傾げた。


「新品、くれんの?」


 オスカーは、深く頷いた。最強の二人の必要経費にしては実に安上がりだと思いながら…。



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