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4 さわやかな旅立ちと恐怖のカニ

 嫌だ、やりたくないといったところで、やらねばならないのが「仕事」である。


 あまりの実入りのなさに、全くやる気の出ないリンとガイであったが、渋々ながらドラゴンと妖精の仲を取り持つべく、粛々と旅の準備を始めていた。


「まずは、このお嬢ちゃんを花瓶から出してやらねぇとなぁ」


「完全に花瓶人間…いや、花瓶妖精だもんねぇ」


 妖精を救出することに問題はないが、花瓶を割ることには問題がある気がする。


 熟練の問題児達は、敏感にそのことを察知して恐る恐るオスカーを振り返る。


「粉々に粉砕されては困ります。が、金継ぎで修復可能な程度であれば許容範囲内です」


「きんつぎって何?」


「割れ、欠けなどの陶磁器を天然のうるしで接着し、継ぎ目を金・銀などの粉で装飾して修復する技法ですよ。技術力さえ優れていれば花瓶そのものの価値が損なわれる危険を回避できます」


 聞きなれない言葉に首をかしげるガイに、オスカーがご丁寧に解説をする。


 その間にも、リンが胸元のポケットから「光の魔道ペン」を取り出し、数式を描き始めた。


「要するに綺麗に真っ二つなら、高っい接着剤で見栄え良く強制結合(ボンド)できるから問題ねえってことだ。やれ、ガイ!」


 目の前に展開される数式に、ほぼ無意識で反応したガイが手をかざすと、魔法の刃が妖精の存在など気にも留めぬように、花瓶だけを真っ二つにした。


「…お見事」


 オスカーが称賛すると、リンは肩をすくめた。構造を分子レベルで解析し、特定の結合部だけを脆くする『構造干渉陣』だ。


「おお!『 真空刀(エール・カッター)』じゃーん!」


 まるで花瓶という卵から生まれたように、中央で妖精の少女はきょとんと立っていた。


「さてと、カニを妖精(こいつ)にくっつけて、と」


 改めて翻訳機をつけなおして、妖精に向き合う。


「俺は、リン。こいつはガイだ。あんたの依頼を引き受けた。詳しく聞くから質問に答えろ」


『再接続、確認ーーー《ありがとう、リン、ガイ。私はヴィオラよ。何を話したらいい?》』


 カニは不気味にハサミをカチカチ鳴らしているが、今のところ不具合はなさそうだ。


 人が装着する際のハサミの鋭さは気になるものの、ひとまずは安心とリンとガイは顔を見合わせて頷いた。


「まず、そのドラゴンの住処だな。あんたの話だと帰っちまったんだろう」


『ーーー《ええ。空高く舞い上がっていったもの。たぶん、荒岩山(マウント・ラフロック)に帰ったんだと思うわ》』


 ヴィオラの話を聞きながら、ガイが地図を広げる。


「ここからだと、馬車で3日くらいかなぁ。近くに町があるね。岩の根の町(ロック・ボトム)だ。とりあえず、まずドラゴンに会ってみる?」


 よし、と目的地を決めた二人は、オスカーに向き直った。大事なことは先に確認しておかねばならない。


「出張旅費って出るよな?」


「当たり前です。うちを何だと思っているんですが。悪徳(ブラック)企業じゃあるまいし。必要経費は常に適正に精算いたします」


 オスカーが微塵の迷いもなく言い放ったその言葉に、リンとガイは顔を見合わせた。


「……聞いたか、ガイ」


「……うん、聞いたよ。この人、本気だよね。ここがホワイトだって信じて疑ってないんだ……」


 労働環境を熟知しているはずの男の言葉に、逆に戦慄した瞬間だった。


 さて、二人の衝撃はさておき、用意された馬車に乗り込めばあとは黙っていても目的につく。到着地まではゆっくりとしたものだ。


 リンとガイ、それとヴィオラは用意されたサンドウィッチを頬張りながら、カイルのカニを誰が装着するかを話し合っていた。


「リンでしょ、だって、それ使って同時通訳みたいなことするわけでしょ?聞いた内容を整理して伝えるなんて、俺、絶対無理だもん」


「バカ、スピーカーついてんだから、向こうの話したことを聞いた側がまとめる必要はねえんだよ」


「でも、話す内容は分かってる人がやった方がいいじゃん」


 結局、ドラゴンとも話すならリンの方が適任だろう、となったわけだが、装着してみたところ、思わぬ欠陥が確認されたのである。


 まず、ハサミが先ほどまでとは違う不快な音を立てて食い込んだ。


『接続、完了。……警告。本音解析モード、起動ーーー』


 「……は? 解析モード? さっきヴィオラが使ってた時はそんな警告音、鳴らなかっただろ」


 ヴィオラが不思議そうに首を傾げる。


 その時、カニのスピーカーがチリチリと不快なノイズを上げ、モードを切り替える。

 

『本音解析中ーーー《チッ、耳たぶが千切れそうだ。あの変態カイルめ』


「待て、まだしゃべってねぇ!!」


『ーーー《……大体、ガイの野郎、自分がアホなことを盾にして面倒事から逃げようとしやがって、くそが……》』


「だから俺の口を通さずに喋るな!!」


 リンが口を開くより早く、耳元のカニから「リンの声」で呪詛が流れ出す。


 馬車の中に、リンの殺意に満ちた本音がステレオ放送で響き渡った。


「ええ??酷いよ、リン!!! アホってなんだよ、あんまりだよ!」


 「はぁ?言ってねぇよ!」


『本音解析継続ーーー《うるせぇ、アホはアホだろうが、この筋肉バカが!》』


「アホなの?バカなの?せめて統一してよ!!!」


 「うるせぇな!黙れって!」


『本音解析継続ーーー《……ああ、もうバレたか。言い訳するのも面倒だな。事実だし。バカでいいわ、バーカ》』


「やっぱり、統一されても嬉しくない!!!」


 …検証の結果、『思考』を読み取って伝えてしまう悪魔の翻訳機であることが判明した。


 リンは戦慄する。ヴィオラには不要だった『地獄の機能(本音解析モード)』が、自分という「社会的な生き物」が装着した瞬間に覚醒してしまったのだと。


 発した言葉も翻訳するが、ご丁寧に『本音解析』までしてくる高性能。建前、戦略、社交辞令の類は一切通用しない。本音のみを拾う恐怖のカニ。


「碌なもの、作らねぇな、あの変態野郎…」


「…ヴィオラの時には『本音解析モード』なんて起動しなかったよね。…あぁ、裏表の無い良い子ってことか」


 耳から乱暴に引きはがしたリンが、暗い目で呟き、ガイがぐったりと突っ伏す。穢れを知らないヴィオラは、初めて触れる「人間の汚い本音」にパチパチと目を瞬かせるのであった。


 いずれにせよ、先行きに大きな不安を感じる出発となったことは間違いなかった。


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