6 ドキドキ!魔法少女るるなる
「…いやいや、しかし、驚いたね」
荒岩山を望むウッドデッキに腰を下ろした、リンとガイに、岩の根の町珈琲店のマスター、マルクは笑いながら自慢のコーヒーを二人に手渡した。
「リピーターは多い方だが、こんな再訪は初めてだな。大丈夫か、兄さん達?」
本日のお勧めコーヒーの香りが、朝の爽やかな空気に良く馴染んでいる。
マルクが一行を見つけたのは、開店の準備中のことだった。まさか店先の木に引っ掛かった謎の球体から、人が出てくるとは、想像もしなかったが。
「一晩中、引っ掛かってたから助かったよ、ありがとね」
笑顔で受け取ったガイが、ふて腐れたように頬杖を付く相棒に目をやり、肩をすくめた。コーヒーをテーブルに置き、リンの耳から外されたカニに手を伸ばして、裏、表とひっくり返す。
「あ、見て、リン。本音のステレオをオフにするモードがある。これだったら、本音トークも装着者にしか聞こえないんじゃない?」
「あぁぁ?…カイルの設計に、そんな気が利いたもんが付いてるわけねぇだろ」
「いいじゃん、使ってみようよ」
町の住人からの話も聞きたい。本音が聞けるならそれに越したことはない。鞄から顔を出したヴィオラも、コクコクと頷くのだった。
仕方なく、再びカニを装着したリンは、まずはマスターから話を聞こうと、声をかける。
「なぁ、おっさん。あんたの言ってた黒竜、すげぇ狂暴だったぜ?」
「えええ?あいつは気は短いけど、人を襲ったりなんかしないヤツなんだけどなぁ?」
『解析中ーーー《あんな気のいいヤツを怒らせるなんて、なにやったんだ、コイツら…》』
ピピッと小さな音がなり、リンの耳元にマスターの本音が流れ込む。
ガイに向かって頷き、リンは素早く立ち上る。リンと入れ替わるようにガイがマスターの前に入り込み、人好きのする笑顔で答えた。
「そっか。じゃあ、虫の居所でも悪かったのかな?」
盗み聞き出来ることは確認できた。面倒を起こす前にここを出よう。そう思って黙って店を後にしようとするリンの耳元から、カニが大きな音で宣言した。
『解析ーーー《寝ぼけてんのか、おっさん。あれが狂暴じゃねえなら、台風だってそよ風だっつーの》』
「…っ!!このクソカニ、装着者側の本音は駄々漏れじゃねぇか!!」
親切なマスターに暴言を吐きまくるカニを罵倒しながら、二人は慌てて店を後にした。
「…本当に碌なもん作らねぇな、あの変態野郎」
乱れた息を整えながらリンが、仏頂面で鼻を鳴らす。
隣で歩くガイが、同感だと頷いた。肩掛け鞄からはヴィオラが顔を覗かせ、不思議そうに首をかしげている。
「でもさ、結局、マスターは黒竜を良いヤツって心底思ってるってことでしょ?」
「そうなるな。まぁ、他の連中にも聞いてみようぜ。…ついでに、コイツも新調しねぇとな」
ポケットから取り出した「光の魔道ペン」をくるりと回す。
「壊れたの?」
「エネルギー切れ。消耗品だからな」
安物のおもちゃのペンなので、どこにでも売っているのが利点だ。
二人は調査もかねて、ふらりと、目についた雑貨屋に足を踏み入れた。
「わぉ。ファンシー…」
入る店を間違えたと後悔した時には、すでに店員と目が合っていた。何も買わずに店を出るには、あまりにも気まず過ぎる。
仕方なく二人はキラキラの海を掻き分け、ペンの並ぶ一角を目指した。
「ぴんく…の、魔法、少女ペン?」
おもちゃコーナーの一番目立つところに、ピンクのリボンをゆらゆらさせた、愛らしいペンが飾られていた。
いかにも幼女向けのそれに、釘付けになったリンが、そのままピクリとも動かなくなる。
…沈黙が続く中、カニがそのハサミをカチカチと鳴らし始めた。
『解析ーーー《リボンとピンクは正気を疑うが、描きやすそうだ造りだ。ペン先の魔道回路が通常の構造と異なってるからか?光出力効率をギリギリまで優先したのか。…いやでも、これはねぇだろ。なんだよ『魔法少女るるなる』って。変身グッズとして使えってことか??》』
「リン、顔が怖いよ。おもちゃを偏愛する人みたいになっちゃってるよ?気に入っちゃったの?」
食い入るように見つめるリンと、カニの副音声が告げる本音に、ガイは恐る恐る声をかけた。
「あぁぁ???…んな、わけねぇだろ」
『解析ーーー《正直、迷う!!!なんだ、この妙なフィット感。いつものより描きやすそうな気がする!!!》』
「リン、出ちゃってるから、心の声…」
ガイが残念そうに、リンの肩に手を置こうとしたとき。横から、いや正確には下から、ツン、とリンの服を引っ張るものがいた。
「…っ?」
見ると、町の子どもだろうか。小さな女の子が、パチパチと目を煌めかせていた。
「お兄ちゃんも、『魔法少女るるなる』好きなの??」
「は???」
『解析ーーー《んなわけ、ねぇだろ!》』
少女の無垢な問いに、リンの全細胞が拒絶反応を示した。
少女はピクッと肩を揺らし、その目はみるみる潤んでいく。
「あーあー。今度は小さい子泣かしたよ。ひどいなー、最低だなー」
「ば、な、泣くな!分かった、好きだ! 抱きしめたいほど大好きだから泣き止め!!」
『解析ーーー《好きなわけあるか!!》』
「嘘つきー!!!」
店の中で大泣きする少女を慌てて連れ出すのだった。
グズグズと泣き続ける少女を宥め、「魔法少女るるなる」の魅力について語られること数十分。
説得に負けたリンが、自分用の「るるなる魔法ペン」を買わされ、精根尽き果てた頃…。
ガイの鞄の中から顔を覗かせた可愛らしい妖精と目が合うことで、ようやく少女はピタリと泣き止んだ。
「妖精!かわいい!!!お兄ちゃん達の友達??」
「あー、うん。オトモダチー」
ぐったりと答えたガイの答えに、素敵ね、と喜ぶ。すっかりご機嫌になった少女、ミーナはこの近隣に住む子どもだった。
「え?黒竜について?」
この年頃の子どもの情報収集能力は侮れない。母親、あるいは父親経由でこちらが思うより多くの事を知っている。
その上、理解はしていないことがほとんどなので、警戒心も薄い。探りをいれるにはちょうど良かった。
「そう。お母さんが『怖いー』とか、言ってない?」
「…んー。言わないかなー。ミーナ、ヴァルトと友達だもん!」
少し考える素振りをみせたが、ミーナはにこにこと笑いながら宣言する。
リンのカニは無反応。真実だ。
「友達、…なの?」
「うん!前足に『るるなる』の魔法の模様を描いてあげたりしたよ!『るるなる』はこの町を守ってくれる女の子だもん、ヴァルトの山も守ってくれるよ!」
リンが天を見上げる。
「…あのダセェ模様は、コイツの落書きか」
「でもさ、あんなに大きかったら怖くない?潰されちゃいそうーとかさ!」
思いの外、町の人たちに溶け込みまくってる黒竜に動揺を隠せないガイに、肩を掴まれカクカクと揺すられても、ミーナは不思議そうに首をかしげるだけだった。
「ええー?でもおうちに入るときとかは、人間になるよ?おしゃべりも好きだし、全然怖くないよ!」
「人間になる?…おしゃべり、…だと?」
リンとガイの絶叫が響いた。
「「あいつ、喋れんのかよ!!!」」
この町の常識、竜があらゆる言語に通じているという事実は、未だ、どの学者にも知られていない世紀の発見であることを、住人達だけが知らないのであった。




