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5 ご対面 ドラゴンと嘘と本音

 馬車で三日の道のりは、決して近くはないが、旅として考えるなら丁度良い距離ともいえる。


 いつもは二人で行動することの多いリンとガイだが、今回は小さな同行者のおかげでいつになく華やかだ。


 基本的に人間と妖精は共生しないので、お互いの生活にふれる機会が無い。人間の文化に初めてふれるヴィオラは興味津々に飛び回る。


 訪れた町に住む人々の様子、食堂で口にする食べ物、美しいドレスの並ぶブティック。


 好奇心に勝てず、覗き込んでは足を止める。無邪気な少女に振り回されながらの旅路はなかなか悪いものではなかった。


「なーんか、可愛い女の子って癒されるよねー」


「バカ、誰が、どこで聞いてるか分からねぇんだから黙っとけ。…気持ちはわかるけど」


 ほんのりと湯気を立てるコーヒーに口をつける。黒竜が住む荒岩山(マウント・ラフロック)を擁する、この町までようやく辿り着いた。


 岩の根の町(ロック・ボトム)特有の、酸味の効いた爽やかな一杯。ガイの肩掛け鞄から、香りに釣られたヴィオラが器用に頭を覗かせた。


「お兄さんたち、あの山に行くのかい?」


 振り向くと、コーヒーショップのマスターが、自家製のロッククッキーを差し出した。「サービスだよ」と人懐っこく笑う。ヴィオラは慌てて頭を引っ込めた。


「ゴツゴツしたあの山のイメージしてんだよ、どうだい?」


「美味しそうだね!ありがとう」


 嬉しそうにガイが手を伸ばし、クッキーを口に放り込む。ザクっとした触感が意外と癖になりそう、と笑う。


「俺たち、あの山に行ってみようと思ってるんだけど、何かあるの?」


 訪ねると、マスターが朗らかに笑った。


「何かってわけでもないけど、あの山にはドラゴンが住んでいるからね。まぁ、悪さをするヤツじゃないんだけど、知らないで入ってもビックリするだろうから伝えておこうと思ってな」


「へぇ?ドラゴンって狂暴なイメージじゃん、おっさんは怖くねぇの?」


 リンが胸元のゴールドチェーンを弄びながら、なんてことないように探りを入れる。この近辺でのドラゴンの評価も確認しておきたい。


「怖いやつじゃないからな。うちの町だってもう何十年も前に落石事故があったときにゃ、助けられたしよ。まあ、ちょっと気が短いけどな」


 ふーん、と相槌をうち、マスターに礼を告げると、三人はまずはヴァルトと話し合うために山頂を目指すことにした。


「…なんか、悪い奴じゃないっぽいじゃん。良かったよね」


「まあ、な。でも、まだ一人だけの意見だからな。気を抜くなよ」


「はーい」


 上手くいけば、話し合いで解決できる。リンとガイは今回こそ報酬の減額を回避してみせる、と強く頷きあった。


 ーーーそんな淡い期待を持っていた時もありました。


 目の前には一軒家ほどの大きさの闇色を纏うドラゴン、黒竜ヴァルトが、低い声で問いかける。


『ーーー《…小僧、今、何と言った?》』


「ステキですね、貴方の鱗の輝きは山を照らす月の光のようだ」


『ーーー《ステキですね、貴方の鱗の輝きは山を照らす月の光のようだ》』


『本音解析ーーー《ガラ悪ぃな。てか、でけぇー。それにしても、あの腕の模様、趣味悪ぃな》』


  「ぎゃー!! テメェ、くそカニ! 『ステキですね』だけ言えや、ボケェ!」


  『本音解析ーーー《ダセェ》』


 カニは無慈悲に、リンの必死の弁解すら「本音」で上書きし続けた。


 コミュニケーションを取るためのカニの、まさかの裏切りである。


 「そうなるよね、リンって口悪いもん…」


 ミシリ、と音を鳴らし、金色の目に苛立ちを込めた黒竜の鉤爪が大きく振りかぶられる。


 「……ちっ!! ガイ!!!」


 リンがとっさに抜き出した光の魔道ペンが、鮮やかに空を滑る。


 ガイがヴィオラとリンを抱えて、視界に飛び込んできた魔方陣を展開した。


 黒竜が薙ぎ払うその直前、カッと出現したドーム型の魔法防御空間シェルターに滑り込むことに成功する。


 だが、物理的な衝撃までは殺せない。


 「……ッ!!」


 三人はまるで猫に遊ばれたボールのように、荒岩山を転がり落ち、遥か彼方へとポーンと吹き飛ばされていった。


 遠ざかる黒竜の咆哮が、大地を揺らす。


 『ーーー《不愉快だ、帰れ!!!》』


 耳元のカニが、吹き飛ばされながらも無慈悲に宣告した。


 綺麗に弧を描いたボールの軌道を見届けて、黒竜はブルッと体を揺らした。


 すると、その巨体は霧散し、そこに佇んでいたのは、黒い革ジャンのような質感の外套を纏った、長身の美青年だった。


 逆立った黒髪と、獲物を射抜くような金色の瞳。その佇まいは、荒れ狂う嵐そのものだ。


「ふん、小賢しい……」


  吐き捨てた言葉は、これ以上ないほど流暢な人間語だった。


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